28:推理と経緯
「わお! 初手で犯人指名! しかも指名は僕か! 被害者自身の自作自演ってオチ、小説や漫画では定番だけど現実じゃあそうそうないと思うんだけどなあ」
名指しされたにもかかわらず、如月君は驚くどころかますます笑みを深めた。
しかしその一方で、視界の端に驚愕の表情を浮かべた姫路さんの姿が映る。
この二人の反応からいよいよ確信を持ち、僕は粛々と推理を語りだした。
「最初は勿論、自作自演なんて考えもしませんでした。ですが状況が、如月君を害せるのが被害者である君自身しかいないことを示していました」
「へえ、僕以外には容疑者と呼べる人物が一人もいなかったんだ」
「端的に言えばそうです。他に犯行が可能な人は誰もいませんでした」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 少なくとも一人、間違いない犯人候補がいるでしょう!」
まさかの展開だったのか、姫路さんが慌てて口を挟む。
僕は彼女に視線を向け、「誰のことですか」と聞き返した。
「だ、誰って、おせっかい女――じゃなくて黒野さんよ! 他でもないあなた自身が、凶器を持って彼の隣に立っている姿を見たんでしょう!」
「ええ見ました。でも、彼女は犯人じゃないんです。それは、如月君が一番知ってますよね」
「あなた! それを被害者に聞くのはずるいんじゃ――」
「えーと、頭を怪我した影響か、事件前後のことは覚えてないんだよねー」
姫路さんの言葉を遮り、如月君はへらへらとそう答える。
これも推測通り。やはり犯人たちの思惑は一致していない。
僕は如月君へ視線を戻し、「なら、覚えてる範囲のことを話してくれませんか?」とお願いした。
「そうだなー、皆と午後の授業を受けたところまでは覚えてるよ。でもそこから先は何したか全然記憶にないねー」
「成る程。因みに、記憶にある限りでここ最近美術室に寄ったことはありますか?」
「うーんと……」
如月君はわざとらしく悩む様子を見せてから、一瞬姫路さんに視線を向ける。そしてその直後、三日月形の笑みを浮かべ、
「ないよ」
と断言した。
これで決定的。犯人側の敗因は、間違いなくパートナー選びを間違えたこと。まあ、どちらが先に唆したのかは言うまでもない気がするけど。
僕は再び姫路さんに顔を向けた。
「さて、姫路さんは黒野さんも犯人候補だと言いましたが、一体いつ、彼女が如月君を襲ったと考えていますか?」
「し、知らないわよ。午後の授業が終わった後の、どこかのタイミングじゃないの」
「午後の授業が終わってすぐ、僕と明智さんは図書室に向かいスフィアについて調べ物を始めました。それも、黒野さんの悲鳴を聞きつける数分前まで、ずっとです。そして図書室にいる間、明智さんは争う音も物が激しく散らかされる音も何も聞いていません」
「じゃ、じゃああなた達が図書室から出たタイミングで殺したんでしょう」
「残念ですが、その可能性も限りなく低いです。僕らは図書室を出た後まっすぐ食堂に向かい、入って一分と経たずに黒野さんの悲鳴を聞きつけ、すぐさま美術室に向かいました。つまり、図書室を出てから美術室に到着するまで長くても三分程度しか猶予がないんです」
「だ、だから何よ。別に三分あれば十分じゃない」
「勿論、ただ殴り倒すだけなら可能でしょう。でもその時間で、明智さんの聴覚に一切悟らせずに部屋を荒らすのは不可能です」
「う……」
今回の事件。明智さんの異常聴覚を利用したのか、それとも予測していなかったのかで見える様相ががらりと変わる。
利用したのだとすれば、この犯人候補がいなくなるという状況は仕組まれたことになるが、不測の事態だったとするなら、それは意図せず犯人候補が消えてしまったことになる。
僕はこのどちらなのかが分からず、事件にどう取り組めばいいのか困っていたのだが、美術室での姫路さんとの会話からそれが解消された。
「姫路さん。数時間前に僕らとした会話を覚えてますか。そこであなたが言ったことを」
「……覚えてるわよ。こんな場所じゃ事件の解決なんて無理って言ったわ」
「そうですね。それで、無理な理由について何といったか覚えてますか?」
「目撃者も犯行時刻も分からない、科学調査もできない場所じゃ無理って言ったのよ。何か間違ったこと言ってるかしら!」
「間違ってるというより気になったんですよ。姫路さんは僕らと違って推理をしていない。だから僕が現場で見た情報しか持っていないはず。それなのにどうして、黒野さんが犯人という結論ではないのか。ただ僕の話を聞いただけなら、『黒野さんが犯人なんだから推理する必要はない』って考えそうなものなのに」
「そ、それは……」
「そこで思ったんです。姫路さんは僕から得た情報とは別の情報を持っている。そしてそれによれば、本来犯人だと特定されるような人物は誰もいなかったんじゃないかって」
「ま、待ちなさいよ!」
ダンとテーブルを強く叩き、姫路さんは目を血走らせて勢いよく椅子から立ち上がった。
「そ、それじゃあまるで私が犯人みたいじゃない! そんなことあるわけ――」
「はい。その通りです。今回の事件は如月君と姫路さんが仕組んだ、狂言殺人未遂事件である。これが僕の解答です」
「……」
拳をわなわなと震わせながらも言葉を発せずにいる彼女に対し、僕は淡々と言葉を紡いでいく。
「この推理が正しければ、謎なんてあってないようなものです。誰が犯人か分からないような現場を想定していたなら、明智さんの証言は想定外だったということ。となれば僕らが図書室にいる間、美術室から音がしなかったのは狙ったわけじゃない。つまり、部屋が荒らされたのは争いが原因でなく仕組まれたものだった。そして仕掛けが行われたのは当然午後の授業が終わる前になります」
まだ、姫路さんは顔を歪ませるだけで何も言わない。本当にこうなることを予想していなかったようだ。
可哀そうだが、ここで推理を止める選択肢はない。あまり責める口調にならないよう気を付けつつ推理を続けた。
「午後の授業を欠席していたのは姫路さんのみ。一人自由だったあなたは、その間に激しいもみ合いがあったかのように見せるため美術室を散らかしておいた。さらに食堂に行き飲み物に睡眠薬が混ざるよう細工し、授業後食堂に来た黒野さんを眠らせ美術室に運んだ。最後に協力者である如月君を同意のもと殴り、自分は自室に戻れば仕掛けは完了。後は誰かが二人を発見するか、黒野さんが目を覚ませば、自動的に事件が明るみになる。
以上が僕の推理となりますが、何か反論はありますか?」
「あ……」
「あ?」
「あるに決まってるでしょう!!!」
姫路さんは血走った目で、僕らを睥睨した。
「まさかとは思うけれど誰もこんな愚かな推理信じてないわよね! さっきから好きかって言って……! 大体共犯が私である必要はないでしょ! 美術室が荒らされた時間だって午後の授業後じゃないってだけで、午前中に誰かがやったかもしれないじゃない!」
僕はフルフルと首を横に振る。
「申し訳ないですが、それは確認済みです。今朝、授業が始まる前に美術室を見た人がここには二人いる。そしてどちらもその時点では部屋は荒れていなかったと証言しています」
「うう、嘘をついてるかもしれないじゃない! それにお昼とか、授業の合間と、少しくらい席を外した人はいるでしょ! そいつらだって犯人に――」
「なぜ?」
「なぜって、それは……」
理由を言えず口ごもる姫路さん。
残念だが、この展開を想定していなかった彼女に、僕らの推理は邪魔できない。
「物理的に可能か不可能化で言えば可能でしょう。短時間でできるだけ音をたてないように素早く美術室を荒らし、何事もなかったかのように合流する――でもそんなことする必要性ないじゃないですか。だって犯行が発覚するのは午後の授業が終わってから最低でも数時間後を想定していた。それだけの時間があるなら、周りに誰もいないことを確認してからゆっくりと部屋を荒らせばいい。なのに犯人はそうしていない。そんなの、午後の自由時間以上に、誰にもばれることなく部屋を荒らす時間があったからとしか考えられませんよね。そしてそんな時間を持つのは、姫路さん、あなたしかいないんです」
「うあ、う……」
口をパクパクさせながら、姫路さんは必死に言葉を探す。そしてふと天啓が降りたかの如く、ぱっと顔を輝かせた。
「そ、そうだわ。そもそも私と如月がどうしてそんな狂言をしないといけないわけ? それで私たちに何のメリットがあるのか言ってみなさいよ!」
「それは勿論、ここから出るためです」
「な!」
またも口を金魚のようにパクパクと開け閉めする。いい加減憐れに思えてきたので、僕は一息に推理を吐き出した。
「ここに連れてこられてからというもの、姫路さんが恐怖を募らせていたのは皆知っていました。すぐに来ると思っていた救助がいつまで経っても来る気配がない。もしかしたら一生出られないかもしれない。あなたはそんな思いにとらわれ、パニックになっていた。
そんな時、あなたは如月君から提案を受けた。ここから出る方法があると。それは、二神教授に、この場にいる探偵が無力で名探偵になんて成れないことを示せばいいのだと。僕らに名探偵としての将来性がなく、名探偵なんて存在が幻想であると分からせられれば、自身の計画を諦めここから出してくれるはずだと。
一刻も早くここから出たかったあなたは、その甘言に乗ってしまった。失礼ですが、あなたはこの場にいる探偵たちと違って自ら推理をして事件を解決してきた探偵ではなかった。それゆえ、たった一人の推理力でどんな事件も解決できる名探偵という存在に懐疑的だったのも、彼の提案への後押しとなったのでしょう。加えて、如月君の提案では、あなたの役割は決して重いものではなかった。誰かを殺すのでなく狂言として彼を傷つけるだけであり、心理的ハードルも低い。これらの要素が重なった結果、あなたは彼の提案を受け入れてしまった――
と、これが僕の推理した、姫路さんと如月君が狂言殺人未遂事件を起こした理由と経緯です。何か否定したいことがあればお答えしますが、無意味なので止めたほうがいいと思います。姫路さんの目論見に反し、探偵が事件を解決してしまった今、二神教授に監禁生活を止めさせる目的は果たせませんから」
「………………ひっぐ。うううううううううううううううううう」
姫路さんは真っ赤にした顔から大粒の涙を流し始め、その場に蹲ってしまった。
分かってはいたが、なんとも後味の悪い結末。
彼女を慰めることも考えたが、彼女を追い詰めた張本人からの慰めなど逆効果だろうと自制する。
慰め役は別の人に任せ、僕は黒野さんと如月君に視線を送り、部屋から出るよう促した。




