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わたしの力

母と話をして安心したエルフィスは、気絶したかのように眠りについた。


目が覚めると太陽は真上にあった。

いけない!と慌てて身支度をする。

その途中、前回ノクスレインとの会話が、ふと頭をよぎった。


『化粧くらいしたらどうだ?』


人の顔を覗き込んで、そんな嫌味な言い方しなくたっていいのに。

あの時は動物たちを理由に、化粧していないと言い張ったが今日はお休みである。

また嫌味を言われないためにも、今日は少しくらいするべきだろうと思ったの、だが。


「いやいやいや!なんか負けたみたいでイヤ!そもそも貴族だからって偉そうだし、ってまあ、実際偉いんだけど、顔がいいからって何でも言っていいわけじゃないし!それに、女子に対して匂いがどうのって!やっぱり同い年の男子はみな同じよ!」


エルフィスにとって初等教育時代の同級生男子のいじりは、未だに根が深い。

おかげで自分が動物たちと触れ合うことが遅れたし、あんなにも可愛い子たちを食わず嫌いのように避けていた。

ちなみに王都で働いていた時の男たちは、みな年上だったからだろうか、なんだかんだ大丈夫だった。


以前ノクスレインは初対面にして、エルフィスの唯一の地雷を踏んだのだ。匂いの話でカチンときて、お世話になっている領主様の子息だから咄嗟に謝ったが、思い返してみれば苛立ちは鮮明に蘇る。

不敬罪に当たらないとわかった今だからこそ、余計に憤りを抑えられなかった。


ガチャッと、私室の扉があいた。


「わっ!ビックリした!って、お母さんか」


「エル、何ひとりで騒いでるの?あんた、今日はずいぶんと騒がしいわね」


「騒ぎたくて騒いでるわけじゃないよ!なんか用なの?」


ニヤリと笑う母に、エルフィスはふくれっ面で答えた。大きな独語が聞かれていたのではと、羞恥から怒っているふりをした。


「せっかく起こしにきてあげたのに。お昼の準備、できたわよ」


ぐぅー。と腹の虫が鳴いた。

昨晩から何も食べていないので体は正直だ。


「……すぐいく」


「はいはい、待ってるわよー」


ひらひらと陽気に手を振って母は扉をとじた。

やはり母には何でも見透かされている。


「……やっぱり化粧はしない」


エルフィスは髪をひとつに束ね、いつも通りを貫いた。





「先日は、すまなかった。女性に対して失礼な発言だったと学んだ」


あれだけ息巻いていたのに、エルフィスは再会して早々拍子抜けした。

怒っていた自分が恥ずかしくなるほど、ノクスレインは深く腰を折り、誠意のこもった謝罪をしてきたのだ。


約束の時間までダイニングテーブルでそわそわしながら待っていたら、扉がノックされ、開ければこのざまである。


「こちらこそ申し訳ありませんでした!ノクスレイン様、お顔をお上げください!」


やや呆気にとられてから、エルフィスは慌てて声を発した。


ノクスレインは白みがかったさらさらで眩い金髪を揺らして、ゆっくりと頭を上げ、エルフィスの目をしっさり見定めた。


虹色の瞳。

中に妖精が住んでいるかのように、ひらり、きらり、と色を変え、揺れ動く。

何度見ても、神秘的で綺麗すぎる双眸に、エルフィスは再び呆けてしまう。


ううん、とノクスレインは咳払いをして、目線をわざとらしく逸らす。


「あまり見つめられると……気恥しいのだが」


「あっ!すみません。いつ見ても美しくて、つい」


「君は……少し自重するべきだ」


傍目から見てノクスレインの表情は変わっていないし、決して笑ってはいないのだが、エルフィスには柔らかい雰囲気をまとった気がした。


前回とは人が変わったように優しげで、対応に困ってしまったエルフィスは、もごもごしながら答える。


「……えっと、思ったことが口から出るのは、わたしの悪いところ……といいますか、なんといいますか……すみません」


「そうか……こちらこそ、すまない」


互いに謝り倒し、沈黙が流れた。

モー。と牧場の方から牛の鳴き声だけが、その場に鳴り響く。


話が一向に先へ進まないと判断したのか、ノクスレインの後ろに控えていた使用人のローレイが1歩前に出た。


「エルフィスさん、お久しぶりです。上がらせていただいてもよろしいですか?」


「あっ!はい!もちろんです!今、お茶をお出しします!」


「大丈夫ですよ。わたくしにお任せ下さい。お台所、お借りします」


すると、ローレイは我が家の戸棚にあるお茶を迷わず引き出すと、慣れた手つきで準備を始める。


なぜ、うちの台所の配置がわかるのか。

エルフィスは謎に感じていたが、きっと優秀な方には初見でもわかるのだろうと勝手に納得する。


「ノクスレイン様、こちらへどうぞ」


ぼうっと、突っ立っていたエルフィスは慌ててノクスレインをテーブル席に案内した。


向かい合わせで座り、あのう、とエルフィスが尋ねようとした時だった。


「エルフィスと呼ばせてもらってかまわないか?」


そうノクスレインが聞いた。


「も、もちろんです」


「助かる。早速で悪いが、本題に入らせてもらうーー」


先程までの柔らかい雰囲気が少し引き締まったのを、彼から感じた。

プライベートから仕事の表情になったように思えた。


「ーーエルフィス、君のことを調べさせてもらった」


「えっ?わ、わたしをですか?どど、どうして?」


不敬罪、もしくは何か他に悪いことをしたのか。

即座にぐるぐると思考してみるが、思い当たることはやはり不敬罪だ。

けれど、母は違うと言っていた。

見るからに混乱し始めたエルフィスをなだめるように、ノクスレインはやや強めの口調で言う。


「落ち着け。長くなるが順を追って説明する」


それからノクスレインは、淡々と順序だててエルフィスへ伝えた。


ノクスレインの母イレナ・スコルティシュが、未知の病にかかり歩くのも困難になっていたこと。

しかし病が数日前に治り、その調査をローレイが開始すると捜査線上にエルフィスが浮上したこと。


ノクスレインの瞳について。

つまり鑑定系・魔力の魔法について。

それを駆使して、エルフィスが回復系・祝福の魔法使いであると判別したこと。


その一連の話を聞いて、エルフィスは彼の虹色の瞳の理由を知り『凄い!』と関心を示したり。


己の魔力の真実を知り『わたしにそんな力が!?』と目を見開いたり。


表情豊かで大忙しだったのを、ノクスレインが穏やかに眺めていた。


話を聞きながら、エルフィスは考えた。

ノクスレインという同い年の少年は、どこかかつての同級生とは違う気がする。

それはもちろん、当時の同級生は前世の小学生の年齢で、目の前のノクスレインは18歳の大人であるから違って当たり前だ。

それでも落ち着き払った感じは、前職場の先輩や上司に通づるところがあるようで、何だか話をしていて楽だった。というよりも、苦手意識を抱くことはなかったと言うべきか。初対面のときこそ、怒り心頭ではあったのだが。


安心するというか、なんというか。

いやいや。庶民と貴族様を同列に考えてしまっては失礼だ。


脳内であれこれひとり議論をしていると、ノクスレインが前髪をかきあげた。

やはりこの人は貴族だ。別世界の人だ。

大変な美形だし、仕草が様になっている。

自分が共感できるような相手ではない。


「ところで、昨夜世話をしていたニワトリはどうなった?」


「え……なんでそのことを知ってるんですか?」


「俺のことはどうでもよい。病気だったのだろう?どうなったんだ?」


「えぇっと……今朝、治りました」


「そうか。それが君の力だ」


「……わたしの力……ですか」


どういう意味だろう。

自分の力とは、やはり回復魔力のことだろうか?

いや、魔力はあっても魔法にならないのは、長年の生活で理解している。

でも、先程ノクスレインは回復系・祝福?の魔法使いであると言い切った。

だが、こればかりはどうしたって信じられない。

実感がまるっきりないのだから。


首を傾げているエルフィスに、ノクスレインは頷いてからゆっくり口を開く。


「エルフィスの魔力は、俺と同じで己の意思に反して常に漏れ出ている。無自覚に魔法を放っているのだ。しかしながら、それが牛乳にまで影響を与えるとは思えん。実際、君が世話をした牛の牛乳からは魔力を観測できなかった。だが、昨夜のニワトリは助かった。生物には干渉でき、物には影響を及ぼさないと考えるのが自然だが、当の本人はどう思う?」


どうと言われても……。

長らく話を聞いていて、魔法に関しては絶対的にノクスレインの方が詳しいとわかる。

それに王都の回復塔にまで行って治らなかった病が、自分のような素人に治せるとは思えない。

そう素直に伝えようとしたが、眼前の少年は真剣に悩んでいる。

ならば、わからなくとも共に考えねば失礼だと、エルフィスは質問してみることにした。


「あのう、お母様はどのような症状で悩まされていたのですか?」


「足や腕を軽くぶつけただけで激痛に見舞われたり、歩行にすら痛みを感じていた」


ん?

エルフィスは首を捻った。

その症状、どこかで聞き覚えがある。

記憶の回想が前世まで遡ると、介護施設で働いていた時の一幕が想起された。

歳を重ねるにつれ、特に女性が悩まされる。

早い人は40歳前後から発症していた。


「あっ。骨粗鬆症ですね」


「こつ、そ、そうそ?」


聞きなれない言葉に、ノクスレインは眉をしかめた。


ヤバイ。

つい、また思ったことが口から漏れた。

エルフィスは必死になって誤魔化す。


「あー、えっとですね。年齢を重ねると骨密度が低下してしまいましてーー」


「骨密度?何だそれは」


これまた失態。

この世界には魔法という超常の力があるため、医学が目覚しく発展していない。

骨折や打撲。みたいなのを治せる回復魔法師がいても、骨粗鬆症のようなピンポイントで専門的なものはきっといないのだ。

ましてや骨密度を上げる。なんて魔法も、きっとないのだろう。

仮にあっても誰もその意味を理解できない。


「えぇっと、あー……加齢とかホルモンバランスの乱れでーー」


「ホルモン、バランス?聞いたことのない言葉だ。エルフィス、おまえ、詳しいな。どこでその知識を学んだ?」


話せば話すほど墓穴を掘っていく始末に、エルフィスは項垂れながらも脳みそを回転させる。


「巷?市井?ではままある話なので……」


嘘ではない。ただし『前世の』という前置きは差し引いた。


「……そうか。庶民の間では有名……なるほど、貴族間だけでは足りないこともあるのか。それはそうだな、人類のほとんどが庶民なのだからな」


ノクスレインが庶民との関わりが薄く、勝手に理解を示してくれる人で助かった。

エルフィスは悟られないように小さくふぅ、と息をつく。


再度、冷静になって考えてみる。

自分の回復系・祝福という魔法は、ノクスレイン曰く『使い手の願いの分だけ対象に恩恵を与える』らしいがーーわたしはいつも何を思って牛さんたちのお世話をしていたか。


元気いっぱい健康でいてね。

栄養満点のお乳をお願いね。

などなど。


なるほどなるほど。

自己完結してエルフィスが辿り着いた回答は、『カルシウムが豊富な牛乳』であった。


牛乳などの物には、付与系の魔法でないと意味を成さないので、考えうる先はカルシウムである。

これなら骨粗鬆症で失われた骨密度を補うことが可能だ。


魔法という力で強化された牛が生み出す乳は、通常のものと一線を画す。


栄養が豊富すぎても悪影響、みたいな事案がないとこをエルフィスは切に願った。

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