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回復塔へ

ノクスレインがまた王都にやってきて、まずヴェライズとバラバの元へ顔を出した。


エルフィスファームの王都の拠点は、東地区にある空き倉庫を1棟借りた。東地区は商業の盛んな地域だ。元々フェーブル牧場の商品を卸している地域でもあるし、先々を考えればやはり東地区に限る。王都とひとくくりにしても、東から西へ横断するとなれば馬車でも2時間はかかるので、東のスコルティシュ領から荷物がくるのならどうしたって東地区が都合がいい。


これまで牧場からお客様への配送は、すべて運送業者に委託していた。その部分は継続していくが、祝福の加護を宿している牛乳はここの倉庫で管理する。加護の濃度に関わらず1度この倉庫に集約してから、自社管理にて順に配送していくことにした。その方が丸々委託するよりコストが削減できる。高級な牛乳として販売するので、保証という概念のない運送業者には任せづらい。


現状、加護のある牛乳は100本にも満たないので、バラバとフィッツ(バラバを慕って一緒に辞めたエルフィスの元同僚)の2人体制で十分だ。

だだっ広い倉庫の一角にパーテーションを立て、簡易の事務所を作り、ヴェライズには経理の全般を任せる。

事業が軌道に乗り、人員が確保できるようになれば、フェーブル牧場の一般的な牛乳も一元管理できたらとノクスは考えている。今は持て余したスペースであるが、未来を想像すれば狭く感じる可能性だってあるかもしれない。


ノクスは先日のエルフィスファームでの会議内容を3人の従業員に話し、今後の方針を伝えていく。それから祝福の加護の牛乳を試飲してもらった。即効性は見込めないので、1日1本の制約を守ってもらい数日後に聞き取り調査することにした。


続いて、学友であるレオグリフ・ドゥレーラに牛乳を持っていく。50本弱の牛乳を渡し、同じく1日1本の約束で試飲の依頼をする。あらかじめレオグリフと業務提携の話をしていたので、すんなりと話は終わった。

ドゥレーラ家の人脈は、貴族から庶民まで幅広いので多種多様な意見が期待できる。


今回、ノクスがメインに据えていたのは回復塔である。

王都の回復塔には、本当に多くの症例が集まる。病や怪我は、まず回復塔へ。

トルカティーナ王国民は、そう信じて疑わない。

だからこそ、回復塔で治らなかった場合の絶望感は果てしない。

かつて母がそうだったように、息子であるノクスも同じような苦味を味わった。

エルフィスによって救われた母みたいに、まだまだ救える人はいるはずだ。

ここにこそ、最高峰の感想が期待できる。


塔の前にやってきた。

高い塔のてっぺんを見上げてから、ノクスはローレイを率いて門を潜る。

塔の内部はガラス張りの天井から陽が差し込んでいて、光のコントラストが美しい。天井までは吹き抜けになっていて、塔の外壁に沿うように廊下があり、部屋がいくつも配置されている。首が痛くなりそうなほど見上げてみても、何階まであるのかわからない。

戦後の国王が『一人でも多くの民がいれば、一日も早く、国は安定する』と説いたことで、回復塔の建設は厳重に、豪華に施行された。納得の外内装である。


人の波を抜け、1階の受付に向かうと純白の祭服に身を包んだ女性が、こちらに声をかけてきた。


「こんにちは。本日はいかがなさいましたか?」


ローレイが1歩前に出て答える。


「お世話になります。寄贈品はどちらにお預けすればよろしいでしょうか?」


「ありがとうございます。すぐに担当をお呼びしますので、こちらにお掛けになってお待ちください」


受付の裏にある待合スペースのようなところへ通される。

塔で回復魔法を希望している者たちは、受付の手前の長椅子に案内されるのだが、寄贈品を収めたいという希望者は奥に通されるようだ。


回復塔は王国が運営している。

1人でも多くの国民を救うべく、無料で魔法をかけるのだが、その運営費は莫大だ。なので、貴族などには寄付金や寄贈品を募っている。そのおかげで長年順調に運営を行ってこれた。ある意味では、回復塔という場は貴族の財力を示すものであり、国王への献身さをアピールする場でもある。よって、寄付や寄贈内容はしっかりと記録され、丁重に扱われる。


ノクスとローレイは無言で待っていると、奥から祭服の壮年の男がやってきた。首周りには金色の刺繍があるので、高位の回復魔法士かもしれない。


「大変お待たせいたしました。個室にご案内させていただきます」


ノクスが頷いてから、男に続いてひとつの部屋に入る。中は6畳くらいの狭い部屋で、机を挟むようにしてソファーが対に並んでいた。

片側にノクスが腰を下ろすと、ローレイは座らずに後ろに立った。

回復士である男は、座る前に挨拶した。


「本日は寄贈品をいただけること、心より感謝申し上げます。担当のグロッテン・フェルナンドと申します」


グロッテンが頭を下げると、すぐにノクスは立ち上がった。


「ノクスレイン・スコルティシュと申します。大変失礼ですが、伯爵家の方ですか?」


「そうですが、私は末席に過ぎませんのでどうぞお気になさらず。ノクスレイン様は東のスコルティシュ領のご子息で?」


「はい。なので、私の方も気遣いは無用です」


互いに了承の意がこもった目線を交えて、同時に席につく。


フェルナンド伯爵家は、王都でも有名な回復魔法士の家系である。当主は代々王城に勤めていて、身内の者は回復塔に席を置き、国に尽くしている堅実な家柄だ。確か、領地は持っていない。


いきなり随分な大物を送り込んできたなぁ、とノクスは状況を把握しながら言葉を探す。伯爵家の者が相手であれば、それなりに決定権もあるかもしれないので手短に済みそうだ。だから本題から入ることにした。


「今回寄贈させてもらうのは、私が保証人をしている者が作った牛乳です。50本ほどお持ちしたので試飲していただき、感想をもらいたいと考えております」


「牛乳を試飲して、感想……ですか」


グロッテンは訝しむような視線をノクスに向けた。

おそらくこの手の寄贈依頼はあまりないのだろう。主に、飲食物が、ない。

そもそも寄贈の定義は、回復塔を運営していく上で必要な物資である。病人を寝かせるベッドや、待合室のイス。冬場は毛布や暖のとれる魔道具が多い。だが、断られるものもある。貴金属なんかの小物は、横領や窃盗の被害を防ぐために受け取らない。寄付金の場合、回復塔側は2人体制で互いが監視役として対応するのが常識だ。

つまるところ、飲食物は従業員への差し入れ。くらいの軽い感覚となり、とてもじゃないが寄贈品とは呼べない。


それらすべてを知った上で、あえてノクスは先の言い方をした。情報を小出しにすることで、期待感を煽る作戦だ。


「我々が用意した牛乳は、回復系・祝福の加護を宿したものです」


「祝福ですか……すみません。私の見識が狭いもので、詳しい効果がわかりかねるのですが……」


回復塔に長らく勤務する伯爵家の人でも、祝福の効果は知らない。熱心に研究しているノクスとレオグリフが異常なのだ。


ノクスは事前に準備していた書類をローレイから受け取り、机に広げた。


まずは、祝福についての説明。

祝福の魔法使いの願いの強さによって、受け手側の健康状態を向上させる。

そう簡潔にまとめ、母の名は伏せたが回復した症例を記載した。もちろん、その病は回復塔で治せなかったものだとも記している。


続いて、祝福の加護についてだ。

鑑定系・成分の魔法についての解説を前置きとして、今回寄贈する牛乳の数値と、比較材料になる通常の牛乳の成分表も忘れずに記してある。


それらにじっくり目を通してから、グロッテンが顔を上げた。


「大変興味深い資料です……つまり、スコルティシュ卿は、その牛乳で同じような病で苦しんでいる者を救ってほしい。そのような認識でよろしいですか?」


「いいえ。それだけではありません」


ノクスの返答に、グロッテンは目を見開いて驚きを顕にした。


「ここで治せないすべての症例に、この牛乳を試してほしいのです」


「なっ!?なんて……」


グロッテンは、なんて強欲な。と言おうとして留まった。回復魔法士が集結して治せない症例を、目の前のまだ少年と言ってもいい若者が、すべて治そうというのか。


もうかれこれ20年は回復塔に務めているグロッテン。

悔しい思いは何度もした。

どの魔法も効かず、ろくな対策も講じられず、日々衰弱していく子供を励ますだけしかできなかったのは、心の底から辛かった。

魔法をかけたあとは良くなっても、何日か後にはまた発症し、また魔法をかけては再発する。治してあげたいのに……と嘆き、諦めることも多々あった。


「フェルナンド卿ーー」


絶句するグロッテンに、ノクスが呼びかけた。


「ーー私は今よりひとりでも多くの人を、この牛乳で救えると確信しています」


少年の双眸は、虹色に輝き美しい。

だが、その瞳の奥には強い信念と自信がうかがえた。

決して嘘や欺瞞の色はない。


グロッテンは考える。

これは賭けでも何でもない。

無償で牛乳をもらい受け、匙を投げ出しそうな人に飲ませる。

もし、それだけで本当に病が治るなら。

これ以上は、考えるまでもなかった。

効果がなくとも、絶望するわけでもない。

今まで通りであるだけだ。

リスクはどこにもない。


「わかりました。困っている人に試飲してもらい、感想をいただきましょう」


「ありがとうございます。どうぞ、こちらもお受け取りください」


ノクスはローレイに目配せする。

すぐさま反応したローレイは机の横までやってきて、懐からジャラッと音のする小袋を机に置いた。


「王貨10枚と微々たるものではありますが、どうかお納めください」


「寄付金までいただけるのですか?」


「ええ。手間には違いないと思いますので」


無表情でそう言ったノクスに、グロッテンは苦笑してから礼を述べた。

この若者は、ただの貴族ではなく商人だったか。と内心でグロッテンはひとり納得する。

急いでもう1人の従業員を呼び、寄付金の確認をする。

続いて、記録するために署名をもらった。


寄付金、王貨10枚。

寄付者、ノクスレイン・スコルティシュ。


寄贈品、牛乳50本。

寄贈者、エルフィスファーム。


署名の入った書類を預かり、グロッテンは深々と頭を下げた。


「寄付に寄贈、心より感謝申し上げます。今後ともよろしくお願い致します」


「いいえ。こちらこそよろしく願います」


部屋を出る前に、ノクスは注意事項を伝えた。

牛乳は早めに消費すること。

1人1日1本までにすること。

身体に良いとは言っても、過剰摂取は禁物だ。


互いに三度の感謝を告げて、部屋を出る。


歩きながらノクスは口角を吊り上げた。

どんな感想が返ってくるか、今から楽しみで仕方がない。

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