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情け、ない

秘書につれられて社長室の前にやってくると、その扉の前には財務を担当しているウォッシュ・ヴェライズの姿があった。

バラバは目礼を交わすと隣に立ち、小声で聞いた。


「ウォッシュさんも呼ばれたんですか?」


「えぇ。2人そろって呼ばれるのは珍しいですね」


「そうですね。悪い話じゃなけりゃいいんですがね」


「さあ、どうでしょうか。難しい話であることは間違いないと思いますが」


現場と事務のトップが同時に呼ばれたことに、2人はただならぬ焦りを内に秘めていた。

エルフィスを解雇した矢先の出来事だ。どうしたってネガティブな招集だと勘ぐってしまう。


「社長。お連れしました」


「入れ」


秘書の呼び掛けに、扉の向こうから返事があり、入室する。

正面に木目麗しい机と、見るからに柔らかそうな椅子に深く腰掛けた男ーーゴードラット・スミヨフーーがいた。

立派な口ひげをたくわえ、暴君というよりも、ねちっこい。そんな第一印象の現社長は2人の入室早々、前置きなく口を開く。


「バラバ、今朝のことは済んだか?」


今朝のこととは、エルフィスを解雇しろという件だ。


「はい。一部従業員からの反発はありましたが、本人は納得し、明日の朝までに寮を出立する予定です」


「反発を鎮めるのは貴様の仕事だ」


「承知しています」


「それで、本題だ。王貨10枚分、今月中に人件費から浮かせろ。手段は任せる」


「……王貨10枚分……ですか」

「……王貨10枚……」


バラバとウォッシュは、各々すぐに反応を示したが、考えただけで頭が痛くなる金額だった。


トルカティーナ王国の通貨は、王貨・金貨・銀貨・銅貨・半貨の五種類ある。エルフィスの前世の感覚だと、20万・1万・千・百・十だ。

国民の平均月収は王貨1枚。王貨を稼げるようになると1人前と言われるほど、王貨1枚の価値は高い。

それが10枚となると、何人のクビを切らなきゃならないのか……。

エルフィスのような新人は金貨5枚。ジョーのような班長で王貨1枚。

班長クラスを10人……あるいは新人を40人。

工房には100人近くの従業員がいるので、その1〜4割を辞めさせなくてはならなくなる。


ちなみに、スミヨフ工房の寮は無料なので、新人は特別よそより給料が安い。でなければ、王都で生活などしていけない。


「なんだ、できんのか?」


ゴードラットの一声で、バラバとウォッシュは現実に引き戻される。


「失礼ですが、社長」


そう返したのはウォッシュ・ヴェライズだった。


「それでは工房の生産が悪化します。上昇し続けている経営状況ではありますが、その金額分の人数がいなくなるとさすがに……」


「なに、利益は現状維持でかまわん。以前にも話していたが、ようやく貴族街の近くに工房を構えられるようになったのだ。利益はそちらが生むだろう」


「なるほど……そちらの準備資金ということですか」


「来月から本格的に着手し始める。頼むぞ、ウォッシュ」


ここの工房は、いわゆる庶民向けの家具屋だ。

先代がノウハウを築き、現社長が事業を大きくして行ったのは、ウォッシュもバラバも間近で見てきた。

ゴードラットという男は、決して無能ではない。先代に長年付き添ってきたウォッシュにバラバは、その人情に惚れ込んでいた。現社長に無いものは、そこだ。

社長として工房を成長させていくための的確な指示は目を見張るものがあるが、そこに情けというものは欠片もない。

老いて後先の短いウォッシュには反骨精神のようなものはとうに薄れているが、壮年でまだまだパワーのあるバラバは、今朝と同様に社長に進言する。


「社長、そんな人数をクビにしては、反発がさらに強まります。それにーー」


「何を言っている、バラバ。私は10枚分浮かせろと言っただけだ。別に貴様ら2人のような高給取りの減給でもかまわんのだ。貴族街の方が上手く行けば、こちらにだって還元できるだろう。なにせ、単価の桁が違うのだからな」


そうきたか。とバラバは一本取られた気になった。確かに、ゴードラットは解雇者を出せとは言っていない。減給になろうと、新しい工房が成功すれば元の給料、あるいは増える可能性もあると補足している。ただ、可能性を信じれるだけの信頼関係があるとは思えないが。


「ですが、一従業員たちにそこを理解し、ついてきてもらうのは現状難しいのではないのかと」


「だから2人を呼んだのだろう。どうにかしろ。できなきゃ自らの稼ぎを減らせ。親父の決めた貴様らの給料は、少し高すぎると思っていたところだ」


それが今回の狙いだったか……バラバは落胆する。

庶民の平均月収が王貨1枚に対して、バラバはその3倍、ウォッシュにいたっては4倍もらっている。

これは先代が辞める前からの金額で、現社長になってから、もう5年は経過したが少しも変わっていない。

ゴードラットに言わせれば、それに見合うだけの働きを2人にさせたい。現場はバラバに、経営はウォッシュに、そして自分は貴族街に専念し、さらなる事業拡大を目指している。

ここで応えられないようなら、減給も間逃れられない。よそで彼らほどの給料をもらうには、貴族の息のかかった企業しかないだろう。だからこそ、ゴードラットは強気の姿勢を取れた。すべてはバラバの家族構成や人柄、ウォッシュの年齢からくる余生への意識、などを熟慮して、上手くコントロールしようとしているのだ。


「今月中にだぞ。いいな?以上だ」


バラバは渋々頷き、ウォッシュは小さく会釈してから、静かに退出する。


廊下に出て、ウォッシュは俯きながら言った。


「バラバさん、少し話しましょうか」


「その方が良さそうですね」


2人はとぼとぼと、重い足取りで階下の財務部へ向かった。




少し前までエルフィスと話していた席に、今度はバラバが座った。

ウォッシュは火の魔石を使って水を温め、コーヒーを入れたカップを2つテーブルに置いた。

ちなみに魔石とは、魔法を貯蔵できる石のことである。

かつて創造系・魔石というとても便利な魔法を使える人がいた。

魔石は、今や国中の誰もが気軽に扱えるもので、家事から仕事にまで用途は多岐にわたる。付与系の魔法使いが魔力を貯め、好きな時に魔力なしの人でも発動できる便利器具だ。魔石の中の魔力が無くなれば、また貯蔵し再利用できる。国民の生活を大きく発展させた『魔石の生活革命』を知らない人はいない。


「どうぞ」


「ありがとうございます。いただきます」


大柄のバラバが小さなカップのコーヒーをそっと啜るのを見て、ウォッシュは思わず笑いそうになるが、表情を引き締める。


「バラバさんは、実際どうですか?まだ幼いお子さんもいますし、減給は厳しいのでは?」


「1番上の子がもうすぐ成人ですので、今までよりは楽になりますよ。ウォッシュさんは?」


「老後の資金はもう十分あるので、3枚くらいは減給してもいいかと思ってます」


「3枚!?そんなにいいんですか?」


「えぇ。私を拾ってくれた先代には大変感謝していますので、あとは現社長の活躍をあと数年見届けるだけです。つまりは情ですね」


「……俺は、いけて1枚です」


くつくつとウォッシュは笑った。


「嘘はよくありませんよ。給料が減ったら、奥さんに怒られるのでは?」


「……やはりお見通しですか」


「ここまできたのですから、腹を割って話しましょう」


エルフィスの時も発動していた鑑定系・虚偽の網にかかったバラバは、観念して本音を吐露する。


「妻に怒られるには怒られると思うんですが、それはまあいいんですよ……減給するにしても、この1枚でエルフィスを助けられたんじゃないかと、今さら自分の交渉の下手さを悔いてるんですよ。さっきも上手く手玉に取られましたしね」


「いやあ、確かに、そうですね。悪い例えかもしれませんが、フェーブルさんさえ残れば10人辞めても問題なかったかもしれませんしね」


「あいつは、俺なんかより上手く人を使ってましたよ。無自覚にだと思いますがね」


大の大人ふたりは、ひとりの少女を思い出し、うなだれるしかなかった。

その後、話は脱線し、エルフィスの話題で盛り上がり、再び戻ってくるが、


「幸い1ヶ月近く猶予がありますので、各々で検討し、再度話し合いましょう」


「月が変わったばかりで良かったです。なんとか、いい方法が見つかればいいんですが」


今回の話合いは平行線、いや現実逃避しただけに過ぎなかった。

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