調査報告
自宅の自室にて、カリカリと書類を作成していたノクスは、最後の仕上げにサインをする。
「ローレイ。これを父上のもとへ」
書き終わった紙のインクが滲まぬように、ひらひらと乾かしながらノクスはそれを差し出す。
「承ります。主様の予定を確認し、おめ通りの調整をしてまいります」
みなまで言わなくとも、ローレイはノクスの言いたいことの先回りをし、優雅に部屋をあとにした。
静まり返った部屋で、ノクスはエルフィスのことを考えた。
エルフィスの貴族保証人になることでビジネスパートナーとして、共に歩を進められる。
遅かれ早かれ、エルフィスの能力は王都に蔓延ることになるだろう。現在フェーブル家の牛乳は、王都の下町に卸されているので、その牛乳が秘めた奇跡とも形容可能な効果はいずれ日の目を見る。
高位の貴族が本腰を入れてありとあらゆる手段にて調査されれば、きっと見つけ出される。
鑑定系・魔力を有するノクスほどの正確さと迅速さがなくとも、いずれエルフィスは見つかってしまうのだ。
そうなれば、彼女の意思など無碍にされるに決まっている。
自分が誰よりも先に見つけることができて、本当に良かった。
ここまで思考して、ふと疑問が湧いた。
自分は、どうしてホッとしているのかーー。
それは、成り上がるための手段を見つけたからか。
はたまた、王都の学友たちを見返せるチャンスを掴んだからか。
いや、エルフィスの意思を尊重できるからか。
どれが本音で、どれが建前か。
ノクスが自問自答していると扉がノックされ、思考が中断する。
「ノクス様。失礼いたします」
「早かったな、ローレイ。それで父上はなんと?」
「今からお会いできるそうです」
「わかった。すぐに向かおう」
父アレクス・スコルティシュの執務室にノクスは招かれた。父の専属使用人がお茶の用意だけすると、珍しく父は人払いした。室内には、父と息子の2人きりである。
「ノクス、調査結果は拝見したよ。短期間でよく原因を突き止めてくれたものだ。礼を言う」
「いいえ。父上の力になれて光栄です」
「私もノクスが王都で立派に成長してきてくれたことを誇りに思うよ」
賞賛にノクスは頭を下げて応えると、父はひとつ確認させてほしいと言ってから続けた。
「ここにある貴族保証人についてだが、本当にこれで良かったのかね?ビジネスパートナーではなく、家族として、もしくは人生のパートナーとして迎え入れなかった理由は何かね」
この質問をノクスは予め想定していた。先程、自室で自問自答していた内容に沿う部分でもあり、貴族目線でみれば甘い選択だ。
自分から見て、父上も貴族として甘い。
だからこそ、この質問の回答には納得してもらえる自信があった。
「報告書の注釈をご覧ください。回復系・祝福の暫定ではありますが効果と条件を記載しています」
父アレクスは、報告書の下部に視線を留める。
ーー使い手の想いの強さによって、回復量の上昇が見込めるーー
そう記していた。
「つまり、彼女が自由に思考し、本心から助けたいと思ってくれなければ効果は薄くなるので、まずは環境に配慮する必要があります。決して束縛や抑圧など、彼女にしてはならないと思う次第です」
「……なるほど。ノクスは、このエルフィス・フェーブルさんを大切にしようとしているのだね」
なぜそうなる。とノクスは一瞬思った。
それではまるで、俺がエルフィスを想っているような口ぶりではないか。
しかしまあ、今はそれでいい。
どうしたって父上の承諾を得られなければならないのだから、勘違いされようともかまわない。
「私では貴族保証人の制度を活用する考えは思いつかなかったろうね。素晴らしい決断だと賞賛するよ、ノクス」
そう父上は言って、朗らかに笑った。
ノクスはやや慌て気味に補足する。
「ビジネスとして成功すれば、スコルティシュ領の納税額が増します。この牛乳が強く逞しい体づくりの一翼を担えるとわかれば、王都の貴族や兵士たちはこぞって大金を払うことでしょう。さすれば、我が家の陞爵も時間の問題です」
「そうかい。まあ、その件はノクスに一任するよ」
そう軽い口調で父は言った。
父上よ。その生優しさを感じる目線はなんだ。
理路整然と話したにも関わらず、返答が淡白すぎることにノクスは不満を抱いた。
陞爵に意欲を感じられない。
だから万年最下級貴族なのだ。
意見したいことはあるし、内心を問いただしたいところではあるけれど、ノクスは渋々感謝を告げるにとどめた。
「……ありがとうございます」
「ノクス、今度エルフィスさんを連れておいで。1度、私も会ってみたい」
「わかりました。父上の都合に合わせますので、日程の候補をいただけますか?」
「いや、彼女の都合でかまわないよ。農家の仕事は時間との戦いでもあるだろうし、かえって私にはラーグがいるから時間に融通が効く」
「……承知しました。エルフィスに確認し、後日お伝えに上がります」
「あぁ。よろしく頼むよ、ノクス」
領主代行が庶民に合わせるなど、やはり父上は甘い。この人の中に、威厳という言葉は存在しないらしい。
そこが民に愛されている理由のひとつだと、ノクスも理解はしているが釈然としない。
それでも領主ではなく、父親としてみれば、好感の塊のような人である。




