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集う仲間

「エルフィスとまた一緒に働く、と言いますと?」


ノクスからのヘッドハンティングの誘いに、すぐさま反応したのはジョーだった。

最初は敬礼してしまいそうな勢いで緊張していたはずの青年が、エルフィスの名が出てからは前のめりだ。

つい最近まで彼女に恋していて、別れ際にはなんとか抑えたものの再燃したようだった。


「順を追って説明しよう」


ノクスは訥々と語る。


スコルティシュ領で起きたできごと。

母の病の回復に、フェーブル牧場でのニワトリの回復。

そのすべてがエルフィスの回復系・祝福という魔法によるものだったこと。

彼女の魔力は常に放出されていること。


「なるほど……だからエルフィスがいると安心感があったのか」


バラバが納得の表情で何度も頷く。

それにジョーも激しく同意した。


ノクスの説明は続く。


エルフィスの魔力を活かしてビジネスを始めることや、その代表に彼女を据えること。自分は出資者のような位置でビジネスパートナーであること。


最後に、彼女を支えてほしい。

そう告げると、静寂に包まれた。


「スコルティシュ様、質問よろしいですか?」


ヴェライズが口火を切る。

ノクスはどうぞと促した。


「どうして私たちなのでしょうか?我々は無能にも彼女を解雇した側の人間なのですが……」


「あなた方は本気でエルフィスの心配をし、元気であるとわかれば心底安堵した。あの解雇は社長の一存であろう?それに、今の彼女に必要なのは信頼できる仲間だ。そのような仲間でなければ、彼女の本質が危ぶまれる」


「……本質、ですか?」


「ああ。人員の確保だけなら我が家でもできる。しかし、見知らぬ者に気を使いすぎたり自己犠牲を働かれては、エルフィスの魔力量はおそらく微弱になる。より最大化するには、彼女を本気で想ってくれる人が周りに多くいるに越したことはない」


「「「……」」」


3人はノクスの話を聞いて、再度沈黙する。

その訳は、この人が誰よりもエルフィスを想っているのではないかと感じたからだ。


回復系・祝福という魔法は、世にまったく知られていない。

先程のノクスの説明で、大変珍しいものだと良くわかった。

だが、なぜ目の前の貴族様は、そこまで彼女を理解できるのか。

なぜ、誰も知らないと言っても誇大ではない魔法を知り得たのか。

人は得体の知れない者を前にすると疑念が生まれる。

ヴェライズは余計に混乱していた。


空気で察したのか、ノクスはまた語り出す。


「俺は、鑑定系・魔力の魔法を有している」


「え!そんな重要なこと、私共にお教えしてよろしいのですか?」


ヴェライズは真っ先に驚きを示した。

彼はかつて王城の財務部に所属していた。貴族との絡みは相当多かった。だから貴族が己の力を庶民に教えることなどほぼないと知っている。ましてや鑑定系の魔法使いが、弱点を晒すような真似は絶対にしないと知っている。


そして、他人の魔力が見える貴族。

そんな強烈な力を持つ者が、口に出してまで我々を口説きにきている。

ヴェライズの混乱はさらに加速した。


すると、ノクスは表情を和らげた。


「……初めはここまで教えるつもりはなかった。だが、エルフィスと関わっているからか、こちらも心を開かねばならぬ、そんな気にさせられるのだ」


あぁ。

この人も、エルフィスさんの魅力にやられたか。


ヴェライズから混乱がなくなった。

不器用ながらも歩み寄ってくれているのだと理解したからだ。


「スコルティシュ様!」


ジョーが声を張った。


「俺、またエルフィスと働きたいです!スコルティシュ領に行けばよろしいのですね?」


「そうだ。ジェラルディさんだったか、今の賃金はいくらだ?」


「月給で王貨1枚です」


「すまぬが、当面は同額で勘弁してほしい」


「本当ですか!?同額いただけて、またエルフィスと働けるなら最高ですよ!」


「それは良かった」


ジョーは満面の笑みで、ノクスは軽く口角を上げるに留めて、喜びをわかった。


「ヴェライズさんとコントレーさんはどうかな?自分たちのクビをもって、資金の捻出をするのは好手だと思わないか?」


ヴェライズは確かにいい提案だと思った。

ジョーのように自ら退職する若者でもない限り、自分らのような老いぼれが辞めていく方が未来は明るい。

きっと、隣で難しい顔をしているバラバも、同じようなことを考えているはずだ。

一歩踏み入れられないのは、家族がいるから。

ジョーのように独身なら身軽でいいが、私たちには養う家族がいる。

バラバには年頃の息子たちがいて、今王都から地方へ行くのは後々の負担になるのではないだろうか。そう悩んでいるに違いない。


考えていると、バラバが先に口を開いた。


「若いのをクビにしなくて済むのは嬉しいし、同額で転職できるならこの上ない……だが、家族も王都を離れるのはちょっと……」


「コントレーさん、すまない。説明不足であった。あなたとヴェライズさんは、王都で働いてもらいたいと思っている。エルフィスの作った製品を販売するのはここ王都だから、その店舗を任せたいと思っている。コントレーさんは身体強化ができるのであろう?積荷を運ぶには最適だ」


「なるほど……俺の魔法まで計算に入れているのか……まあ、それなら……」


独言のように呟き、納得したものの、まだ何かがバラバを言い淀ませている。


ヴェライズにはわかった。

彼が何を気にかけているのかを。


「バラバさん、残された従業員を気にしているのでしょう?」


的確にヴェライズが聞いた。


「えぇ、もし俺とヴェライズさんがいなくなったら、この会社が立ち行かなくなるのではと……」


薄々、ヴェライズもそう思っていた。

今はクビを切られなくとも、会社が倒産すれば職を失う。


「なんだ、そんな心配をしていたのか」


「いやいや!そりゃあ心配しますよ!」


ノクスの冷ややかな反応に、バラバは少しムッとして声を荒らげた。

そんな心配、ではない。

エルフィスのように解雇されて悩みを募らせる者は絶対にいる。


だが、ノクスは事も無げに確信をつく。


「会社というのもは、誰かが辞めただけでそう簡単には潰れない。あなた方2人揃ってでもだ。ましてや社長が辞めようとも、それでも会社は続いていくことの方が多い。この会社の規模ならいくらでも代わりは作れる。しかしだ、エルフィスにはあなた方しかいない」


痛いところをつかれ、ヴェライズは眉間に皺を寄せる。

自分たちは長くいるからと自己評価を上げ過ぎていたのかもしれない。現にヴェライズは、いつ己の身に何が起こってもいいように、後輩の財務部員に仕事を振っている。

だからと言って、迷惑をかけないわけではないし、不安にさせてしまうだろう。もしかしたら、辞めたい。と言い出す者もいるかもしれない。


「それとーー」


さらにノクスが続ける。


「もしあなた方が辞めるなら、自分も辞めたいと申し出る者がいたとしよう。その時は、俺が彼らに次の仕事の斡旋をする。そこまでの責任は追って然るべきだと思っている」


「そこまでしてくださるのですか!?」


バラバの顔から完全に不安の色が消えた。

王都の家を手放すことなく、賃金も保証され、エルフィスの力になれる。

さらに後輩の心配もする必要もなくなった。

こんな上手い話があるだろうか。


「当然するさ。なんなら、これから全従業員の前で約束したっていい」


ノクスの堂々たる振る舞いに、バラバは頭を下げる。


「ありがとうございます。でしたら、俺はここを辞めます」


「あとはヴェライズさんですね」


「……わかりました。私もあなたについていきましょう」


ヴェライズも辞職を決めた。

考えるまでもない。

もう忘れかけていた将来の期待が、いつしか自分の心に芽生えた。

定年を待つだけだと思っていたのに、こんなことになるとは……。


感謝する。そう言ってノクスが軽く頭を下げた。


「あの、すみません。多分、もうひとり辞めたいってやついるんですけど」


ジョーが手をあげて尋ねた。


「誰だ?」


「寮母をやってる女なんですけど、そいつも良いですかね?」


その瞬間、バラバとヴェライズは吹き出した。


「ハハッ。確かに、あいつもこっち側だろうな」


「えぇ。これで王貨10枚に届きそうですね」


ヴェライズが月給で王貨4枚。

バラバが3枚で、ジョーが1枚。

さらに辞めるリストに勝手に組み込まれた寮母ミカも1枚。

合計で9枚になった。

あと1枚なら、ノクスの声掛けで集まるだろう。


ようやく資金繰りのめどがたった。


「よっしゃ!驚くだろうな、あのクソ社長」


「そうっすね!自業自得っすよ!」


バラバとジョーはにやりと笑った。

ヴェライズは表に出さずとも、内心ではそうですね。とほくそ笑んだ。

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