11:死体と推理
「きゃああああああああああ!」
委員長が、大きな悲鳴を上げてその場に蹲る。
その悲鳴を聞いて我に返った僕らは、急ぎ死体に駆け寄ろうとし――
『動くな』
強制的に従ってしまいたくなる、威圧的な声により歩みを封じられた。
『言ったはずだ。これは一回目の授業だとな。君たちはその場から一歩も動かず、あの死体がどうやってあそこに出現したのか推理しろ』
「近寄らずに推理って、無茶苦茶ですわ!」
「というか、早く救命措置をするのが最優先なんじゃないか」
銀髪の青年が呟くが、この場のだれ一人として同意する者はいない。
誘拐犯は僕らに危害を加えるつもりはないと言った。だけどそれは、僕らが彼の指示に従うのならと言う前提あってのことだろう。今命令を無視して勝手な行動をすればどうなるか分からない。
そもそも遠目からでも、救命措置で助けられるレベルの怪我とは思えない。適切な対処方法は救急車を呼ぶことだけど、勿論今の僕らにそんな選択肢は存在しない。
今はただ、誘拐犯の言葉通り、模擬授業に挑む他なかった。
誰からも反応を得られなかった銀髪の男は、諦めた様子で小さく息を吐いた。
それと同時に、明智さんが口を開いた。
「申し訳ありませんがどなたか、一体何が起きているのか説明してくださいませんか。何となく、予想はできているのですが」
目の見えない彼女からすれば当然の提案。
誰も説明しないようなら僕が、などと思ったのも束の間、意外にも金髪裏社会探偵が口火を切った。
「この体育ホールの中央より少し扉側に、死体が一つ。こっからだとはっきり分からねえが、体は捩じれたみたいな異常なポーズで、頭部を中心に真っ赤な血が拡がってる。身長も性別もこっからじゃよく分からねえが、中肉中背でこれと言った特徴があるようには見えねえ。服装は一階の玄関口を守ってた奴らと同じ燕尾服だな。単純に考えればあのどっちかの死体ってことになるが、断定はできねえ」
金髪裏社会探偵は一旦口を閉じると、一度体育ホールを前後左右上下、全て見回した。
「次にこの部屋についてだが、モニター側には何もなさそうだな。つうか今まで全員がそっちを向いてたんだ。何か仕掛けが作動する様子があれば誰か一人くらい気付いただろうし、無視して構わねえだろ。反対の扉側だが、ドアが開いてる様子はねえ。扉の上に用途不明の小窓があるが、そっちも閉じてるな。まあどっちも今閉じてるだけで、俺たちが振り向くまでの間に開いてた可能性はあるが」
「確認ですが、衝突音がした瞬間には、どちらの扉も閉まっていたのですよね」
「今の俺の言い方で伝わんなかったか? 閉まってたに決まってんだろ」
「すみません。私は伝聞でしか推理を組み立てられませんので、曖昧な点は遠慮せず尋ねるようにしているのです」
「ちっ、面倒だな」
配慮の欠片もない態度。けれど説明を止めることなく、さらに現場の解説を続けた。
「部屋の左右も特に異常は見当たらねえ。もしかしたら何か仕掛けてある可能性はあるが、動けねえ制限付きじゃ調べようもねえ。最後に天井だが、こっちもぱっと見何もねえ。血が滴ってたり、スロープのようなものが掛けられてるってこともない」
「成る程……。これも念のためお聞きしますが、死体のそばに私たち以外の人間や、動物はいませんよね」
「んなもんいるわけねえだろ。そんなのいたらとっくに説明してる」
「有難うございます。それだけ聞けたら十分です」
今ので十分?
一瞬聞き間違えかと思うも、実際彼女はそれ以上尋ねることなく、コツコツと杖で床を叩き始めた。
これだけの情報から、この事件の謎が解けるというのか。
何か見逃していること、聞き逃していることがあるんじゃないかと思い、僕もしばらく推理に専念する。
動くなと言う命令から、動くものはなく。そして皆推理に耽っているからか誰一人口を開かず、明智さんの杖が床を叩く音だけがホールに響く。
そんな時間が数分流れた後、富豪探偵こと姫路さんが、腹立たし気に叫びだした。
「もうやってられませんわ! 一体何なんですのこの時間は! 死体に近づかず、遠くから眺めるだけで事件の真相を推理しろだなんて。ワタクシは一流の探偵であって超能力者じゃないんですわよ! しっかり死体を調べられないこの状況じゃまともな推理なんて組み立てられるわけ――」
「解けた」
「見えたね」
「分かりました」
「ない……はあ?」
ぽかんとした表情を浮かべ、姫路さんは声を上げた三人の顔を見つめた。
事件の真相に辿り着いたらしい三人――裏社会探偵と赤嶺さんと明智さんは、特に誇らしげな様子もなく、澄ました顔でモニター側へと顔を向けていた。
「んじゃ、早速解答編に入ってもいいか。誘拐犯さんよ」
『いや、悪いがもう少しだけ待ってくれ。まだ解けていない者もいるようだからな』
「ちっ、このレベルに悩んでるような奴は問題外だろ。さっさと帰らせろよ」
「も、問題外ですって! このワタクシに向かって!」
「解けてねえんだからそう言うことだろ。文句は解けてから言え」
「くっ……」
反論したくとも、探偵としてのプライドが反論を邪魔し、姫路さんは口を噤む。
けれどやはり良いアイディアは浮かばないようで、無意味に周囲を見渡し続けていた。
さて、かくいう僕も残念ながらさっぱり解答は思い浮かんでいなかった。
姫路さんが言っていた通り、死体をしっかり確認できないこの状況では、考えられる可能性が多すぎる。そもそもどこを起点に思考すればよいのかすら判断できていなかった。
答えの出ないまま時間だけが過ぎていく。およそ五分ほど経った頃、観念した様子で銀髪の青年が天を仰いだ。
「いくら考えても、さっぱり分からないな。血の臭いこそするが、そもそもあの死体は本物なのかどうかすらここからでは判断できない。衝突音がした直後、死体の周辺に人の姿はなかったが、衝突音が録音の可能性もある。となれば単に誰かが死体を運んできたという可能性も否めない。もしくは床が昇降式になっていて、気付かぬうちに死体が運ばれていたか。いずれにしても、死体に近づけなければ断定はできない。
ふう、言葉にすればするほどよく分からないな。大体どの方法でも、この場には尋常でない聴覚を持つ探偵がいる。彼女の耳を誤魔化して一連の犯行を成し遂げられるとは思えない。突然天からふわふわ舞い降りたと、そう言われた方が納得がいく」
「突然……」
「天から……」
「ふわふわと……」
「舞い降りる……」
彼の言葉を聞いた直後、僕を含めた数人に、電流が走った。
頭の中を埋め尽くしていた霧が少しずつ晴れ、事件の輪郭が鮮明になっていく。
間もなく、僕らは皆、真相へとたどり着いた。
この場のほぼ全員が真相に辿り着いたことを察したのか、裏社会探偵が苛立たし気に舌打ちをした。
「たく、余計なこと言いやがって。ここでポンコツ晒しとけばさっさと帰れたかもしれねえのによ。お前、今の発言はわざとか」
「何のことだ。俺はいまだに分からないままだが」
「本気で言ってんのか?」
「ああ。嘘をつく理由がない」
「……確かに、嘘をついてるようには見えねえが。なおさら理解できねえな」
裏社会探偵は苦々し気な表情を浮かべそう吐き捨てるも、すぐにモニターへと向きなおった。
「んじゃ、大体回答も出揃ったみたいだし、もう答えてもいいよな」
『ああ、かまわない。あの死体がどうやって出現したのか、説明してくれ』
一拍、皆の歩調を合わせるような静けさの後、僕らは一斉に回答を口にした。
「「「「「「「死体は、空から降ってきたんだ」」」」」」」




