24:正義感と狂気
「僕と明智さんが、この事件の犯人……? それもスフィアの一員……?」
あまりにも突飛なことを言われ、一瞬頭がフリーズする。
そんな僕とは対照的に、明智さんからは「そうですね」という冷静過ぎる声が上がった。
「確かに、あなたの立場からしたら疑わしいでしょう。今回の事件は、私の聴力が証拠の八割を占めていますから。それにスフィアであるという疑いも、否定はできません」
「落ち着いてんのが腹は立つが、まあそういうことだ。つうか少し前から気になってたんだよ。どうして面識のなかったお前らが、この館で普通にコンビを組んで動いてんのか」
「ああ、実はそれは僕も気になっていたんだ。是非聞かせてほしいな」
これまで聞きに徹していた赤嶺さんも、目を光らせ参加してくる。
勿論本当のことは言えないわけだが、当然、質問された時の対策はしっかり練っていた。僕としては、やや不本意な内容ではあったが。
明智さんは、澄ました表情で言った。
「別に難しい話ではありません。今志方さんが最も使い勝手が良かったからです」
「そうかな? 僕が君の立場なら、よく知りもしない男に助手役を任せたりはしないと思うけどね」
「この閉鎖空間で良からぬことをするほど愚か者ではないと判断しました。それに、好意的に協力をしてくれそうな方は、彼くらいしかいませんでしたので」
「ふーん。なら助手探偵である相馬さんじゃダメだったのかい?」
「相馬さんはまだ図りかねていますので。本性も、能力の底も分からない相手と組むのはリスキーに感じました」
「別に能力を隠しているわけではないんだが……」
「僕の本性も能力の底も既に見破られている……?」
彼女としては深い意味を持った発言ではなかったのだろうが、僕と相馬さんはそこはかとないダメージを受けた。
すると、そんな僕らのやり取りに茶番を感じたのか、裏社会探偵が苛立った声を上げた。
「んな話はどうでもいいだろ。今はとにかく、委員長か盲目と凡夫ペア、どっちかが犯人で間違いねえってことだ」
「だとしたら、どうすると?」
「んなもん決まってんだろ。白状するまで、ぶん殴る」
がたりと席を立ち、裏社会探偵は大きく腕を回す。
それからゆっくりと、僕たちに向かって歩き出した。
突然の発言に理解が及ばず、僕は呆けた表情で彼の動きを追った。
通り道にいた群青さんが「おいおい暴力は止めるでござ――」と言って止めようとするも、思いっきり頬をはたかれ床に投げ出される。
「邪魔すんじゃねえよ」
探偵と言うよりは殺人鬼を彷彿とさせる冷たい目をしながら、裏社会探偵が吐き捨てる。
張り飛ばされた群青さんを始め、この場の全員が唖然として、身動きを止めた。
しわぶき一つ聞こえない、心を重くする静寂。
しかしすぐに、再び歩みだした裏社会探偵の足音が静寂を破壊した。
人を殴ったことに対する罪悪感など一切ない、感情の失せた機械のような表情。
一歩一歩、彼が近づいてくるにつれ、僕の中の危機感がようやく機能し始めた。
――これ、本当にやばいんじゃ
逃げ出そうと席から立ち上がる。しかし明智さんが動く気配がないのを見て、中途半端に腰をあげた姿勢で止まってしまう。
そうこうしているうちに裏社会探偵があと数歩のところまで近づいてしまい――
「本気で、暴力を用いて自白させる気なのか」
不意に、相馬さんが口を開いた。
決して大きな声ではないにもかかわらず、良く響く声。
裏社会探偵も足を止め、据わった目つきで彼を睨んだ。
「なんだ。邪魔すんじゃねえよ一般人」
「一般人だから邪魔するさ。事件の解決に首を突っ込む気はないが、今まさに危害を加えられかけている人を放置はできないからな」
「は。ご立派な正義感をお持ちのようで。放置できないならどうすると」
「力ずくで、無力化する」
ゆらりと、相馬もまた席から立ち上がり、こちらに近寄ってきた。
裏社会探偵は皮肉った笑みを浮かべ、彼が来るまで大人しく待っていた。そして相馬が目の前に来ると――表情を変えた。
「もう一度、聞いておく。本気で暴力を用いて自白させる気なのか」
「……それが俺の事件解決法なのは間違いねえよ」
「それをこの閉ざされた校内でもやると」
「……」
つい数秒前までこの場を支配していた裏社会探偵。
しかし今は額から汗を垂らし、先ほどまでの余裕と凄みを失っていた。
二人のすぐ近くにいる僕は、彼らの顔を交互に見回す。
正直よく分からない状況ではあるが、要するに、相馬さんの方が裏社会探偵よりも強いと、そう言うことらしい。武術経験皆無の僕には分からないが、強者であれば戦わずとも相手の力量が分かるなんて話を聞く。
雑魚だと舐めていた相馬さんが、いざ対面してみたらめっちゃ強そうだったから、ぶん殴り発言を取り下げてくれると、そう言う流れなのだろう。……そんなことある?
何はともあれ、裏社会探偵は僕らに対し暴力をふるう気はなくなったようだ。一度大きく息を吐き出すと、そのまま近くの壁に寄りかかった。
一触即発の雰囲気が解除され、ほっとした空気が流れる。しかしそれも束の間。
「あは、あははははははははははは」
今度は姫路さんが、狂ったような高笑いをあげだした。
裏社会探偵が眉間に皺を寄せ、「なんだあいつ。いよいよ頭おかしくなったか」と呟く。
かなり辛辣な言葉ではあるが、正直間違ってはいない。場の空気を理解しているとは思えないし、何より以前の彼女の声とはまるで別ものだったから。
誰もが心配以前に気味の悪さを覚える中、彼女は高笑いを止め、獣のような理性を感じさせない目で僕らを見回した。
「うふ、うふふふふ。優秀な探偵と言っても、所詮この程度の様ですわね。警察の助けがない状況じゃあ、暴力を使って自白させるしかないなんて。うふふふふ。あははははははははは」
「てめえ……」
姫路さんの挑発に乗り、裏社会探偵は眉間に青筋を立てる。
またも空気が悪くなったのを察し、赤嶺さんが大きく手を叩いた。
「確かに、暴力で解決するのはスマートじゃないね。ここはやはり犯人を推理で導き出そうじゃないか。ひとまず、事件直前の皆の居場所をまとめてみよう」
姫路さんがまたおかしな発言をする前にと、手際よく赤嶺さんがそれぞれのアリバイを聞いていき、ホワイトボードに書き並べる。
ほどなく、この場にいない如月君以外の全員の犯行直前の居場所がまとめられた。
〇如月君発見の三十分前までにいた場所
胡桃沢鶉:一階、女湯。アリバイなし
黒野美海兎:一階、美術室。アリバイなし
緑川サラ:三階、自室。アリバイなし
黒金吉宏:三階、自室。アリバイなし
群青征四郎:一階、機械室。アリバイなし
赤嶺巴:二階、教室A。相馬と一緒にいたためアリバイあり
明智真白:一階、図書室。今志方と一緒にいたためアリバイあり
今志方時宗:一階、図書室。明智と一緒にいたためアリバイあり
姫路舞:三階、自室。アリバイなし
相馬銀嶺:二階、教室A。赤嶺と一緒にいたためアリバイあり
アリバイがあるのは僕と明智さん、そして赤嶺さんと相馬さんの四人。
アリバイがない者の中でも、一階にいた胡桃沢さんと群青さんは、他よりもさらに黒寄りと言えるだろうか。
そんな風に考えを巡らせていると、赤嶺さんが口を開いた。
「さて、後は各自で調べて犯人の特定と行こうか。ちょうど今は五時か。そうだな、九時までそれぞれ捜査し、時間になったら会議室に集合。情報交換としようか。勿論それまでに犯人が特定できれば発表すればいい。これでどうかな」
「怪我人がいるのに、まるでゲーム感覚だな」
近くにいた僕がギリギリ聞き取れる程度の声量で、ぼそりと相馬さんが呟く。
一方、この提案に乗り気な探偵もいた。
「はいはいはい! それいいね! ここに来てから退屈な授業ばっかりで飽き飽きだったから私の天才的頭脳も錆付きかけてたし! 首が鳴るぜ!」
盛大に首を回しながら胡桃沢さんが拳を振り上げる。
「腕だろ馬鹿」と突っ込んでから、裏社会探偵はがりがりとオールバックの髪を掻きつつ言った。
「構わねえが、学級委員と盲目、凡夫には監視つけとけ。こいつらが一番疑わしいことに違いはねえんだからな」
赤嶺さんは「それもそうだね」と頷くと、最有力容疑者である僕らを見回した。
僕はその視線を受け――
『読者への問いかけ』(選択期間:2024/3/31~2024/4/7の24時まで)
如月を襲った犯人に関する一回目の会議が終了しました。
会議の結果、主人公こと今志方時宗は、事件の最有力容疑者として監視を付けられることになりました。それならば、せめて監視はこちらで選ばせてもらおうと彼は思考を巡らせます。容疑者として疑われる中、本事件を無事に解決できるパートナー(もとい監視役)として、誰が良いか――皆様の声をお聞かせください。
①胡桃沢鶉『六感探偵』
②黒野美海兎『生徒会探偵』
③緑川サラ『鬼没探偵』
④黒金吉宏『裏社会探偵』
⑤群青征四郎『電脳探偵』
⑥赤嶺巴『王子様探偵』
⑦明智真白『盲目探偵』
⑧如月宗助『放浪少年』
⑨姫路舞『富豪探偵』
⑩相馬銀嶺『助手探偵』
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