貴族様再び
王都のスミヨフ工房、財務部長室にて。
ウォッシュ・ヴェライズは、工房長のバラバ・コントレーと対面しながら頭を抱えていた。
「あと1週間ですね……」
「……そうっすね。そろそろ決めないととは思ってますが……」
月末までに王貨10枚分の人件費の削減。
社長から言い渡されていた期日が、間近に迫っていた。
互いに何度か協議してみたが、未だ決断には至っていない。
いくつかの施策として考えていた内容を、ヴェライズは確認のため口にする。
「こちらから解雇を告げるのは簡単ですが、それでは残った者の不信感を買ってしまいます。ですから、自主退職を募るほかないでしょうね」
「まぁ、それが1番いいんでしょうが、この時期に退職したがる奴はいないでしょうね」
季節は冬。
どこの企業も冬眠準備を推し進めている時期。
今辞めたところで、春先まで新たな仕事が見つからないケースが多いので、働けている者は耐えるべきであるのが習わし。
そうとわかってはいるが、とにかく募ってみるしかない。
そんな空気が室内に蔓延した時だった。
「失礼します!」
ノックもなく慌てふためいた様子のジョー・ジェラルディが、部屋に飛び込んできた。
ヴェライズは既視感を覚えた。
先日、貴族様が突然やってきた時と似ている。
ジョーは息を整えながら、膝に手をついて言った。
「スコルティシュ男爵様が、また、お見えになっています!」
「社長は不在ですので、こちらへすぐお通ししてください」
「承知しました!」
ジョーが来た道をまた引き返して行くのを見送って、バラバが恐るおそる声を上げる。
「スコルティシュ男爵様って、この前きたエルフィスのところの領主ですよね?また来たということは……いや、用件がまったくわかんないっすね」
「そうですね……またエルフィスさんのお話をしに来ただけ、なんてことはないでしょうし」
2人は固唾を呑んで貴族を待った。
ジョーがノクスレインを連れて部屋にやってきた。今日はひとりできたらしく、使用人の姿はない。
ソファーに貴族様を促してジョーが退席しようと扉に向かうと、後ろから呼び止められる。
「君、名前は?」
ジョーが振り返る。
「ジョー・ジェラルディであります。エルフィスが所属していた班の長をしております」
「兵士じゃあるまいし」
貴族に声をかけられた緊張からか、今にも敬礼しそうな勢いで名乗ったジョーに、バラバは思わずツッコミを入れる。
いささか場の空気が弛緩した。
ヴェライズは微笑んでいるし、貴族であるノクスもわずかに口角を上げた。
前回腹を割って話したからだろう。ヴェライズは全体を俯瞰して見れていたおかげで、ノクスの変化を見逃さなかった。前回の対面からわずか2週間、その時とは見紛うほど柔らかくなったノクスの表情。
こちら側にいるバラバも、この前の話でノクスを信用したのだろう。エルフィスの身を案じてくれたことで、心を許したのか気負いはみられない。
ノクスレインという貴族の子息は、間違いなくエルフィスの人柄から影響を受けているのだろうと、ヴェライズは容易に想像できた。
男が変わる時、たいてい女が理由である。
「ジョーさん、あなたも話に参加してほしい」
「お、いや、わたしも同席してよろしいのですか?」
「よろしく頼む」
ノクスの頼みで、3対1の構図になり、互いに顔を見合わせる。
早速本題だろうか、とヴェライズが身構えるが、意外にもノクスが雑談のように軽い口調で話し出した。
「また仕事中に邪魔してすまなかったね。会議中であったか?」
「えぇ、そうではありましたが、難航していたので問題ございません」
「そうか。仕事は一筋縄でいかぬことが多いと、俺も最近実感した。ちなみにエルフィスは変わらず元気に働いているよ」
「そうですか」「よかった」「ふぅ」
と工房の三人衆は、エルフィスが無事に仕事を継続できていることに安堵し、三者三様の反応をした。
空気がさらに弛緩する。
その機をみて、ノクスは尋ねる。
「それで、何か悩みごとか?」
「内々の情けない話ですよ」
とヴェライズは答え、バラバと視線を合わせると互いに苦笑いを浮かべる。
貴族様に話す内容ではないし、身内の恥を晒すような真似を口にする必要もない。
そう思って、ヴェライズは口を噤むのだが、意外にもノクスはさらに突っ込んで聞いてきた。
「知人からスミヨフ工房が貴族街にも出店する予定だと聞いたが、その件での悩みか?もし俺のような下級貴族でも力になれるのなら話してみるのも得策では?」
ヴェライズは少し姿勢を正す。
貴族間ではここの工房が出店予定なのが知れ渡っているのか。思いのほか大きな事業になっている。
ノクスが気遣ってくれているようなのではあるが、この質問が今回の本題とも思えない。
前回会っていることで、ノクスは嘘をつかない人物であるとヴェライズは把握しているので、全ては明かさないにしろ、少しだけ話してみるかと考える。
「新店のための資金繰りに難航しているだけですので」
ヴェライズはそうぼかしてみたが、隣のバラバが余計なことを話し出す。
「資金の捻出に社員のクビを切れ、はないと思いますがね」
「バラバさん……」
ヴェライズがバラバに黙るよう呆れたような視線を送る。
「ほぉ」と、一方ではノクスが明らかな興味を示した。
話を逸らすべく、ヴェライズが切り返す。
「それで、スコルティシュ様。本日はどのようなご用件でお見えになられたのですか?」
「今日は、君らをヘッドハンティングしにきた」
「「「ヘッドハンティング?」」」
あまり馴染みのない言葉のようで、工房の3人は疑問符を浮かべる。
すると、ノクスはにやりと笑った。
「君たちは、エルフィスと共にまた働きたいとは思わぬかね?」
とても魅力的な提案に、3人はごくりと唾を飲み、前のめりになった。




