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新たな仲間?

ミカやジョーが牧場にやってきて1週間が経過した。

彼女らは端的に言って、とても仕事のできる人たちであった。

教えた仕事は1回で覚えるし、何度か作業をしていく上で、ここをこうした方が効率的じゃない?と言った提案までできる。

ミカには母ユリスの仕事を覚えさせ、ジョーには父ボルドフの仕事を習わせた。

1週間で完璧になってしまったので、エルフィスは若干の気まずさと、やはり自分は仕事のできる側の人間ではないのだと痛感した。

だからと言って、彼女らがエルフィスを見下したり、軽んじることはない。

エルフィスとまた一緒に働ける。

エルフィスがいるから、覚えようという意欲や仕事に前向きに取り組んでいる。

そう言ったメンタルの部分まではさすがのエルフィスも気づけず、単純に彼女らは凄い。と自分と比較し、少しへこみそうになってしまうのは何とも悲しいすれ違いである。


「ノクス、いつ帰ってくるのかな?」


落ち込んでしまいそうな自分を振り払うように、エルフィスは他のことを考えた。

こうして独り言が漏れたのは、ノクスが王都へ行ったっきりなかなか帰ってこないことからの心配だ。


ノクスは、ミカとジョーがやってきてからすぐ、再び王都へ向かった。

そうなったのは、エルフィスの発言が原因でもあるのだが。





「エルフィスは牛乳について詳しいか?」


そうノクスに問われたのが始まりだった。


エルフィスはうーんと唸ってから、


「栄養成分とか、そう言ったことですか?」


「栄養成分とは、何だ?詳しく教えてくれ」


ノクスの目がいつにも増してキラキラと輝いた。


何度も言うようだが、この世界は医学や化学に疎い。

人間がどうやって成り立ってるかとか、健康がどうとか、すべて回復魔法をあてにしている。

怪我や病気をすれば王都の回復塔に行き、治れば原因について考えることはほぼない。

病気になった理由とか、不調の因果について考えることをしないのだ。


エルフィスは、前世の記憶を辿る。

健康食品メーカーの工場で働いていたことがある。そこで働くと職業病なのか、健康を意識するようになる。製品の裏に記載されている成分表を眺めるのが、何だか楽しくなる始末だった。

牛乳は健康にいい。

そんな安直な観点から、栄養素だったり成分を調べたりした日を思い起こす。

この世界でもその知識が役に立つかはさておき、エルフィスはかいつまんで話すことにした。


「牛乳にはカルシウムという栄養が豊富です。それがあるからお母様の病も良くなったのではないですかね?」


「カルシウム?初耳だな。他には?」


「そのカルシウムは、リンという成分も牛乳に多く含まれているから吸収効率が良い……はずです」


「…………」


ノクスが押し黙った。


ヤバい。

余計なこと、言い過ぎた?

深く追求されて、前世の記憶がありまして……。

なんて、さすがに言えない。

いくらノクスを信頼しているからといって、これは言いすぎたか。


あちゃー、といった感じでエルフィスが苦笑すると、ノクスは言った。


「俺もまだまだだな。知らないことが多いようだ」


「えぇっと、すみません。あまり信憑性はないかもしれません」


濁してみるつもりだったが、ノクスは何かを閃いたかのように目を見開いた。


「カルシウムやリンとやらが通常より多く含まれていればさらなる健康が見込めるのだな。それらを判断するにはどうすればいいのだ?わかるか?」


「……いいえ。それは……わかりませんね」


成分分析をするには、もっと文明が発達した世界でないと無理だと思う。むしろ、どうやって成分分析をするのかなんて方法から何もかもわからない。

となると、牛乳がどう良いのかという説明ができないので、飲む側の感覚になってしまう。それはあまりに商売としては信用がない。


どうしたものかとエルフィスが悩んでいると、ノクスが独語のように口を開いた。


「探してみるか」


「探すって何をですか?」


「鑑定系・栄養成分。のような魔法使いをだな」


「ああ、たしかにそうですね。もしいるなら簡単にわかりますね」


そうは言ったものの、そんな方いるのかな?

魔法のすべてを把握するのは無理なほど多種多様だと教育を受けたし、ノクスも言っていた。

都合よく、見つかるものだろうか。


「また王都へ発つ」


「えっ?本当に探しに行くんですか?」


「当たり前だ。これがわからなければ信用を得られないからな」


やはりノクスも同じように商売としての信用問題になると危惧していた。


「いつ戻るかは状況次第だが、あまり時間をかけないようにはする。その間にミカとジョーの教育を済ませておけ。それから入厩したばかりの動物と、今まで世話しているものは分けたままにして、さらに世話している中でもエルフィスに懐いてるものでしっかり分けておいてくれ」


「了解しました」


「1週間くらい経てば、差も顕著になっているだろうから頼んだぞ」


はい。とエルフィスは頷くが、すでにノクスは見つかることを前提にしている。

自分には絶対にできない自信の持ち方だな、とエルフィスは感心した。

きっと、だからこそ、彼を信じてみようと思えたのだ。


「ちゃんと教育しておけよ」


念押しするようにノクスが言った。


そんなに心配しなくてもちゃんとやりますよ。

内心でエルフィスは呟く。

自分は彼を信用しているのに、こちらは信用されていないみたいで少しだけ不満を抱く。

まあ、こっちが勝手に一方的に思っているだけだから、とまた内心でごちていると、ノクスがふいに微笑を浮かべた。


「そうすれば、早くおまえの家族に休みをあげられるからな」


この人は……ずるい。

そうやって、いつもわたしが嬉しくなる言葉をくれる。


「ありがとう、ノクス。いってらっしゃい」


エルフィスは笑顔で彼を送り出した。





夕陽が差し込んできた頃、牧場の入口に馬車が停まった。

ノクスが1週間ぶりに帰ってきた。


エルフィスは走って彼の元へ向かう。


すると、馬車の中からローレイが降りてきて、ノクスが続く。

そして、下車したノクスが入口に手を差し出す。

大切にエスコートするように差し出された彼の手に、細くて白い手が添えられる。

ノクスの手を握り、1人の少女が降りてきた。

服装は地味で庶民のようだ。しかし真っ赤な髪が艶やかで、苛烈に見えるがどこか品のある顔立ち。


少女と目が合い小さく会釈する。

それからノクスをみやれば、普段あまり笑わない彼が、とてもいい笑みを湛えた。

その表情に、ドキッとすると同時に、ギューッと胸を締め付けられて苦しくなる。


なぜだろう。

その笑顔の後に続く言葉を、今は聞きたくないと思った。

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