22:ギミックと事件
二神教授の授業からさらに数日が経過。
いつも通り姫路さんを除く全員で昼の授業を受け、自由時間に。これまたいつも通り、僕は明智さんと一緒に図書室で調べ物を行っていた。
調べているのは『スフィア』について。というのも、二神教授による『名探偵の資質討論会(?)』が行われた日の午後の授業で、再び教授自らが講師として登場し、『スフィア』が起こした事件の説明が行われたのだ。
勿論たった一時間の授業で全て説明しきれるはずもなく、今後第二回、第三回と続いていくことを伝えられた。その一方で、『スフィア』に関する情報を集めた資料が図書室に収納されているので、好きに調べてもらって構わないとのことだった。
さてそうなると、当然僕に命令が下されるわけで。
目の見えない明智さんのために、重要そうな資料の音読をさせられることになった。まあそれも、人がいる間のカモフラージュであり、実際には明智さんが一人でガンガン読み進めているのだけれど。
「明智さん、速読ですね」
「はい。私の場合目を開けて物を見ていられる時間が一般の方より少ないので、短期間に読む・覚える技術を身につけたんです」
「うわあ、凄い努力ですね。耳だけじゃなく目まで鍛えるなんて」
「一度やると決めたことは、徹底的にこなす主義なので。それより、ちゃんと外を見張っておいてくださいよ。こんなところを見られたらその努力も全て水の泡です」
「あ、はい……」
容赦のない明智さんの言葉に、僕は悲しい気持ちになりながら監視に戻った。
とはいえ、やはり外に人がいないか監視するだけの時間は暇なもので、しばらくした後再び声をかけた。
「それにしても、ずっと図書室にいるのも少し緊張しますね。またいつ扉が開かなくなるか分からないですし」
二神教授が最初の説明でほのめかしていた、探偵館に施されたギミック。僕はつい前日ようやく知ったのだが、それは探偵館の各部屋の扉が急に開かなくなるというものだった。
現状何がきっかけで、どんな周期で扉が開かなくなるのかは分かっていない。開かなくなる時間も一定ではなく、ほんの二、三分と短い場合や、半日近く開かなくなることもあった――というのは他の探偵から聞いたことで、僕自身の経験としては、図書室から数時間ほど出られなくなった一回のみだけれど。
とにかく、探偵館の各部屋は、強制的かつ突発的に密室状態になるのである。それも場合によっては、丸一日。
唯一の救いは――各自の客室など例外もあるが――探偵館の各扉にガラス製の小窓がついていることだ。この小窓、パカパカと開く仕組みになっており、仮に部屋に閉じ込められても外から食事を差し入れることが可能になっている。
そんなわけで、皆が一斉に閉じ込められたりしない限り、餓死をする心配はない――ないのだが、部屋に閉じ込められるというのは、それなりに恐怖感がある。
まあそんな一般人の思考はここに集められた探偵たちに適用されないため、怯えているのは僕ぐらいのものだけど。
「明智さんは部屋が密室になる法則分かりますか? というか、何でこんなギミックが用意されてると思います?」
明智さんは目線を資料に落とし、十秒おきにページをめくりながらも、僕の質問に答えてくれる。
「まだ法則は分かりませんが、いずれ暴きます。ギミックがある理由は、探偵としての能力を見定めるためでしょう」
「と言いますと?」
「ギミックの法則性を解くことが、ここから出る条件の一つということです。さて」
また一冊、資料を読み終えたようだ。
明智さんは積み重ねていた資料を元あった場所に戻すと、大きく背伸びをした。
「今志方さんの集中力も切れてしまったようですし、いったん休憩としましょうか」
「ええと、すいません」
「いえ、お気になさらず。私もそろそろ甘味補給を行いたかったので。それに、あなたにはかなり助けられていますから」
杖を持ち、彼女は率先して部屋を出ていく。
静かな廊下を歩き、食堂へ。中には特に人がおらず、僕らは厨房へと向かう。
厨房と食堂を仕切るカウンターには呼び出しボタンが置かれており、これを押すと使用人さんのどちらかが来てくれる仕様になっている。
早速呼ぼうとボタンに手を伸ばし――
「待ってください」
伸ばした腕を、明智さんの柔らかな手で掴まれた。
どうしたのかと彼女を見ると、これまでにない真剣な顔で「何か聞こえませんでしたか」と囁かれた。
「僕には何も聞こえてないですけど……何か聞こえました?」
「はい。僅かにですが、悲鳴が聞こえた気がします」
「悲鳴!」
探偵館は各部屋でかなりの防音加工が施されているようで、扉を閉めているとあまり音は聞こえない。けれど、超人的な聴力を持つ明智さんだけは例外だ。
「取り敢えず、部屋を出ましょうか」
明智さんに促され、着いたばかりの食堂を後にする。
廊下は先ほどと変わらず静けさが保たれており、一見異変は見られない。
しかし明智さんの耳は僅かな異変を捉えたようで、数秒立ち止まった後迷いのない足取りで歩き出した。
彼女が目指したのは先ほどまでいた図書室の隣の部屋である美術室。
「あれ……」
美術室は、廊下から見ただけで、不穏さを感じさせた。
扉が、開いたままになっているのだ。
単に閉じ込められるのが嫌で、扉を開けているだけ。そう思いたいけれど、明智さんが耳にした悲鳴を考えれば、そんな楽観視はできない。
自然と歩みも速くなり、まもなく、僕らは美術室の中を、見た。
真っ先に目に飛び込んできたのは、バケツをぶちまけたかのように乱雑に飛び散った、筆やキャンバス、石膏像。
部屋の惨状に一瞬息をのむ。けれどそれはこの場において些事だった。
部屋の奥には、
壁にもたれかかり、頭から血を流している被害者――如月宗助
そして、その隣で血の付いたキャンバスを持って彼を見下ろしている被疑者――黒野美海兎
がいたのだから。




