3話 転生の誘い
「太志、あんたにちょっと話があるんだ」
病院から帰ってきたばあさんは、困り顔で僕に声をかけてきた。
「その前に、線香と麦茶をお願いできない?」
幽霊も不便なもので、供養がないとイライラしてくる。ばあさんの線香は特別製で、なぜかホッとする香りがとても良い。
「ああ、長く家を空けて悪かったね。ごはんはパックご飯だけでも良いかい?」
「うん」
ばあさんは、テキパキとお供えの準備をしてくれる。食べられないけど、お供えしてもらったら満足感があるので、これが正解なのだろう。
「それなんだけどね。あんた、もう一度肉体を持てるかもしれないんだ。そうなれば、味だってわかるようになるだろうさ」
うん? 今意味がわからない言葉があった気がする。
「え? それって、生き返るってこと?」
僕は自分の葬儀に参列して、肉体が火葬されるところまで確認した。だから僕はもう生き返れないはずだ。
「生き返るというより転生というのが正しいかねぇ。輪廻せず他の身体に入ってもらえないかい?」
なるほど。他の身体か。他の身体!?
「いや、ちょっと待って。それって取り憑くってこと? 元の人は? 困らない?」
僕のせいで誰かが犠牲になるのは看過できない。いきなり人格が変わると家族もビックリするだろうし、下手をすると除霊されかねない。
「もう困りようがないねぇ。さっきの客を連れてきた知り合いの除霊師ね、依頼されて悪霊を祓ったらしいんだけど、間に合わなかったみたいでね。魂を喰われちまったみたいなのさ」
なにそれ怖い。悪霊に魂を喰われて空いた身体に入るとか、オカルトじみていている。そして、僕には別人のフリをしてバレない演技力もない。
「誰かの代わりとか、僕には無理じゃないかなぁ」
ばあさんは困り顔のままうなずく。
「そうかい? それなら仕方ないね。太志には酷な話だし、それもまた運命さね」
ばあさんはそう言ってあっさり引き下がった。しかし、ばあさんの反応は何かひっかかる。
「運命ってどういうこと?」
今ばあさんは何をあきらめた?
「あたしゃ万能じゃないからね。護れないのもまた運命って思っただけさ」
待て待て。ダメだ。これを聞いたら戻れない。
「護れないって何を?」
僕は今、ばあさん術中にハマっている。自覚はあるが、聞かずにはおれない。
「母親さ。魂を喰われたのはその母親の子でね。母親を護ろうとしたらしいんだよ」
その子は魂に代えて親を護ったのに、その親を結局護れない。ならばその子は何のために犠牲になったのか。歯を食いしばって、顔をあげる。
「代わり、やりますっ」