表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/38

第1回会議

ノクスが牧場に少女を連れてきた。

嫌な予感がしたエルフィスだったが、ノクスが口を開けばその不安はすぐに解消された。


「エルフィス、待たせたな。鑑定系・成分の魔法使いを見つけた。効果が不確かな魔法だから、調べて連れてくるまでに時間を要してしまった」


「大変だったのですね。お疲れ様でした」


エルフィスは少女へ視線を向ける。


「初めまして、エルフィス・フェーブルです。一応、ここエルフィスファームの代表をすることになっています。よろしくお願いいたします」


恭しくお辞儀をすると、少女も慌てて頭を下げた。


「初めまして。サラキア・ハルオーブです。あ、あの、フェーブルさんは貴族様ですか?」


「いいえ、ただの庶民ですよ。うちは家族総出で働いているので、わたしのことはエルフィスと呼んでください」


「あ、そうですか!ありがとうございます!こちらもサラキアでお願いします。私も庶民なんですが、西の端にある田舎出身なんです。王都の常識とか全然わからなくて、なのでスコルティシュ様と話すのとっても大変で、って、あっ、違うんです!話したくないとかそんなんじゃなくてですね……ああ!もう、私のバカ……」


あわあわしてしまったサラキアを見て、エルフィスは微笑む。

派手な見た目だったので勘違いしてごめんなさい。と内心でエルフィスは謝る。

サラキアは素直な子なのだろう、と思った。

話してみれば活発で無邪気な感じがして、とても愛らしい。


「大丈夫ですよ、サラキアさん。ノクスはそんなことでは怒りませんから。ねっ、ノクス」


「ああ。俺も貴族の相手ばかりしていたから、庶民には疎いのでお互いさまだ」


まったく気にしていない様子でノクスが答える。

ホッ、と擬音が聞こえてきそうなほど、あからさまにサラキアは安堵し肩の力を抜く。


「よかったです……もう失敗はイヤなので」


そう言って苦笑いを浮かべたサラキアに、エルフィスは新たな不安を抱く。

何だか、既視感を覚えた。

筆舌に尽くし難く、どうしようもなく、見知った感覚。

もしかして、彼女は……。


エルフィスが考え込んでいると、ノクスが言った。


「牛乳の準備はできているか?」


「えぇ。言われた通り、細かく分類して分けてありますよ」


「もうすぐ日暮れだ。早く済ませよう。話なら歩きながら続けてくれ」


ノクスとローレイは厩舎に向かって歩き出す。

遅れてエルフィスとサラキアも並んで歩を進めた。


厩舎までの道すがら、たいした時間もかからないがエルフィスは色々聞いた。


サラキアの生い立ちについてだ。

彼女は、王都から西に馬車で2週間もするリックルという町の出身だそう。

年齢はエルフィスの1つ下の17歳。

成人しているとはいえ、両親は心配していないの?と質問をしてみると、私、孤児なので。と返ってきて少し焦った。

しかし、本人はあまり気にしていない素振りで、あれこれ話してくれた。


15歳になり孤児院を出なくてはならなくなったので、自分の魔法を詳しく知るために都会へ向かった。せっかく魔法が使えるのだから、試してみたかった、とサラキアは笑顔で語る。

故郷から1週間ほど東に進むとセントローイドという大きな街がある。トルカティーナ王国では王都に次ぐ都会だそうで、そこで1年働いた。


エルフィスが嗅ぎとった見知った感覚。

それは、サラキアもまた冬眠準備で解雇されたという事実だった。


自分の鑑定系・成分という魔法を知る者とは巡り会えず、とりあえず働かないと生きていけないので働いたがクビになった。

それでも彼女はめげずに、翌年には王都に向かい、鑑定系・成分の情報収集を兼ねて就職。そしてまた冬眠準備で解雇。

商業ギルドで情報を集めながら次の仕事を探していたら、ノクスに出会った。

幸運だった、とサラキアは破顔した。


育った環境は違うものの、同じように解雇の螺旋を巡り、似たような境遇のはずだが、エルフィスにはサラキアが眩しく映った。


自分は諦めて実家に帰ってきた。

サラキアはめげずに王都で戦おうとしていた。

帰る場所がない。

だから続けるしかなかった。

現実はそうなのかもしれないけれど、彼女を見ると自分の情けなさが少しだけ恥ずかしく思える。


サラキアの明るく弾けるような笑顔の裏には、とても強い軸のような信念がある。

魔法を使いこなして1人前になるための努力を惜しまない。

自分はとうの昔に無いものとしてしまった己の魔力の可能性。

自分がノクスと出会えたのは偶然のような棚ぼたで、サラキアは自ら掴み取った必然。

話を聞いて、そんな風に思ってしまった。


厩舎にやってきて、ミカとジョーも合流する。

6人ぞろぞろと集まって、早速サラキアの魔法を確認してみることにした。

牛乳を横一列に5本並べる。

ちなみに見た目に違いはない。ノクスの瞳を通して見ても、それは同様だった。


右の牛乳から、

①エルフィスとの関係が強い古参の牛の乳。

②関わりの少ない古参の牛の乳。

③新入りの人懐っこい牛の乳。

④新入りの関わりの少ない牛の乳。

⑤ほとんど関与していない牛の乳。


エルフィスがそう説明すると、ノクスが指揮を執った。


「サラキア、右から順に鑑定してみてくれ」


はい!と威勢よく返事したサラキアは、両手のひらを牛乳にかざす。

ゆらゆらっと手が輝いて、すっと光がすぐに収束していく。目を背けてしまいそうになるほどの強い光ではなく、じんわりと身に染みるような優しい灯り。見ていてどことなく懐かしさを覚えた。


ふむふむ。と唸ってから、頭の中に浮かんだのだろう文字をサラキアは言葉にする。


「タンパク質4、カルシウム6、リン5、カリウム6、あと……祝福の加護?8ですね」


「祝福の加護?いや、他の成分も聞いたことはないが、それだけ別物な気がするな」


ノクスの意見に、エルフィスも頷いた。

エルフィス的には、前世で聞き覚えのある単語が連なったが、後に続く数字と祝福の加護はいまいちわからない。


ひとつの例で判断することは難しいので、ノクスはサラキアに全部やってみてくれ。と告げた。


ローレイがメモをとる。主人に言われずとも即座に記録を残すあたり、さすがとしか言いようがない。


結果はこうだった。


①エルフィスとの関係が強い古参の牛の乳。

タンパク質4

カルシウム7

リン5

カリウム7

祝福の加護8


②関わりの少ない古参の牛の乳。

タンパク質2

カルシウム3

リン2

カリウム3

祝福の加護3


③新入りの人懐っこい牛の乳。

タンパク質2

カルシウム4

リン3

カリウム4

祝福の加護5


④新入りの関わりの少ない牛の乳。

タンパク質1

カルシウム2

リン1

カリウム2

祝福の加護1


⑤ほとんど関与していない牛の乳。

タンパク質1

乳糖1

カルシウム2

リン1

カリウム2


全員でメモを覗いて、しばし沈黙。

⑤の鑑定結果で、おそらくみなが混乱した。

初めて乳糖という単語が出てきたからだ。


エルフィスは前世の記憶を思い出す。

牛乳にはビタミンなどの成分も含まれていた。しかしそれらの表記がないということは、多分だけどサラキアの魔法が関係している。きっと主要成分の5つが鑑定できるのではないだろうか。

⑤で乳糖がでてきたのは、祝福の加護がなくなったからだと推察できる。


静寂をミカが破った。


「あたしにはまず、タンパク質とかの意味すらわからないわ」


俺も。とジョーが同意すると、みなで顔を見合わせる。サラキア、ローレイ、ノクスまでも頭を振って、一同の視線がエルフィスに集まった。


「えぇっと、わたしも、全部はわかりません。カルシウムが骨を強くする成分で、リンがその吸収効率を上げる作用がありますね。サラキアさん、魔法を使うといつも5つまでわかるのですか?」


あまり自分に質問されても困ってしまうので、エルフィスはサラキアに聞いて話を逸らした。


「ん?えぇ、ああ!確かにそうです!5より少ないことはありますが、それ以上はないです!」


やはり主要5成分がわかる魔法のようだ。

祝福の加護が成分かどうかはさておき。


だが、ノクスは逃してくれなかった。


「俺の見解だが、数値は10段階評価だろう。もちろん大きい方が好評だ。人間の魔力総量も10段階評価だから、そう考えるのが妥当だろう。⑤の牛乳が世に出回っている通常の数値と仮定して、①は4〜5倍高いな。エルフィスよ、カルシウムなどを摂取しすぎると不都合はあるのか?」


鋭い質問だと感じ、エルフィスは一瞬ドキリとしたが落ち着いて回答する。


「えぇ、そうですね……カルシウムは骨を強くするものなので、摂りすぎると肘とか膝とかの曲がる部分が骨化してしまう可能性があります。通常の4倍程度ですと、成人した方々の上限値かもしれません……おそらく、ですが」


また静まり返る。

何でそんなに詳しいのか。

そう問われるのを恐れながらも、エルフィスはノクスの反応を黙って待つ。しかし、彼は思案顔で口を噤んだままだ。

代わりに、ミカが言った。


「エルは中等教育まで受けたんだよね?回復系の選考だったの?」


「えぇ。一応、そうですが」


「やっぱ違うわぁ、勉強してきた人はさ。あたしは勉強嫌いだったから尊敬するわぁ」


ミカがそう賞賛してくれたことで、若干の疑いはなくなったような気がする。

いや、それで納得してほしい。


1番の懸念だったノクスが、ようやく口を開く。


「①の牛乳は1人1日1本の販売にすればいい。注意喚起もしよう。そうすることでさらなる希少価値が生まれる可能性があるな。カルシウムは取れば取るほど良いというわけでもないのなら、やはり母上が回復した理由は祝福の加護に由来する気がする。多くの人に試してもらい、もっと症例数を増やす他ないか」


「それはいいですね。色んな方に飲んでもらいましょう」


エルフィスファームの厩舎の片隅で、急遽行われた第1回会議はまだまだ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ