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怒涛の準備

ノクスが王都から帰ってきた翌日。

フェーブル牧場の横の林には、10人ほどの男が群れをなしていた。

その中心にいるのはノクスで、周りを囲んでいる男たちはやたらとガタイがいい。


その様子をエルフィスは遠くから呆然と眺めている。


なにやらノクスの一声に男たちは元気よく頷き、林に散り散りになっていく。

男たちが手にしているのは鉈だ。

各々、ガツガツ草を切り裂き始めた。


急展開についていけないエルフィスは、今朝のことを思い出す。

ノクスが帰ってきて早々、隣の林をエルフィス専用の牧場にすると言ってきたのだ。

王都に行く前は、区分けする。必要に応じて敷地を広げる、はずだった。

なぜ唐突に?とエルフィスが問うと、従業員が確保できた。来月になればその人たちがくるので、それまでに急ピッチで環境も整備する。とのことだ。


それから2日で林は綺麗に整えられ、外の柵が完成した。

さらに新たな厩舎を建てる、とノクスが言う。


めちゃくちゃだ。この人の行動力はおかしい。

男爵家だが、あまり裕福ではない。そう言っていたはずなのに、どこからそのお金が湧いてきたのか。

悪いことをしてなければいいけれど。

エルフィスはノクスを信じると決めた。

変な心配はしないようにしよう。


厩舎を建てるためにノクスは、なんと兄のラーグルス様を連れてきた。


「初めまして、エルフィスさん。父に挨拶しにきてくれた時に、僕は仕事だったから、今日会えて嬉しいよ」


印象はノクスと正反対だと感じた。

ニコニコと人好きのする笑みを携えて、爽やかに握手を求めてきた。

手が汚れていないか確認し、ゴシゴシと作業着で拭いてから、エルフィスは両手でしっかり握手した。


「はじめまして、ラーグルス様。エルフィス・フェーブルと申します。よろしくお願いいたします」


「うん、よろしくね」


彼女の手を離すと、ラーグルスは小さい声でノクスに言った。


「一生懸命でいい子そうだね」


「えぇ、まったくです」


ノクスはぶっきらぼうに返したが、ラーグルスは気にする様子もなく笑みを湛え続けていた。

内心、兄上にはやらんぞ。とノクスが思ったのは内緒の話である。


ラーグルス・スコルティシュの魔法は、男爵家が代々有する顕現系の土魔法だ。

顕現系は攻撃系統の土魔法に分類されることが多いのだが、射出速度を調整すれば創造系のような働きもできる。下級貴族ではあるが、ラーグルスは魔力量が5もあり、なかなか優秀だ。


今回、弟がなぜわざわざ兄を呼んだかと言うと、厩舎の基礎を築いてもらうためだ。その方が遥かに早く、そして頑丈な厩舎になる。エルフィスの前世でいうコンクリートのように硬い土を、ラーグルスはどうやら出せるらしい。

兄を建築業者さながらの扱いをするあたり、さすがのノクスだとエルフィスは苦笑した。


ラーグルスは初日だけ建築に参加し、それから3日で厩舎は完成した。

今牧場にある厩舎の3分の1くらいの大きさだが、エルフィスが管理する牛やニワトリたちだけが利用するのかと思うとなかなかにでかい。

フェーブル牧場と新設されたエルフィスファーム。

これからが楽しみだが、不安もある。

自分はうまくやっていけるのか。


そうして今月も残り2日となり、わらわらと新しい牛やニワトリが、牧場に加入した。予めエルフィスに懐いている子たちと合流させる。これも牛乳のできの違いを知るにはいい機会である、とノクスは言う。

回復系・祝福の効力をより深く理解し、今後のビジネスの見通しを、2人は日々話し合う。


目まぐるしい1週間だった。

エルフィスは仕事後、いつものようにリリィのもとへ向かった。

最近、ひと目でわかるほど茶色の馬体の毛艶は良い。

馬房のなかで動くようになったリリィは、放牧にも行くようになった。

自室に引きこもっていた彼女が、外の世界を楽しめるようになったようで嬉しい。

もっと元気になって、走ることが大好きだった時のように戻ってくれたらと強く願う。


「リリィ。明日から新しい人たちがくるんだって。わたし、うまくやっていけるかな?」


顔周りを優しく撫でると、リリィもグイグイとエルフィスに顔を擦りつける。

不安なエルフィスを励ますように、リリィは体ごとぶつかっていく。

最近のリリィは全身で甘えてきてくれているようで、エルフィスの顔が自然と綻ぶ。


「ありがとう、リリィ。頑張らなくちゃね」


それからリリィはリラックスして体を寝かせる。エルフィスは彼女のかつての怪我の部分を撫でる。

右の前脚だがーーあれ?違和感が、もうないかも。

あとは、気持ちの問題かな?


「また走れるといいね、リリィ。おやすみ」


眠そうにしていたリリィに別れの挨拶をして、エルフィスは明日に備えるべく家に帰った。

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