12:ランク付けと助手探偵
「まず分かるのは、あの死体は本物じゃねえってことだ」
この場を代表するかのように口火を切ったのは、やはり裏社会探偵だった。
「遠目でも分かる。あんだけ体を捻じ曲げるのは通常の殺し方じゃ無理だ。つうか尋常じゃない労力がいる。その時点であれが偽物だと判断できる」
『それは強引じゃないか。君たちへのサプライズとしてちょっと手間暇をかけたのかもしれないだろ』
「は、何のためだ。んなことしたっててめえにメリットは何もねえ。俺たちの不興を買って、せっかくの授業が無駄になるだけだ」
『実は探偵として育てるというのは嘘で、単に君らの絶望する顔が見たい異常者とは考えなかったか』
「ない。もしその気なら、この場の誰か一人を見せしめに殺すか、死体じゃなくて死ぬ瞬間を見せるだろ。これじゃあ中途半端すぎる。てか、反論されるの分かり切った質問は止めねえか。時間の無駄だ」
『そうだな。悪かった。続きを聞かせてくれ』
誘拐犯とその被害者の会話とはとても思えないやり取り。
流石は裏社会探偵を名乗る――別に自称していたわけでない気もするが――だけあり、修羅場には慣れているのだと感心してしまう。
「となりゃあ次に気になるのは、あの死体は何なのかだ。サイズは等身大。もしあれがマネキンのような固い物質であるなら、床に下すときや運ぶ際に何かしら音がする可能性が高い。だが、俺はそんな物音は聞かなかったし、聴力が優れてるらしいそこの盲目女も何も言及しなかった」
「そうですね。これと言った足音や物音は、特に聞いた覚えがありません」
圧倒的な聴力を持つ明智さんからの同意。
裏社会探偵は軽く頷き、さらに推理を進めようとする――が、その間隙を狙って赤嶺さんが話を奪い取った。
「それから、あの死体もどきがそんなに前から置いてあったとは思えない。僕を含め、優秀な探偵ならいついかなる時も背後には気を配っているからだ。すなわちあの死体は衝突音とほぼ同時に出現したと考えられる。だが、衝突音直後に僕らが後ろを振り返った際、死体の周りには人の影はなかった」
「そのとうり! つまりあの死体は人の手によって直接置かれたものではないのでござる!」
さらに赤嶺さんの話を勝手に引き継ぎ、『電脳探偵』こと群青さんが、青い髪をはためかせながら語りだした。
「ではどこからやって来たのか! 答えは明快! 天から降臨したのでござる! それもふわふわと!」
「天は正確に言えば小窓のこと。ふわふわと降ってきたという擬音の通り、あの死体は非常に軽い物質、おそらく風船で作られていた」
続いて悲鳴を上げて以降ずっと床に座り込んでいた委員長が、青ざめた顔のまま翻訳していく。
「入口の上の小窓は小さく死体を入れる余地はない。だけど死体が風船でできていたなら、小窓に入れてからあのサイズまで膨らますことができる。そして後は体育ホールに投げ入れれば、舞台は八割方完成します」
委員長はそこで言葉を切るとなぜか僕の方に視線を寄こしてきた。
これはもしかして、活躍の機会を譲ってくれるという意思表示だろうか。委員長らしく――勝手に僕がそうイメージしてるだけだけど――公平性に溢れた人だと思いつつ、せっかくなのでその好意を受けることにした。
「とはいえあまりに軽すぎれば、ちょっとしたことで動いてしまい風船だとばれてしまう。そこで血液パックと録音機を重し代わりに装着してから投擲。情報に偏りが出ないよう、落下と同時に衝突音が鳴り響くようにし、僕らにその存在を気付かせた。後は投げ入れた本人が、音が出る前に小窓を閉めてしまえば、突如死体だけが現れたように見せかけられる。これが――」
「事件の全貌ですわ!」
今回一度も推理に参加しなかった姫路さんが、なぜか自信満々にラストを飾った。
ちょっと釈然としないところはあるが……それはともかく、これが僕らが導き出した事件の真相。
答えを受けた誘拐犯はしばらくの沈黙の後、『動くことを許可する』と言ってきた。
実際に調べて推理が正しいか確認しろと言うことらしい。
僕らは早速死体のもとに移動し、ほっと胸を撫でおろした。
死体が風船であったことを確認したことで生気を取り戻した委員長が、皮肉気な笑みを浮かべ誘拐犯を振り返った。
「最初の授業は私たちの勝ちみたいですね。別にあなたの授業を受けなくたってこれぐらいは解けますし、その『スフィア』についての情報だけ託して、ここから解放してくれてもいんじゃないですか」
『ふむ。君を含め何人かは『助手探偵』こと相馬銀鈴の助言があって初めて解に辿り着いたように見えたが』
「それは……」
答えに窮したのか、彼女はなぜか僕にヘルプの視線を投げかけてきた。
残念ながらうまい助け舟は思いつかないので、仕方なく首を横に振る。
それを見て彼女は肩を落とし――
「要するに、今のってちょっとしたランク付けだよね」
唐突に、先の推理に一切参加しなかったおかっぱ頭の少年が、笑みを湛えて話し出した。
「現状、この中の誰がどのランクにいるのか。それを知るためのテストみたいなものだったんでしょ?」
『ああ。その通りだ』
あっさりと、誘拐犯は彼の言葉を肯定した。
『これから君たちを訓練するにあたり、それぞれの今の実力を見たくてな。監禁されてすぐ、理不尽な要求を告げられ、事件まで起きる。さらにそれも、その場から動かず解決しろと言う無理難題。だが名探偵となる者ならば――』
「これぐらいは余裕でクリアしなきゃだよね。取り乱すとか、分かるわけないなんて泣きごとは言わずにさ」
おかっぱ少年は、悪戯な視線を委員長と姫路さんに向ける。
そんな彼の態度に二人が反応する間もなく、今度は裏社会探偵が口を開いた。
「なら綺麗に三つに分かれたな。俺と、赤髪と、盲目が上位ランク。その他、相馬って野郎の発言後に閃いたオタク、成金女、地味男、取り乱し女の四人が下位ランク。何も答えなかった三人と、特大ヒントを与えておきながら解けなかった相馬がランク不明だ」
「ランク不明ってそれ、分けたって言えるのかな?」
だいぶ雑なランク付け。というか僕と委員長の呼び方が容赦なさすぎる。
ふと、僕は背後に視線を向け、緑川さんの表情を窺った。
死体が出現した際、これまでの彼女なら僕を盾にしようと必死だっただろうに、どういうわけか反応なし。もしかして気絶しているのかとも思ったが、死体を見に動いた際は、またも僕の後ろにぴたりとくっついてきた。
今も表情は落ち着いており、怯えた様子はない。
なぜ、と考えた直後、ポンと閃きが灯った。
「もしかして、緑川さん死体が落ちてくるところ、見ちゃってた?」
「見ちゃってました」
予想通り、彼女はこくんと頷く。
常におどおどと全方位を警戒していた緑川さん。ともすれば前面に僕と言う盾がいるわけで、後方にこそ意識を注いでたのだろう。そこで風船が投げ入れられるのを見てしまったため、死体発見時に驚かなかった。
「……だったら、もっと早く教えてくれても良くない?」
「……だって、事件現場を見たなんて言ったら危険だと思ったから」
「……」
危険だから何も言わないって、それは探偵としてどうなのだろう。
僕が何とも言えない顔で眺めていると、誘拐犯が話を元に戻した。
『もう一点、ランク付けとは別に相馬の能力を確認したかったというのもある。これに関しては、正直想像以上だったな。程度の差こそあれ、十分優秀な君たちと組ませれば、それだけで事件解決率は格段に上がりそうだ。
と、そう言えば君たちはまだ自己紹介を互いに行えていなかったな。せっかくだから、こちらから紹介させてもらおうか』
誘拐犯は画面外から紙を取り出すと、一人ずつ名前を呼び始めた。




