20:名探偵の資質②
「とまあ今のが私の意見ですが、別段これが正解だとは考えていません。そもそも私に今語ったような推理力があるかと言われればありませんし、あくまで理想論です。ねえ、今志方さんもそう思いますよね?」
「え、僕!?」
まさかここで話を振られると思っておらず、僕は慌てて姿勢を正した。
いや実際、明智さんの推理法の一端に触れた身としては、よくまあ堂々と推理力が一番と言えるなと。犯人含めた周りを騙す技術とかの方が正解なんじゃないかと考えてはいたけれど。
まさかこうやって話を振られた状況で、そんな発言する勇気などなく。
頭を振り絞り即興で意見を考えた。
「ええと、その……あ! け、警察のコネとかどうかな?」
「警察のコネだあ? それ資質とは言えねえし明らかに必須でもねえだろ」
あまりにも頓珍漢なことを言ったからか、黒金が身を乗り出して凄んできた。怖い。
「ま、まあ資質とは違うのかもしれないけど、名探偵になるには実は必須の条件な気がしてさ。赤嶺さんが話してくれたことに近いけど、事件を解決するには、能力があるかどうか以前に、そこに責任を負える、負わせてくれるような存在が必要なんじゃないかって。もし冤罪を生み出してしまった時に、自分は推理しただけで何の責任もない、それを信じて捕まえた警察が悪いみたいなスタンスの探偵がいたら、いくら推理力と実績があっても名探偵とは呼びたくないしさ」
「ふむ。つまり警察のコネというよりも、事件に対して責任を負う覚悟こそ、名探偵に必須な資質というわけですね。それは確かに否定し難い良い意見だと思います」
僕の言い訳を、明智さんが上手く拾い上げ要約してくれた。
これには裏社会探偵や赤嶺さんもある程度納得してくれたようで、特別噛みつかれたりはせず。代わりに、相馬さんがそっと挙手をした。
「事件に対する責任を持つのは、名探偵以前に探偵なら皆そうなんじゃないのか? それにそもそも、犯人を間違えるようじゃ名探偵とは言えない気もするが」
この場で唯一、自らを探偵と考えていない自称一般人の素朴な疑問。
誰もすぐに反論できなかったのを見て、相馬さんは首を傾げて画面に映る二神教授を見つめた。
「強いて言うなら間違えないことこそが名探偵の資質と言えるんだろうが、現実に間違えない人間なんて存在しない。そんな存在しえないものを作り出す暇があるんだったら、純粋に知識者の知恵を借りて、事件に挑んだ方がいいと思うんだが」
自身の意見を述べつつ、うまく二神教授の批判に繋げていく。
とはいえこの程度の批判で考え直すならこんなことを実行に移すはずもなく、教授は淡々と『知恵者の力を借りても無駄だったからこその計画だよ』と言って軽く受け流した。
相馬さんは納得できない様子で口を開きかけるも、
「さてちょうど半分の意見が出揃ったところ。そろそろ拙者の出番でござるな! ズバリ、拙者が考える名探偵の資質とは『情報収集能力の高さ』でござる!」
話題を元に戻す群青さんの発言により、渋々口を閉じた。
群青さんはちらりと相馬さんに目線をやった後、意気揚々と理由を語りだした。
「先ほどから皆の意見を拝聴させていただき申したが、重大な視点が足りていないと言わざるを得ないでござる! それはいかにして探偵が事件を解決するのかという視点! 事件の舞台に立ち、十分な推理力を持ち、事件への責任感を持っていたとしても、それだけでは事件の謎は解くに至らず! 事件を解くには、複雑に絡み合った糸をほどき、切断していくための情報が必要不可欠でござる! というより、情報さえ揃ってしまえば、拙者の犯人特定プログラムを使うことで誰であっても事件など解決できるのでござるから!」
たかだかとタブレットを掲げ、どや顔で前髪をかき上げる。
掲げてるタブレットにはそのプログラムが入っていないため、あまり意味のある行為には見えないが。しかし彼の推理方法を考えると、まさしく名探偵になるための条件は、プログラムが犯人を特定するに足る情報をいかに集められるか。まさしくその一点となるのだろう。
「拙者の魂ともいえる本プログラムがあれば推理力など不要でござるからな。ただ唯一の欠点として、情報を集めること自体は拙者を含め人の手を借りねばならぬという問題があり。今後名探偵に必須となるのは、明智小五郎よりも小林探偵団と言えるでござるな」
「ふん。んな機械頼りの野郎が名探偵になんてなれるかよ。道具取り上げられたら何の役にも立たない雑魚は隅で黙ってろ」
「なにおう! 確かに犯人特定プログラムがない今、真の力を解放できないとはいえ、そこいらのバグ湧き探偵どもには決して負けない頭脳がありますぞ! それに数多の事件を調べ取り込ませてきた拙者のメモリーも――」
「青臭いと言われるかもしれませんが、私の思う名探偵の資質は、『自らの正義を貫く意思』だと考えています」
群青さんと裏社会探偵による不毛な口論を止めるため、黒野さんが声を上げる。
かなり特殊ではあるが、学校かつ授業という彼女のホームグラウンドだからか。この数日間で初日に見せていた弱弱しさは消え、生徒会長として生徒間の揉め事を解決してきた貫録を感じさせる、凛とした佇まいに変わっていた。
そんな彼女の発言を無視できる者はおらず、二人も口を閉ざして彼女に目を向けた。
「今志方さんが、いくら推理力と実績を持っていても、責任を負う覚悟がない人は名探偵と呼びたくないと言っていましたが、これは逆も言えると思うんです。普通の人は、いや、むしろ頭の良い人ほど、そんな責任を伴う仕事をしたくはないのではないかと」
「責任の伴わねえ仕事なんて、そっちの方が少ねえと思うけどな」
誰に対しても好戦的な裏社会探偵からヤジが飛ぶ。
けれど今の黒野さんは、その程度で動じない胆力を有していた。
「探偵は、事件解決の有無にかかわらず、犯人とその親しい相手、被害者とその親しい相手から命を狙われるリスクがあります――理不尽な事ですが。その対価として得られるのはお金と名声。ですがそれも、相馬さんが言っていたようにたった一度のミスですべて失われてしまうもの。それだけでなく、事件とは無関係な第三者から一方的に非難され、外を出歩くことすら困難になる。こんな職業が、他にありますか?」
「……一度のミス程度なら、そこまでのことにはならねえだろ」
「私たちのような未熟な探偵ならそうでしょうね。ですが、事件を解決できて当然だとされてしまう、名探偵となれば話は違います。それはかつて名探偵と呼ばれていた方々の最後が、既に証明しています」
「……」
ここ十年程、日本に名探偵と呼ばれる人は現れていない。
だけどもう少し時代を遡ると、定期的に名探偵と呼ばれる、民衆のヒーローが、確かに存在した。
今とは違い科学技術も未発達で、警察による冤罪や、猟奇的な犯罪者なども数多く。治安が今とは比べ物にならないほど悪かった時代。警察の蛮行を防ぎ、姑息な犯罪者や横暴な政治家の悪事を次々暴いていった正真正銘のヒーロー。
僕のような小市民が、同じ肩書を持つことすら不遜に思える、正義の味方。
だけどそんな名探偵の最後は、いつも悲惨なものだった。
この場にいる皆も、探偵として、そのことはよく知っている。
名探偵という肩書が、実際にはどれほど重い物なのか。
だからだろう。明智さんや赤嶺さんのような有名な探偵であっても、自らを名探偵と自称しないのは。
静まり返った教室で、黒野さんの声が響いた。
「もし皆さんもここで名探偵を目指すなら、そのリスクを背負ってでも折れることのない、自身の正義を見つけるべきです。それがきっと、ここを出ることにも繋がると思いますから」
退屈かもしれませんが、もう少々名探偵談議が続きます。一応本作のメインテーマでもありますので、もうしばらく辛抱ください(辛抱させないといけない展開なのは本当に申し訳ないですが)。
因みに、皆様の思う名探偵の資質がありましたら、お教えいただけますと幸いです。