能登の海は魚が美味い
時速300kmオーバーで走る物体は1秒で約83m進む、1分も遅れれば5kmの差がつくことになる。
そんな世界を体験出来る乗物などそこいらにポンポンと転がってるわけなく、実の操るフェラーリは地上の監視車両を全て振り切ることに成功してした、まぁ、高速に乗る前にすでに尾行は撒いているしカメラもジャミングで黙らせているが。
(一般的なヘリコプターの巡航速度も200kmぐらいなので発進準備時間を考えると、よほど広域で展開・配置していない限り追いつく事は出来ないのだ)
ヴァガァァァァァァァァァ!!
上信越自動車道を北上していた実さんの車は上越JCTで北陸自動車道を富山方面にハンドルを切った。実さんの車はとても速いので新潟県が近くに感じる、慣れない車でスピード出し過ぎじゃないだろうか。
「ねえ、仁さんはお寿司とか好き?」
「あぁ、あの魚を生で食べる奴ですか、サクラ様が前にスーパーで買って来てくれましたけど、野菜の方が美味しいですね」
「ふ~ん、じゃあやっぱり金沢まで行くかな」
実さんはそう呟いてアクセルをさらに踏み込んだ、他にも走ってる車はいるのだがこの車が速すぎるのか止まって見えるほどだ、右に左にとスラロームを繰り返し進む。
長野市から距離にして約250km、1時間前には学校にいたのに高速道路って便利だな。
加賀百万石の城下町・石川県金沢市の1軒のお鮨屋さん「志乃助」の店の前でそんな事を考える。
「ドライブに付き合ってくれたお礼に、本当に美味しいお寿司ご馳走してあげる♡」
大きなカンターに10席の椅子が並ぶ、木が多く使われた店内は落ち着いた雰囲気がある、もっとも今日のお客は私達だけのようだ。あまり流行ってないお店なのかな?
「いらっしゃいませ」
カウンターの中に立つ店主が深々と頭を下げる、おっ、雰囲気ある人だな、いかにも職人って感じ。
「今日のおすすめは?」
「今日はアワビが良いもの入ってますよ」
「ふ〜ん、そうね、まずはノドグロから、あとはおまかせするわ」
「へい」
スッ
ピンク色の透明感があるノドグロの握り寿司、彩にちょんと乗せられたねぎと生姜がアクセントになっている。
実さんはそれをひょいと口の中に放り込むと満足そうに頷いた。
「美味しいよ、食べて食べて♪」
「(生魚はあまり得意ではないんだよな)いただきます…」
アムッ
「ツッ…!」
びっくりした!何これ!お寿司ってこんなに美味しかったっけ!コリコリと弾力ある魚の身は噛むほどに旨味があふれてずっと噛んでいたくなる、しゃりとネタのバランスが良いのか口の中でふわりと広がってあっという間に溶けて行く。
「……美味いです」
あまりの美味さに呆然としていると、流れるような手つきでスッと目の前に置かれるお寿司。
「ガスエビのにぎりです」
「ガスエビ?」
「ちょっと足が早いんで市場にはあまり出回ってないんです、でも甘えびより濃厚でうまいですよ」
春先から初夏が旬らしいが、今日は運良く手に入ったと店主が口角を上げる。
エビ特有のねっとりと濃厚な甘み、なるほどこの世界にはまだこんな美味い食材があったのか。
「鮪の赤身です」
「アワビです」
「ウニです」
「…………」
感動、私は今日の食事を一生忘れないと誓った。
スーパーのパックお寿司とは次元が違う、この前の中華でも思ったがこの世界、食べ物が美味すぎる。
生魚がこんなに美味いなんて、この世界に来なければ知る由もなかった。
「ごちそうさまでした」
「ふふ、気に入って貰えたようで良かった、わざわざここまで来た甲斐があったわ」
石川県は日本海に突き出した能登半島の外側を、回遊する魚が北上する際にぶつかり半島に沿って泳ぐので魚がよく捕れる、内側の富山湾で捕れる氷見ブリも有名だが金沢の方がやや種類が多い。
実さんはお茶を飲みながら私の顔をじっと見つめる。
「異世界人と言っても、私達地球人とあまり変わらないのね」
「そうですね、そこは私も驚きました、言葉も良く似ていたものがあったので覚えやすかったですしね」
「へぇ、言葉も?過去に地球の誰かが向こうの世界にも飛ばされたのかしら、先祖が一緒?」
「そうかもしれません」
「でも、貴方の世界では魔法があった、この地球には存在しないのに」
実さんが可愛く首を傾げる。
「こっちでサクラ様に勧められて健康診断を受けたんですけど、身体はこれと言った違いはないそうですよ」
「あら、興味あるわね、是非我が社でも調べさせてくれない」
実さんのお願い、自分でも若干興味はある、だけど。
「う~ん、でも多分調べても何も分かんないんじゃないかな」
「そうなの?」
「そのお医者さんが言うにはきっと頭の中、精神的なものが自然の力を取り込んで実現させているんじゃないかって、だから身体を調べても無駄なんじゃないかな、魔法を使うにはまず魔力を感じる事が出来ないと無理ですし、今の所そんな人には会ったことがありません」
えっと後は。
「あ、筋力は結構強いらしいですよ」
「じゃあ今度桜さんと一緒にトライデントに来てよ、我が社だったら脳波測定もばっちりだから」
「トライデントってどこにあるんです?」
「今はまだ秘密♡」
実さんは人差し指を唇に当てて微笑む。
「でも長い休みってお正月までないんですよね」
「ん?」
「ほら、私って今学校の先生やってますから、そう言うのは学校がお休みの時じゃないと」
「真面目ね、わかったわ、ではもう一つの目的の方を。仁さん私と本当に結婚しない?」
「結婚、実さん本気なんですか?私は一応異世界の人間ですよ、子供だって作れるか?」
「だから、その子作りをしてみないって言ってるの♡」
「そ、それは…」
私は少し考えた後に実さんに顔を近づけプラーナの子作りの方法を小声で話す、流石に他の人がいるのに大声では聞けない。ゴニョゴニョ
「ふんふん、あら、やり方は地球でも異世界でも一緒なのね、良かった♡違う方法だったらどうしようと思って心配していたんですよ♡」
なぜか嬉しそうに笑う実さん、もしかして実さんってちょっと破廉恥な人なのかな。あ、女の人にエッチのやり方を耳元で説明って、完璧にセクハラじゃないか!そう考えると急に恥ずかしくなった。
「ちょっと考えさしてもらっていいですか?」
「もちろん♡」
次の日の朝。
「あんた、昨日は仁と寿司食べに金沢まで行ったそうだね」
「ええ、とっても美味しかったです♡」
「私も寿司は好きなんだがね」
「すみませ〜ん、私の車2人乗りなんです〜」
「ちっ、まぁいいさ。それより仁の奴が刺身包丁欲しがってるんだ、仕入れてきな」
「あらあら、お刺身の味を覚えちゃいましたか」
甘やかしてるなぁ、実は桜が凄く仁を気に入ってるんだと、認識を新たにした。
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