郷愁
「あづぅ〜い、何か膝が笑い出した」
「誰だよ川田の代理に仁先生だって喜んでた奴、私だよ!」
「けど、今日の体育館なんか涼しくない?いつもだったらめっちゃ暑くて汗だくなのに」
「けど、もう腕あがんなぁ〜い、つがれだ〜」
「けど、仁先生にいじめられるのも悪く無いかも」
「あんたそんな性癖だったっけ?」
ピッ
「はい、足上がってませんよ、動き揃えて」
「「「は〜〜〜〜〜〜〜〜い」」」」
体育の川田先生がコロナで休んでしまったので、授業の監督役を引き受けた。前の世界で師団長を務めていただけにこう言う創作ダンス?のような動きを指導するのはついつい力が入る、うん、正直楽しくなってきた。
「はい、三国さんそこ腕が逆ですよ」
「は、はひぃ」
動きが鈍ってきたな、そろそろ風系だけじゃなく回復系もかけておくか。
武田仁ことジーン・ハルトマンがいた前の世界、魔道国家プラーナでは生まれて来る100人に1人は魔力を持って生まれて来る、魔力は魔法を使うのには絶対に必要なものだ、魔力の無い者には魔法は使えない、その魔力量には当然個人差があるがプラーナでは10人に1人は何かしらの魔法を使うことが出来る、他国では1万人に1人と言われているから、いかにプラーナが魔道国家を名乗るにふさわしいかわかるだろう。
魔力を重視するプラーナでは全国民が3歳の誕生日に鑑定石による魔力測定が行われる、大抵の者は1〜10、どんなに良くても20から30の間の数字が表示される、何年かに1度は100に届くかという天才も出て来ることもあるがそれは非常に稀な事だった。
ジーンは元々は西部で牛や羊で生計を立てている両親の間で生まれた子だ、うっすらと光っているその体は、生まれた時から魔力を帯びているのが一眼でわかってしまうほどで、その辺り一帯では瞬く間に噂になっていた。
その為に、ジーンの3歳の鑑定式では村人や国家の王族までもが大勢つめかけた。
皆、世紀の瞬間を見届けたかったのだ。
高台の上で母親に抱かれたジーンの右手が真っ黒な鑑定石に乗せられると、石の色がコロコロと変わって行く。
黒から青、青からオレンジ、その初めて見る不思議な光景にざわめく観客、最後に赤く輝いた鑑定石に数字が現れる。
次の瞬間、皆が驚きで声が出なくなった。
「…は、884」
その数字を見た王がうめくように呟く。
一般的に魔力の塊と言われているドラゴンですら800前後の魔力量だ、それを超える驚愕の数字を叩き出したジーンは、国家に、いや、魔法師団に預けられることとなるのは国として当然なことだったのだろう。
ジーンは両親とは引き剥がされ暮らすこととなったが、両親には領地が与えられ手紙のやりとりは許されている。
当時の師団長自ら英才教育を受けたジーンは好奇心が強く次々と魔法を覚えて行く、10歳になる頃にはすでにどんな魔法も使いこなせるようになっていた、15の時には副師団長に、18歳の時に正式に第一魔法師団の師団長に就任した。
その甘いマスクと異次元の魔法量が知れ渡っているジーンはプラーナではすでに英雄扱いだ、その上さらにオリジナル魔法の研究を始めるほど、好奇心も向上心も強い。
それが王族には恐怖だった、いつジーンに国家を乗っ取られるかわかない、けれどジーンはあまりにも強すぎる、いつしかジーンは王に無茶な命令を下されるようになっていた、その命令の中には魔力量850を誇るアイスドラゴン討伐もあったが、結果ドラゴンキラーの称号を与えることになったのは王にとっては皮肉なことだったであろう。
流石にドラゴンに勝ってしまえば誰も文句がつけようがない本物の英雄の誕生だ、その激戦に参加した魔法師団においては神のような扱いを受けていた、そのくせ部下を大切にするし威張ることもない、実に人懐っこい英雄や神である。
城壁の下に並ぶ魔法師団の部下達。
「ジーン師団長!1番から13番の整列終了しました!」
「ごくろう、では行進訓練始め!」
「「「「了解いたしました!!」」」」
1,000人を超える部下がジーンの号令で一糸乱れぬ行進を始める、その光景にジーンは満足気に微笑んだ。
「うおりゃりゃーーーっ!」
ジーンの回復魔法を密かに掛けられた三国の動きが、先ほどよりキレが良くなっている。
「うおっ、三国の奴スタミナあるなぁ」
「マジか、あのバカまだ動けるのかよ」
急に復活した三国に驚く1-Aのクラスメイト達だが、自分達も負けじとダンスに加わって行った。
「はーい、では初めから行きますよ」
「「「「は〜〜〜い!!」」」」
後日、コロナから復帰した川田先生がそのあまりも完成度の高い創作ダンスに驚く事になる。
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