鉄も液体になると蒸発する
真夜中に聞こえる音がゲロゲロとうるさいカエルの大合唱から、リーンリーンとこれまたうるさい虫の音に変わった最近、昼間はまだまだ暑いが確実に秋の気配が忍び寄って来ていた。
こんな夜は何かと暗躍する者が蠢くものである。
カチャカチャ、カチリ
キシッ
「おっと。静かに静かに、は~い良く寝てますねぇ♡」
ベチッ!
「は?何これ、空気の壁?結界?嘘ぉ~」
ペタペタ
「えっ、本当にこれどうやってるの?魔力で空気を固めてるのかしら、凄く興味深いわ強度計算してみましょうか」
次の日の朝、実さんが私にお味噌汁を渡しながら頬を膨らましてぷんぷんと怒っている、目の下には隈が出来てるけど徹夜でもしたのかな。
「ちょっと、仁さん。寝る時に結界張るのやめてもらえませんか、あれじゃあ夜這いが出来ないんですけど」(実が計算した結果叩けばモース硬度10は有るのに触ると弾力がある未知の物質で出来ていた。)
「いや、寝ている無防備な時こそ結界なので」
「そらそうだ、でないと仁みたいな良い男は襲われちまうからね、お、美味いねこの鮭」
朝食のほうれん草のおひたしを食べていると実さんが思い出したように話しかけて来る。
「あ、そうだ。桜さんから柳葉包丁頼まれてたんだけど、これで良い?」
「お、堺一文字光秀か、白鋼だから良く切れるぞ」
キラリと光る刃に魅せられる、これって結構良い包丁なんじゃ。
「ふふふ、武器商人である私が選んだ逸品よ、切れ味は保証するわ、でもちょっと錆びやすくて手入れが面倒だから気をつけてね」
「ありがとうございます。今度これでお刺身作りますね」
「ふふ、期待してるわ♡」
カシャン
朝から思わず良いプレゼントを貰って気分良く学校に到着、あの包丁ならば美味しいお刺身が切れるだろう、駐輪場に自転車を置いて職員室に行けばなにやら騒がしい。何事だ?
ザワザワ
「児島主任どうしました?」
「あ、武田先生ちょうど良かった、先生のクラスの唐津さんが学校に来てないらしいんです」
壁の時計を見るが、まだ慌てるような時間ではないが。
「寝坊とかじゃなくてですか」
「それが、同じバスケ部の福岡さんが朝練に一緒に行こうと彼女の家に寄った時には、もう家を出た後だったらしくて」
そういば唐津さんはバスケ部か、それで朝の練習に。
「家を出た、それなのにまだ学校に来ていないと」
コクリと頷く児島主任。確かに彼女の家からだったらこの学校まで10分程度の距離、途中で魔獣にでも襲われたか?いやこっちの世界に魔獣はいないな、でも同じルートで学校に来た福岡さんは唐津さんを見ていない、妙だな。
まぁ、ここで考え込んでも埒が明かない。
「私もちょっと自転車で外を探してきます、唐津さんの家は松代城趾の西辺りですよね」
「お願いします!」
学校の外に出ると同時に探知魔法を使う、私の探知魔法では個人の識別までは出来ないが人がいる場所ぐらいはわかる、田舎町だから人数も少ないのも助かる、私に悪意を持った人間ならばかなり絞り込めるのだが、私が唐津さんに恨まれていることはあるまい。
自転車で松代城趾まで来ると城壁の中に人の色違いの反応が3つ?
私に敵意を持っている赤の反応に薄いピンク、それと普通の白の3つ、平日のこの時間なら観光客ではないか?一応は見に行ってみるか。
松代城趾は武田信玄によって海津城として築城され、現在では城は残っていないが太鼓門や堀、石垣が復元されている、城壁内の桜が咲き誇る春はとても人気のある観光スポットだ。
堀にかかる橋を渡って太鼓門をくぐる、反応のあった方向に足を向けた。
すると制服姿の唐津さんを庇うように銃を構えるスーツ姿の青年と対峙している、虫のような物が目に飛び込んできた、何あれ?デッカいカマドウマ?背筋がゾワゾワする。
「唐津さん!」
思わず声を掛けるが唐津さんに反応はない、気を失っているのか?
青年が私に向かって大声で叫ぶ。
「逃げろぉ!!」
次の瞬間、虫みたいな物体が私に向きを変えて攻撃してきた。
ブゥブブブブブブブブブブ!キンキンキンキンキン
くぐもった音と薬莢が地面に落ちる音、自分に迫り来る弾丸。
結界で屈折させるように左右10度づつ角度を付ける、これで私の身体に弾が当たる事は無い、銃弾は私を擦り抜けたように後方で桜の木を薙ぎ倒し土煙を上げる、おいおい春の花見に影響が出るぞ、重力魔法で加速して一気に距離を詰めた。
近寄って見ればやはり虫ではない?金属で出来ている?事情が分からないがとりあえず動きを止めるとするか。
手前の足に5倍の重力を乗せて潰す。
グワシャ!
いきなり足が潰れてバランスを崩す金属虫、すかさず飛び蹴りを食らわした。
ゴロンと転がるがすぐに3本の足で起き上がる、そしてあろうことか唐津さんに銃口を向けやがった。
ブチン
明らかな敵対行動、私の担当する生徒に殺意を持って銃口を向けた、どんな状況だか知らないが唐津さんを害そうとした時点で私の敵だ、そこからは私の魔法には遠慮がない。
「この虫が、この世から消えろ」
左手の氷雪系で金属虫の動きを凍らせて止める、続いて右手の火球を叩きつけるように放った。
3mクラスの火球に包まれた金属虫は高温の炎で融解を始める、私の生徒に危害を加えようとした者などこの世に残す価値もない、さらに炎の温度を上げた、オレンジ色から青白く変化した火球に今度は蒸発を始める。
(ちなみに鉄の融解温度は1,536度、沸点は2,863度です)
キンキンと音を立てて燃える火球、その中の金属虫はもうその姿を保っていない、3,000度に近い高温で形を保てる物体などない、全てが灰に成り果てていた。
「さて、邪魔な虫は排除しましたが、貴方は誰です?」
私は唐津さんの横で腰を抜かしている、スーツ姿の青年に問いかけた。
お読みいただきありがとうございます。感想、ブクマ、評価はお忘れなく。




