男だらけの職場にて
エルフィスが去った後の工房には、工房長のバラバを取り囲む人の波ができていた。
男、男、男のむさ苦しい群れの中心で、青年が怒声に近い声を上げていた。
「バラバ工房長!どうしてエルフィスがクビなんですか!おかしいですよ!」
青年の名は、ジョー・ジェラルディ。
エルフィスのいた班の班長を務めている。
年の頃は24で赤茶色の髪に、それより少し濃い臙脂色の瞳。巨漢のバラバとさほど目線の変わらない長身痩躯のイケメンだ。
ジョーに続いて、他の班員もバラバに異議を唱える。
「エルフィスの何がいけなかったんですか?」
「これから何を癒しに働けばいいんだ、俺たちは!」
「ああ……我々の天使がぁ……」
男たちの落胆ぶりの凄さに、バラバは戸惑った。
「おいおい、おまえら……そんなにエルフィスに心酔してたなんて知らなかったぞ」
確かに、エルフィスがいると班員の雰囲気が良くなるのはわかっていたが、裏ではアイドルさながらの存在になっていたのは驚きだった。
ウブな野郎共め。と胸中で呟いていたバラバに、班長のジョーはさらに詰め寄った。
「バラバ工房長!エルフィスのクビの理由は何なんですか? 教えてくださいよ!」
「落ち着け、ジョー。熱くなりすぎだ」
「大事な仲間が突然クビになって、落ち着いてなんかいられません!理由次第では、僕だって辞職する覚悟です!」
ジョーの発言を受けて、周囲がさらにざわついた。正義感の強いジョーを慕う部下は多く、動揺が走ったことで、バラバは声量を上げてみなを治める。
「悪いが、ジョーと2人で話す時間をくれ!みんなには後で必ず報告する!だから今は持ち場に戻れ!」
渋々といった感じで男たちは散っていき、喧騒が遠のくとバラバはジョーに向き直る。
「ジョー、お前はエルフィスのことになると頭に血が上りすぎる。落ち着いて、座って話そう」
「……はい」
バラバはジョーが仲間想いであることは知っているし、エルフィスに対しては特別な感情を抱いていることも知っている。
エルフィスが入社してからやや経って、他の班より業績が伸び始めた頃、よからぬ噂が流れた。
『色仕掛けで班員の指揮を上げている』
普段は温厚で爽やかな笑顔が似合うジョーが、それを耳にした途端、各班へ怒鳴り込んで行ったのを止めるのが大変だった。
そんなことを思い出しながら、バラバはジョーを引き連れて休憩スペースに向かい、ベンチに並んで腰掛ける。
バラバは包み隠さず、本題を述べた。
「エルフィスのクビの理由は、生産性が低いとのことだ」
「……は?ちょっと待ってくださいよ、工房長。エルフィスが入ってから、うちの班の生産は倍になったのをご存知ですよね?」
「ああ、もちろん理解してる」
「エルフィスは……誰よりも先に班員の異変に気づいたり、無理してる人がいたら率先して手伝ってくれてたんです。彼女の気遣いやフォローのおかげで、班員の力を最大限まで引き出せたんです。なのに……どうして……エルフィスが」
かつてジョーは何度かエルフィスに聞いたことがあった。
周りの誰もがわからないほどの些細な変化を、どうしてすぐに気づけるのか、と。
エルフィスは決まって、
『いつもと少し違うなぁと思ったので』
そう笑って返すだけだった。
例えば、睡眠不足や体調不良で動きの鈍い者。
恋人と喧嘩をして気が滅入っている者。
仕事がきつくて辞めようかと考えていた者。
彼らは大事に至る前にエルフィスが異変に気づき、『大丈夫ですか?』と優しい声をかけられ、無償で力を借り、いつしか救われていた。
エルフィスはどんなに自分の作業が滞ったとしても、嫌な顔ひとつせず、率先して周囲を手伝い続けていた。その結果、自分の生産分は毎日残業して挽回していたのを、ジョーは誰よりもそばで見てきた。
独り言のようにバラバは呟く。
「社長は……エルフィス自身の数字しか見てなかったんだろうよ」
「そんなのおかしいですよ!工房長は何も言わなかったんですか?!エルフィスのクビに講義してくれなかったんですか?!」
ガックリと項垂れていた頭を勢いよく上げ、またボルテージの上がっていくジョーを見て、バラバは自分はのまれないように、落ち着け、と己に言い聞かせる。
「俺だって抗議はしたさ。だがよ、今の社長が一度決めたことは覆らねぇってことくらい、お前だってよく知ってるだろ?」
「ですが!……だったら、やっぱり僕は辞表を持って抗議します」
「おいおい、本気なのかよ……」
「えぇ、本気ですよ。じゃないと、エルフィスがいつまでたっても報われないじゃないですか……」
エルフィスが過去2度も冬眠準備でクビになっていることを、ジョーも知っている。
報われなくて可哀想な子。
一生懸命で気が利くのに運のない子。
守ってあげなきゃ。
ジョーは今、きっとこんな心境なのだろうとバラバは考える。
自分がどうにかしなきゃ。と愚直な青年は勘違いをし、そこにエルフィスの気持ちがないことを失念している。
彼の覚悟は理解した上で、バラバはより冷静に努めて現実を突きつける。
「お前よ、それでエルフィスが喜ぶと思うのか?そんなことをしてお前がクビになったりしたら、エルフィスは自分を責めるんじゃないか?私のせいで、って」
「…………そうかもしれません。じゃあ、どうすれば……」
「男ならドンっと想いでもぶつけてみたらどうだ?俺が養ってやる、とでもよ」
バラバの発言を聞いて、ジョーは顔を赤らめた。
「いやいや、無理ですよ!エルフィスはみなに平等に優しかっただけで、僕が特別だったとは思えません」
「そうか?お前ら、お似合いだと思うがな」
「……エルフィスは、これからどうすると?」
逃げるように話を逸らしたジョーに、バラバはまだまだお子様なのだと頬を緩めそうになったが真剣に返す。
「実家に帰るとさ」
「……そうですか。帰る前に少し話してみます。告白するとかは置いといて」
「明日の朝には出発するはずだ。お前もたまには休みを取れ」
「いえ、午後は出勤します」
ジョーの真面目さは、なおさらエルフィスとお似合いだとバラバは思う。茶化している訳ではなく、バラバは素直に2人を応援している。報われるかどうかはさておき。
冷静さを取り戻したようだし、ひとまずは大丈夫だろうと思ったその時、ひとりの女性が2人の前に現れた。
「工房長。こちらにいらしたのですか」
「珍しいな、現場に顔を出すなんて」
バラバに声をかけてきたのは、社長の秘書を務めている女だった。
滅多に現場に来ることのないこの女が来たということは、急用なのだろう。
「社長がお呼びです。至急いらしてください」
「はいよ。ジョー、現場は任せるぞ」
「了解しました。お時間ありがとうございました」
ジョーが先に現場へ戻るのを見て、バラバも重い腰を上げる。
今朝のエルフィス解雇の一報を受けてからたいした間もなく、今度はいったい何だ。
さらなる嫌な予感が背筋を寒くした。