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親友との再会

会議から翌日の昼前。

エルフィスは懐かしい町並みに、久しぶりに足を運んでいた。もう1ヶ月以上も前に帰省したのだが、忙しくて町まで来れていなかった。


スコルティシュ領は東の地方から王都を目指すには必ず通る地域で、宿場町といっても差し支えない。街道沿いに小さな店をいくつか構え、旅に必要な物資の補給ができるようになっている。もちろん飲食店だってあるし酒場もある。

王都までの長い道のりで最後の宿となるスコルティシュ領は、商人や旅行者が盛んな暖かい時期はとても賑わう。

しかし、今は冬本番。

ちらほらとしか人がおらず、かなり物悲しい。


酒場の前に差しかかると、中からちょうど女将さんが顔を覗かせた。


「あら〜、エルちゃんじゃないの!今日はお仕事休みなのかい?」


「こんにちは。今はお昼休みです。友達に会いに行こうと思いまして」


「そうかいそうかい。アモンドさん家のセナちゃんに会いに行くの?」


「えぇ、そうです……よくご存知で」


何でこんなにも田舎の交友関係は筒抜けなのか。

顔が引き攣りそうになりつつも笑顔で返すと、女将さんは「ちょっと待ってて」と言い残し、酒場に入っていく。


なんだろうと思いながら、ぼうっと町並みを眺めていると向かいの店から声がした。


「今年は北だけじゃなくて東も雪が積もってるらしいわよ」

「そうなんだ。だからこんなに暇なのね」


店主と客であろう女性たちが、浮かない表情で会話をしていた。


ここより東はもう雪なのか。

今年の冬は長そうだな。

数十年に一度、厳しい冬がやってくる。と昔に誰かから聞いたなぁ、と思い起こしながら待っていると女将さんの声がした。


「待たせてごめんね〜。これ、セナちゃんに渡してくれる」


紙袋を強引に胸に押し込められた。

受け取ると、思いのほかずっしりと重たい。

中身を覗き込むと、紙束が入っている。


「あのう、これは?」


「セナちゃんに渡せばわかるから!大丈夫大丈夫!」


エルフィスは首を傾げたが、女将さんは意に返さず背中をグイグイ押してくる。

よろしくね〜。と手を振られて酒場を後にする。

ずいぶんと強引だったな。そう思い返しながら親友の家に向かった。




「ごめんくださーい」


『アモンド布店』の看板が吊るされたウッド調の扉を押してから、エルフィスのよく通る声が店内に響いた。

奥から「はい」と機械的な女性の声が返ってきて、ややあってからその主が姿を現した。

漆黒の艶やかな長髪、その髪よりもさらに黒光りする双眸。肌は雪のように白いので、黒がより映えて気品を感じさせる。お人形のように完成されたその女性が、エルフィスの親友セナ・アモンドだ。


「セナ、久しぶり」


「……エル」


エルフィスが15歳で王都へ旅立って以来、3年10ヶ月ぶりの再会なのだが、セナは浮かない顔をした。彼女は常に涼し気な表情で、冷静沈着な人だ。怒ったり、笑ったり、あまり感情を前面に出したりはしないが、今は不満?そうにエルフィスには見える。やっぱり自分の帰省はすでに知れ渡っていて、すぐに会いに来なかったことを怒っているのかもしれない。


「セナ……ごめん。帰ってきてすぐにこれなくて」


「ううん。急だったから驚いただけ。おかえり、エル」


ふっと小さくセナが笑った。

彼女は正直な人なので、その一声で本当に驚いただけなのだと理解できた。

昨日は怒ってたらどうしようと不安だったが、これでひと安心。

エルフィスは持っていた荷物を差し出す。


「これ、朝搾ったばかりの牛乳。こっちは牛乳とレモンから作ったカッテージチーズ。良かったらもらって」


「ありがとう。嬉しい」


セナはほわーっと、頬を緩めた。

彼女はチーズに目がない。

緩みきった表情なんてチーズ関連以外見たことないので、相変わらずだなぁ、と思いエルフィスも破顔する。


次いで、もうひとつの荷物を差し出す。


「あと、これ。さっき酒場の女将さんから、渡せばわかるって言われたんだけど、何だろうね」


途端、セナは眉根を寄せた。

今日はやけに表情がころころ変わるなぁ、とついついエルフィスは感心してしまった。


「……まったく、エルはいつも面倒事を運んでくるよ」


「えっ?受け取らない方が良かったの?」


「……そうね。断るのもほんと面倒よ」


断る?

はて、とエルフィスが首を傾げていると、セナが小声で言った。


「縁談よ」


「縁談!?なになに!セナ、結婚するの?」


「違う違う。近い、離れて」


思わず前のめりになったエルフィスを、セナが両手で押し返す。

親友が知らぬ間に大人になってしまった。勝手に先走ったエルフィスは、ごめんと軽く謝る。

すると、セナは苦いものでも食べた後のように口元を歪ませた。


「女将さんね、なぜだか縁談をいくつも持ってくるのよ。まだ必要ないって何度も突き返してるんだけど、全然諦めないのよね」


呆れたようにセナが肩を竦める。

セナが美人すぎるからだよ、とは言わずにエルフィスは両手のひらを合わせてまた謝罪する。


「余計なことしたね、ごめん」


「いいよ。エルに振り回されるのは慣れてるから」


むー、とエルフィスは唸る。昔からかなり迷惑はかけている自覚はあるので、言い返せずに唸るに留めた。


セナは初等教育からの付き合いだ。エルフィスのトラウマである男子からのいじりを、いつも率先して退けてくれた。美人の凄みに男子は毎回たじろぐが、次の日にはまたいじられる。その度にセナがかばってくれるので、エルフィスは男子の狙いはセナと絡むことなのかもしれない、と密かに思っていた。

セナには頭が上がらない。だが、遠慮しているわけではない。

互いの性格をわかっているから言いたいことは言えるし、冗談も真に受けたりはしない。


「立ち話も疲れるし、座ろっか」


セナは会計のカウンター裏から2脚イスを出してきて、エルフィスを促す。

お昼時の店内に、他の客はいない。

だが、接客業もこなしているエルフィスには少し後ろめたさがあった。


「お客さん来たら感じ悪くならない?」


「大丈夫。最近、暇だから」


確かに街道に人はあまりいなかった。特に、客となりそうな人がいなかった。

ふと、先程女将さんを待っている間に聞いた話を思い出す。


「やっぱり、東の方の雪が影響してるの?」


「うちは馬車の幌の販売や修理が多いから、商人や旅行者がいないと厳しいのよ」


エルフィスは店内をぐるりと見渡す。

大きな布や座布団が陳列されていて、どれも馬車で使う用なのだろう。色味は地味で控えめだ。

しかし、奥の方に鮮やかな色をあしらった小物が目についた。小銭入れや巾着、ヘアゴムなどの髪留めも揃っている。


「あの雑貨はセナが作ってるの?」


「そうだよ」


「へぇー、可愛い。人気なんじゃないの?」


「まあ、近所の人はよく買ってくれるけど、それだけじゃたいした稼ぎにはならないよ」


そっか。とエルフィスは肩を落とす。

自分は働きたくても働けない辛さを知っている。

自営業の人たちは偉いと心から思う。

外的要因に左右されながらもなんとか家族を養って、あるいは共に乗り越えて。

売上のない月は、どんな思いで過ごしているのだろう。

ヤバい。どうにかしなきゃ。

家族のために、生きていくために頑張らないと。

必死に先の見えない人生を歩んでいるのは、自分だけじゃないのだろうとわかっていてもどこか他人事。今少しだけ余裕ができて周りに意識を向けられるようになって、ようやく身に染みる。


わずかの沈黙ののち、セナが聞いてきた。


「エル、仕事はどうなのよ?家業やりたくなかったはずだよね?」


「うん。そうだったけど、わたしの食わず嫌い?みたいな感じだったよ。動物はみんな可愛いし、今とっても楽しいんだ」


「そういえば聞いたよ。領主様の次男のノクスレイン様と一緒に何かしてるのよね?詳しくは知らないけど大変じゃないの?」


やはり噂になっているようだ。

ううん。と首を振ってから、エルフィスはこれまでの話をする。王都へ行ってからの仕事に始まり、ここ1ヶ月にあった怒涛の展開をセナに聞かせた。

冬眠準備で3回クビになったこと。

諦めて帰ってきたこと。

ノクスに出会い、自分の魔力を知ったこと。

ノクスとビジネスパートナーになったこと。

今後の仕事の見通しなど、目まぐるしかった出来事を順に話した。

セナはふーん。とか、そっか。と驚くでもなく冷静に相槌をうっていた。


気づけば1時間は話していた。

母には午後の仕事を休んでもいいと言われていたので、すっかり話し込んでしまったこともあり、今日はお言葉に甘えよう。

家族にはこれから定期的に休みを与えて、今までの恩を返していきたい。

目の前で真剣に話を聞いてくれたセナにも、同じことを思った。彼女には昔から助けられている。困っているのなら力になりたい。


時計を見て、店内を見回して、エルフィスは聞く。


「ご両親は今日いないの?」


「営業っていうのかな?今日は2人で仕事を探しに行ってるよ」


セナが涼しい表情で言うものだから、あまり危機感を覚えない。しかし店にお邪魔してすでに1時間以上が経過しているが、お客さんは1人もやってこない。

かなり大変な状況なのではないかと危惧し、エルフィスは思案した。

今の自分にはエルフィスファームという組織があり、代表の地位もある。それを私利私欲で濫用するつもりはないが、相互の利益になる可能性があるのなら提案はできる。

なにか、アモンド布店と業務提携、ないしはコラボできないだろうか。


もう1度店内を見回す。

色とりどりの雑貨。

巾着ーー髪留めーー。


「ねぇねぇ、セナ!」


「ん?どした?」


大声の呼びかけにも、セナは落ち着きを払って返答する。


「牛乳瓶のカバーとか、チーズを梱包して袋止めする紐みたいなのって作れないかな?!」


高級な牛乳にはカバーがあっていいと思うし、チーズもただ袋や箱に入れるだけだと味気ない。

ひとつひとつが大きな利益になるとは思えないが、安定して生産できたならそれなりの力になるのでは、とエルフィスは考えた。


「あまりオシャレなのは難しいけど……」


「ホント!?お願いしてもいいかな!?」


「……エルの一存で決めていいの?」


エルフィスの勢いに気圧されているが、セナはどこまでも冷静に切り返す。


「大丈夫!絶対!」


「……そう。助かるよ」


セナは苦笑した。

またエルフィスに振り回される日々が始まるのだと思うと、懐かしさからこっそり俯いてはにかんだ。

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