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領主代行との面会

「すみません……全然似合わなくて……」


豪奢な部屋の中で、体にあてがわれる煌びやかな赤のワンピース。姿見で確認してみると、服に対して顔が地味すぎて似合うわけがない。

エルフィスの顔に申し訳なさが滲む。

そもそも、この状況はおかしい。




遡ること1時間前。


使用人のローレイがひとりでフェーブル牧場にやってきた。今日は領主代行のアレクス・スコルティシュにお目通りする日と予定していたので迎えにきてくれた。


その後、エルフィスは馬車に乗り、スコルティシュ家の屋敷に足を踏み入れた。そこまではよかった。


ローレイに連れられて、衣装室のような部屋に通され、なぜか高価そうなワンピースを何着も体にあてがわれている。

予め自分で用意できる最大限に綺麗な服装をしてきたのだが、どうやら着替えが必要らしい。

貴族様からみると、みすぼらしかったのだろう。


ローレイは入口付近で待機していて、カーテン越しに別の女性使用人があれこれと服を引っ張り出しては、苦笑いを浮かべ、他の服をまたエルフィスの体にあてがう。

もう8着目になったところで、彼女が堪らず謝罪したのが今だ。


女性使用人が、慌てて首を左右に振った。


「違いますよ、お嬢様。どれもお似合いになられるので、私が迷ってしまっているのです。申し訳ございません」


「いいえ……明らかにわたしの顔が地味で……」


気を遣わせてすみません。

内心でエルフィスは謝る。いたたまれなくなった彼女は、逃げ場を探すよう扉のそばにいるローレイに尋ねた。


「あのう、ローレイさん。本当に衣装をお借りしてよろしいのですか?領主代行様にお会いするのに、その方の家の衣装をお借りるのは、さすがに失礼ではありませんか?」


「いいえ。これはノクス様の母イレナ様の要望なのです。アレクス様はイレナ様を溺愛しておりますので、絶対に失礼とは思いませんよ」


「なぜ、イレナ様がわたしなんかにこんな良いお洋服を?」


「それはーー」


ローレイの言葉は、突然開いた扉によって遮られた。


「エルちゃんエルちゃん!はじめまして!ノクちゃんの母イレナです!」


綺麗なブロンドヘアを緩く巻いて、純白のドレスをまとった女性が大声で入ってきた。


乱暴に開いた扉の音。

溌剌とした鈴の音のように高い声。

まずそれらに驚いたが、さらに驚いたのは彼女の美貌。


この人が、ノクスのお母さん?全然見えない!お姉さんと言われても疑わない。若すぎる!


それと……ノクスは母から『ノクちゃん』と呼ばれていることにも驚いた。ちょっと可愛い。


驚愕に固まっていると、イレナはかまわずエルフィスの両肩をがっちり掴んだ。


「やだー!すっごく可愛い!ノクちゃんが惚れ込んじゃうのもわかるわ〜。健康的で素直そうでいい!」


「イレナ様。エルフィスさんが困惑しております。お手を離してあげてください」


ローレイが間に入り、エルフィスはようやく我に返った。


「は、初めまして。エルフィス・フェーブルと申します。本日はアレクス様にお会いするために参りました。よろしくお願いいたします」


「礼儀も正しいのね〜。ほんと可愛い。ノクちゃん、いい子みつけたわね〜」


先程からイレナの盛大な勘違い発言の連発に、エルフィスは苦笑する。

可愛いはお世辞としても、健康的で素直そうというのは、野性的で素朴と言われている気がした。


だがイレナの屈託のない笑みを見て、お世辞ではないかも、とこちらが勘違いしてしまいそうになる。


イレナはエルフィスの顔や体をまじまじと見てから言った。


「エルちゃんがイメージと全然違ったから、ここに用意した服じゃ似合わないわね。ローレイ!私の部屋にあるジャケット持ってきてくれる?」


ローレイは俊敏な動きで部屋を出て、瞬く間に戻ってきた。手にしていたのは暗めの色のジャケットが数着。


それを受け取ったイレナが、ローレイを手でシッシッと追い払う。


「エルちゃんが着替えるから外出てて」


「はい。失礼いたしました」


理不尽なようにも見えたが、ローレイはニコニコしているので、これがイレナの普通なのだろう。

主従関係と言うにはなんとも不思議な関係性だな、とエルフィスは思った。


彼が出たのを確認し、イレナはエルフィスの服を無理やり脱がし、用意した服を使用人と一緒に着せていく。

エルフィスは、前世の有名な着せ替え人形を思い出す。

彼女は常にこんな気分だったのか……。

とにかく恥ずかしい。

次に着せ替え人形で遊ぶ機会があれば、もっと優しく扱い、気を使おうと無駄に心に決めた。


気づけば支度は終わっていた。


「エルちゃん!どう?」


イレナの声に反応したエルフィスは、今1度姿見に目を向ける。


「えっ!?これが、わたしですか……」


「エルちゃんは可愛くて幼い雰囲気だから、カッコイイ系の方がいいわね。よし!これでオッケー!」


鏡の中には、ネイビーのロングワンピースに黒のショート丈のジャケットを羽織った自分。

このネイビーのロングワンピースは3着目にあてがわれたのだが、どうも貧相に映った。しかしジャケットをたったひとつ加えただけで見違えた。


あれ、いつの間にか薄ら化粧されている。

そんなことにも気づかなかった自分は、かなり緊張しているのだとわかった。

その緊張から、ぎこちないと自覚しながらも笑顔を作って感謝を述べる。


「ありがとうございます!」


「いいのいいの!それじゃあ、行きましょうか!」


イレナに手を取られ、エルフィスは大広間へ向かった。





乾いた木の音が3度して、ノクスと談笑していた父アレクスは背筋を正す。

ゆっくりと扉が開らかれると、笑顔の妻イレナと、緊張からか引きつった笑みの少女が部屋に入ってきた。


「よくきたね。そちらに掛けたまえ」


「は、はい!失礼いたします」


アレクスは長机の向かいに、少女を座らせる。

その横にイレナも掛けようとした途端、横に座していた息子ノクスが立ち上がった。


「母上、どうぞこちらへ」


「えっ?あー、いいけど、それだとエルちゃんがひとりになっちゃうから、ちょっと心細くならない?」


長机を挟んで3対1の構図は、確かに職場の面接のようで堅苦しいし、さらに少女が緊張してしまいそうだ。


「問題ありません。私がそちらに座りますので、どうぞ父上の隣にお座りください」


そう?と首を傾げてから、イレナはアレクスの横にやってくる。

ノクスの言動を意外に思ったのは、自分だけではなくイレナもだったらしい。


そうしてノクスが少女の隣に座ると、2人は顔を見合わせた。

そしてノクスが小さな声で、


「忙しいところ悪いな」


「いえいえ。わたしこそ、皆様お忙しいのにお邪魔しています」


「いや、こっちが呼び出したのだからエルフィスが気にすることはない」


「いえいえ。こんな素敵なお洋服もお借りしてしまったので……」


「いや、だからそれもこっちが言い出したのだ。気にするな」


「……はい、わかりました」


緊張がわずかに溶けたのか、ほっこりした笑みを少女は浮かべた。

それに対して息子は、ほんのかすかに目を細める。


その瞬間、アレクスは筆舌に尽くし難い不安に駆られた。

息子は少女を安心させるためその席を選んだのだろうが、これまでの息子を思えば、あまりにその言動は不自然だった。


先日、イレナ回復の要因に関する報告書。

あの時、エルフィスという少女を『大切にしたい』と思わせるような対応、つまりは貴族保証人の形式に若干の引っかかりを感じた。


回復系・祝福という魔法に偽りはないのか。

もしかしたら誘惑や洗脳のような力も秘めているのでは。


ノクスがこれほど気にかけているのはなぜか。

そもそもアレクスは息子が野心を抱いていることを理解している。

仮にイレナを癒した魔法使いが現れたとして、野心のためにその人物を蔑ろにするような行動を取るのではないか、と危惧していた。


蓋を開けてみればどうだ。

今の状況は全くの正反対。

なおさら不安を強くなろうと仕方がない。


「何だか妬けちゃうわね」


ふふっ。と小さく笑ってから、妻も優しげな視線を2人に向けた。

これもまた追い討ちのごとく、アレクスの不安を増長させた。


イレナは超がつくほどの親バカである。

ノクスに対するスキンシップが激しすぎて、恋人のような振る舞いにすら映るほどだ。

夫の自分が息子に嫉妬してしまいそうなくらい、イレナはノクスを大切にしている。

そんなイレナが、目の前の少女と最愛の息子が仲睦まじくしているのを許している。


いや、イレナにとって少女は命の恩人だ。

救われたことで信仰的になってもおかしいことはない。


なら、ノクスはなんだ。

やはり絆されているのか?


温和なアレクスだが、この状況を分析すればするほど焦りが生まれた。


貴族としての顔を咄嗟に作り直して、少女に視線を向けた。


「初めまして、アレクス・スコルティシュだ。この度は妻イレナを救ってくれたこと、心より感謝申し上げる」


まずは形式的な挨拶で様子を見る。


少女はしゃきっと背筋を伸ばして、深々と頭を下げた。


「す、すみません。先にご挨拶もせず……私はエルフィス・フェーブルと申します。この度はご招きいただきありがとうございます」


そう言い終えた少女は、また頭を下げた。


「顔をあげてくれ。そんなにかしこまらなくて良い。あなたは今日、我々の大切なお客様なのだから」


「そんな!とんでもございません!わたしたちは常日頃から領主様に大変良くしていただいておりますので、お客様になんてなれません」


「そうは言っても、あなたが妻を癒してくれたのに変わりはない」


「そうらしいのですが……正直、わたしにはその自覚がないので……」


エルフィスという少女は、とても謙虚で誠実そうだった。

しかし、謙虚と誠実は取り繕えるとアレクスは知っている。


かつて使用人として雇った数名の少女たちも、みな初めはそうだった。

懸命に仕事に従事し、自分の前ではいつも奥ゆかしかったが、裏では息子たちやローレイに色仕掛けを働いていた。賃金をもらいながら、あわよくば地位も手にしようとしていたのだ。


経験に基づき、アレクスは警戒しながら話を続けた。

この男は性根が優しい。だからと言って人を疑わないわけではない。


「自覚がなくとも、あなたは素晴らしい偉業を成してくれた。立派な行いをした者には、しっかりと礼をしたい。エルフィスさん、何か望みはあるかな?」


「……いいえ。特にありません」


妙な間があった。

どうやら何か欲しいものがありそうだ。


「遠慮はいらないさ。言ってみなさい」


「……いいえ。本当にないのです」


なるほど。言い難いことなのだろう。

金か地位か。はたまた息子か。

その化けの皮、いつまでもつか。


アレクスがどう本音を引き出そうか思案していると、ノクスが割って入った。


「エルフィス、何かあるなら言ってくれ。可能な限り私も叶えてやりたい」


ノクスの問いかけに逡巡ののち、ようやくエルフィスは固く閉ざした口を開く。


「……ええっとですね、何と言ったらよろしいのでしょうか……おそらく、難しいと思いますので」


息子の助言でもうすぐあらわになる。

少女の秘めた、とんでもない本性が。


そう期待したアレクスは間を与えずに問う。


「難しい?貴族の我々にも叶わぬこととは、余計に興味がわくではないか。エルフィスさん、どうか聞かせておくれ」


アレクスは身構える。

貴族でも叶えられないこと。

国宝級の品。国中の金。あるいは王の席。

そんなでたらめな妄想をしているアレクスに向かって、エルフィスは恐るおそる、なぜか恥ずかしそうに言った。


「欲しいものといいますか……両親と兄に、お休みをとってもらいたいなぁ、と思っています」


「ん?」


思わずアレクスから間の抜けた声が漏れた。


両親と兄の休日?


予想外の回答にアレクスは言葉を窮していると、慌ててエルフィスがぴょこぴょこと何度も頭を下げる。


「あっ!全然関係ない答えですみません!うちは畜産農家なので、どうしても動物たちが心配になって休めないんです。両親や兄が丸1日休んでるところを見たことがないので、つい……休ませてあげたいな……と思いまして……」


早口で言い訳のように話し出していたが、徐々に声が小さくなっていくエルフィス。


アレクスは確信した。


この子はーー本物だ。

自分のような善人になろうと励んでいる人間とは違う。


自分よりも家族。

その精神は、まさしく己の理想。

スコルティシュ家が目指している姿である。


あれこれと考え、身構えていた自分が馬鹿に思え、アレクスは声高らかなにわざとらしく笑った。


「ハッハッハッハッ!エルフィスさん、あなたは素敵だ。今の瞬間まで疑っていた私を許してほしい」


「そんな!おやめください!領主様に頭を下げてもらうなど、わたしにはもったいないです!」


勢いよく椅子から立ち上がり、身振り手振りでこちらの謝罪を阻止しようとする少女。

それを愛でるような眼差しで見守る息子と妻。


アレクスは考える。

貴族であっても決して裕福とは言えない中、どうにかこうにかこれまで領地を治めてきた知略で、少女の願いを叶えてやれないかと。


ひとつ、閃いた。


「ノクスよ。エルフィスさんの願いを叶えるために、会社を立ち上げてみてはどうかな?ビジネスパートナーとなるのなら、他にも従業員を雇い、フェーブル牧場を全面的にバックアップするのもいい手だと思うのだが」


「……確かにそうですね。起業しようとは考えておりましたが、フェーブル牧場を基盤にし、従業員を雇う考えはありませんでした……さすが父上です」


ノクスは虚をつかれたように感心を示した。


「さすれば、エルフィスさんのご家族も休日を得られるだろう。どうかね、ノクス」


「はい。その方向で考えます」


「その際、まずはローレイを存分に働かせてかまわない。私たちがすぐにできるのは、うちの使用人を貸すことくらいなのだが、どうかね、イレナ?」


「もちろんですよ、あなた」


「ありがとうございます。父上、母上」


スコルティシュの名を持つ3人の会話は、エルフィスを置き去りにして進む。

あれよあれよとこれからの道筋が決まり、エルフィスは着いて行けずに目を回していた。

その姿に、みなが微笑んだ。


アレクスは想像する。

この少女が家族になってくれたら。

領地スコルティシュの安寧は確約される。

そんな気がした。


父は密かに、息子へ期待の視線を送った。

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