タッグ再結成
ノクスレインはスミヨフ工房で仲間集めに成功し、その足で友人のレオグリフ・ドゥレーラの屋敷へ向かった。
いつもの部屋に通されて、レオグリフと向かい合う。
今日はまだ日が高い時間なので、ティーセットが目の前に並んでいた。
紅茶にクッキーなどの色とりどりの菓子が、豪華な部屋に違和感なく陳列している。
「ノックン今日はどぉしたの〜?いつになく急な訪問だね〜」
ノクスは今から会えないか、と屋敷に押しかけたが、レオグリフは嫌な顔せず笑顔で受け入れた。
「突然すまんな、頼み事がある。だが、その前に礼を言う。スミヨフ工房の情報は大変役立った。感謝する」
「そんなそんな!ノックンの力になれてよかったよ。そんで、頼み事だっけ?どうぞどうぞなんなりと〜」
スミヨフ工房が貴族街に進出するという話を、ノクスに教えてくれたのはレオグリフだった。
ノクスがスミヨフ工房の情報をくれ、と手紙を予め出していたら、速達で返事がやってきた。
今回のスミヨフ工房の3人衆との交渉で、先手を打つにはかなり有用な情報だった。
その感謝を述べたのだが、レオグリフはあまりにも軽い返答なので有難みが薄れてしまいそうだ。
頼み事をする前に、ノクスは順を追って話す。
領地で起きたできごとと、エルフィスの魔力について。
先日、回復系・祝福についての互いの意見交換をし、その結果を伝える。
それからビジネスを始めるにあたって、人の確保のためヘッドハンティングをたった今おこなってきたこと。
要所要所で大きなリアクションをしていたレオグリフが、疑問を口にする。
「そんで、順調そうだけど、僕になにを頼むのさぁ〜?」
「今回、スミヨフ工房の主力を引き抜いたから、反動で7名が辞めることになった。彼らの次の仕事の希望がこれだ。どうだ、レオから紹介できないか?」
「…………」
珍しくレオグリフは沈黙した。口から産まれてきたと言われても信じてしまいそうになるくらい良く喋る彼が、ノクスの渡した紙に目を向けて考え込んだ。
「ねぇ、ノックン……これ、事後報告ってやつだよね〜?僕がやること前提にしてるよね〜?」
「ああ、事後報告ではあるな」
「……ちょ〜っと、おーぼーだな〜」
項垂れるレオグリフ。
横暴と言われても仕方がない。
ノクスはスミヨフ工房の従業員の前でこう言った。
『3人がここを辞めることになる。そのことで不安を抱く者、あるいは辞めたいと思う者がいれば、遠慮なく挙手してほしい。私が次の仕事を紹介しよう。ただし、面接の段取りまでが私にできることだ。希望の仕事に就けるかどうかは、君らの努力や情熱次第になるのは事前に理解してほしい。それを踏まえて、よく考えてくれ』
その声に7人の若手と中堅が手を挙げた。
王城で働きたいが、どうしても機会を得れなかった者。
本当は家具造りではなく、販売の方がしたかった者。
単純に会社に不満があった者。など。
ひとりはバラバについていきたい者もいた。
なので、レオグリフに渡したリストには6名分の希望の職が記載されている。
レオグリフは書かれた仕事に斡旋するのが難しいから嘆いているわけではない。
これは友人の頼み以前に、貴族としての肩書きが問題なのだ。
「ねぇ、ノックン。紹介はいいけど、彼らが問題を起こしたら僕の家に避難が集まるってこと、さすがにわかってるよね?」
「もちろんだ」
「なら、僕を納得させる、あるいはリスクを追ってでも紹介に踏み切らせるだけの『何か』がないといけないよね」
レオグリフは頬杖をつきながら、少しだけ不機嫌そうにノクスに視線を向けた。口調からもいつもの調子の良さは伺えない。次期ドゥレーラ家の当主としての自覚からか、難しい頼みであることがひしひしと伝わってくる。
ノクスは頬を緩めた。
「おまえも、そんな顔をするのだな」
「当たり前さ。もう学生じゃないんだから」
レオグリフは誰にでも明るく区別なく接することのできる心の広さがある。
友人の新しい一面が見れて、ノクスは思わず本題とは関係のないことに微笑んだ。
そして、レオグリフの言った、もう学生じゃない。という言葉にも多いに共感できる。
だから策は用意していた。
レオグリフが期待する『何か』を。
「レオよ。俺とエルフィスが取り組んでいる牛乳の、優先販売権では不足か?」
「あれ〜?ノックンは王都で販売する店舗は持たないの?」
「今のところはない。店舗運営にはさらなる人件費がかかるし、内装や宣伝費も必要になるからな。特に最初は貴族を中心に販売を見込んでいるから、販売の窓口さえあればいいと思っている」
「なるほど〜」
ノクスはみなまで言わなかったが、レオグリフには伝わっていた。
店舗運営にかかる費用を、ドゥレーラ家の仲介手数料にしようとしている。さらに、ドゥレーラ家は庶民から貴族へと客層が幅広い。つまりは、エルフィスファームの販売部門を担当してもらうための優先販売権だ。
「でもさ〜、長い目でみたら不利益じゃない?頭のいいノックンならわかってるだろうけど、後悔してもしらないよ?」
「かまわん。エルフィスは庶民にも早く波及することを望んでいる。俺らで販路を構築するより、ドゥレーラ家に任せた方が現実的だ」
ノクスの発言は本音ではあるけれど、詳らかには語らなかった。エルフィスの願いを叶えるのはもちろんだが、ビジネスを続けていくには必ず利益が必要だ。
牛乳に手を加えてチーズを作れば、それはもう牛乳ではなくなる。
ノクスはこの場で、牛乳の優先販売権しか提示していないので、後々開発するチーズなどの別の製品にはその権利は及ばない。
「ふ〜ん」とレオグリフは空返事をした。
エルフィスの人の良さを疑っているのだろうか。
ノクスは不気味な雰囲気を、友人から嗅ぎ取っていた。
断られるか?
いや、エルフィスの牛乳の効果を信じるのなら、絶対に断るわけがない。この牛乳は王都の健康を格段に底上げするのだから。
「じゃあ、ノックン。こうしよう!」
レオグリフが勢いよく顔を上げた。
「優先販売権はいらない!業務提携にしよう!」
「ん?」
ノクスは思わず顔を顰める。
「ノックンたちが自力で販路を確率するまで、うちが販売を行う。確立してからもこっちに回せる分は回してもらう。もちろん言い値で買うよ。要するに、単純な商品の売り買いだね。だから隠し球も卸してよ〜」
「なに!?」
ノクスは友人にすべてを見透かされていた。
牛乳以外の製品もあると、さすがに勘づかれた。
やはり商売人の家系は伊達じゃない。
「いや〜、絶対なんか隠してるもん!で、どうかな?業務提携なら事後報告のこのリストにも対応してあげるからさ〜」
ひらひらとリスト化された紙を、レオグリフは指で摘んで靡かせる。
完全に1本取られた。
「これは、あれだな……販路を確保しただけで、貸しがひとつか……」
「あははっ!そうなるね〜」
「はぁ……わかった。そうしよう」
「やったぁ〜!それでそれで、いつからうちに卸せる?」
「エルフィスの魔力の効果の検証もしないといけないから、早くても1ヶ月はかかるだろう。遅くても3ヶ月以内には卸せるはずだ」
完全に目算だが、自分の目があれば大丈夫だと、ノクスは自信を覗かせる。
「3ヶ月もあると、今日引き抜いてきた人たちの給料大変だね〜って、ノックンは大丈夫か。高等教育時代にだいぶ稼いだもんね」
「まあな。全く問題ない」
「懐かしいな〜。またノックンと一緒にお仕事できるの楽しみだよ〜」
レオグリフは無邪気に笑った。
彼らは高等教育時代に、学業とは別に色々なことに挑戦してきた。
例えば、ノクスは自分の目を活かして、魔法関連の相談役のような仕事をしていた。ドゥレーラ家は手広く仕事をしてるので、その中で事故や事件が起きる。魔法が使用された可能性があれば、レオグリフがノクスに声をかけ、現場検証をしたり聞き取り調査をした。つまり、探偵業だ。
その成果は目覚しく、ドゥレーラ家だけでなく他の貴族からも依頼が殺到し、気づけば仕事として成り立つほどの報酬を手にしていた。
なので、ノクスは貧乏男爵家ではあるけれど、個人資産はかなりあるのだ。
高等教育を卒業してからも続けることはできたが、実家の力になるべく帰省した。まあ、男爵位から抜け出したいのが本音なのだが。
こうして新たなビジネスに取り組み、貴族としての初戦をレオグリフに選んだが、結果は惨敗。貸しをひとつ作ることとなった。
だが、友人で好敵手であるレオと手を組むのなら、もう負ける気がしない。
2人は立ち上がり、強く握手した。




