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一難去ってまた一難

牧場の隅にある倉庫には、鳥インフルエンザに感染したと思われるニワトリたちが隔離されている。

エルフィスは弱りきった彼らの最期を見届けるため、夜通し世話をし続けた。


自分が彼らにしてあげられることをやりきりたい。

たいしたことはもうできなくとも、せめて傍にいたい。


そう強い意志を携えていたが、さすがに日夜働き続ければ疲労はピークを迎える。

スコルティシュ領の冬は極寒なので、寒さ対策として炎の魔石を暖房代わりに置いて倉庫を温め、厚着してニワトリに寄り添っていたのだが、気づけばうつらうつらしてしまっていた。


朝日が昇る。

エルフィスは眠気からガクッと頭を傾けた。


いけないいけない。

自分を鼓舞するため首を左右に振ったときだった。


咆哮。

甲高い鳥の鳴き声。

すぐそばにいたニワトリが鳴いた。


「わっ!ビックリした……え?えぇ!?」


エルフィスは驚きに目を見開いた。

ニワトリの鳴き声が大きかっただけではない。

昨日まで、いや、昨晩まで弱りきっていて鳴くこともままならなかったニワトリが、大きな声で朝日を報せたのだ。


「ニワトリさん!大丈夫なの?元気になったの?」


鳴いたニワトリを持ち上げて矯めつ眇めつ眺める。


顔の腫れが引いている。

鶏冠の色は鮮やかな赤。


さらに他の2羽は、水を飲み、エサを食べていた。


「うそ……みんな元気になってる……」


それから入念に違和感を探った。

ぐるりと歩き回って、ニワトリたちを全方位から観察する。

何がどうとかではなく、自分の中で重たい靄がかかるような感覚はーーどこにもない。


じんわりと目に涙が浮かんだ。


もうダメかと思っていたからなおのこと嬉しくて。

信じられないけど信じたい。


どう表現したらいいかわからなくなって、とにもかくにもエルフィスは大声を上げて飛び跳ねた。


「やった!やったー!みんな良かったね!治ったんだね!」


すると、ニワトリたちも歓喜するように各々鳴き声を上げ、羽をバタバタとはためかせた。


ギャーギャー、ワーワー、まるで昼休みの校庭のように騒がしかった。


「エルー!どうしたの?何騒いでんの?」


倉庫の扉の向こうから、母ユリスの声が届いた。

エルフィスは急いで扉を開けると、朝日が眩しくて一瞬目を細めるが、母の顔を見てまた目を見開く。その瞳は輝きに満ちていた。


「お母さん、聞いて!ニワトリさんたちが、みんな元気になったの!凄いよ!みんな治っちゃったんだよ!」


「……ほんとなの?」


「本当だよ!ほら、見てよ!」


朝からハイテンションの娘に気圧されながらも、ユリスは素早く倉庫を覗く。

元気に動き回るニワトリが3羽。

どの子も確かに健全に見える。


「どうお母さん?みんな頑張って病に勝ったんだよ!凄いでしょ?」


エルフィスは嬉々として同意を求めたのだが、振り返った母はなにやら少し浮かない表情。ハキハキしていて常にまっすぐ思いを伝えてくれる母なのに、何かを言いづらそうにしているように見えた。


「……どうしたの、お母さん……嬉しくないの?」


「エル。朝ご飯にしましょう。話したいこともあるの。その子たちをみんなのところに戻してきて」


「……うん、わかった」


「その前にお風呂に入りなさい。あんた、鳥臭いわよ」


「……はい」


夜通し世話をし、ひとしきりはしゃいだので確かにお腹は空いていた。

だが、母の話とやらが気になってそれどころじゃない。

いったいどんな話をされるのか。


もしかして……また仕事をクビに……。


まだそうと確定したわけではないのに、エルフィスは背中を丸めしょんぼりと項垂れそうになりながら、ニワトリたちをみんなのところへ戻しに行った。





「お母さん……話ってなに?」


お風呂に入り体はスッキリしたが、眠気と不安から冴えない面持ちでエルフィスはリビングにやってきた。


「あんた、今日はお休みね」


「えっ……なんで?」


やっぱり、クビ?


エルフィスの脳内を駆け巡る。

さすがに家の仕事をクビにされては、これからの未来がまるで見えなくなる。


どうしよう、どうしよう。と動揺が表情に現れていたのか、母は微笑を浮かべた。


「ごめん、エル。言い方が悪かったわね。午後からあんたにお客さんがくるから、今日1日はお休みしなさいってこと。ほとんど寝てないんでしょ?」


よかった。クビじゃない。

エルフィスはひとまず安堵する。

だが、甘えることはしたくないので休むつもりはない。


「そうだけど……お客さんくるまでもそうだし、帰ってからも働けるからだいじょーー」


「ダメよ!ニワトリが元気になったのに、あんたが体壊したら元も子もないわ。それにそんなくまの酷い顔じゃ、お客さんに失礼になるから昼前までは寝なさい。いいわね?」


母にビシッと指を差され、エルフィスは『はい』と反射的に頷いた。

すべてを見透かしているような母の凛とした姿に、従わざるを得なかったが、それと同時に安心もした。

これでゆっくり寝られる。ニワトリたちを気にかけることもなくなった。


ふと、思った。

母、父、兄たちは、ちゃんと休めているのだろうか。

夜は休んでいるけれど、丸一日休みをとったのはどれくらい前になるのだろう。

自分が実家に戻って2週間弱だが、誰も休みをとっている日はないのだ。


「そうそう。エルにお客さんなんだけどーー」


母は思い出したかのように軽い口調で切り出した。

エルフィスはまたクビになるのでは、という心配事が脳を支配していたので、母から言われなければすっかり失念していた。

それにお客さんといったら、直売所に買いに来る村の人、程度に考えていた。


「ーーノクスレイン様がくるわよ」


「…………ええぇぇ!」


まったく予想していなかった人で、かつ貴族様。

驚くのも無理はないが、自分に用件と言えば……。

思い出しただけで、自然と肩に力が入った。


「……お母さん、もしかして……わたし、不敬罪?」


ぷぷっ。と母に笑われた。


思い当たることは以前お会いした時に、怒りのあまり強い口調になってしまったこと。

それ以外に自分と貴族様の間に、何の繋がりがあろうか。


「ねぇ、お母さん。何で笑うの?わたしのせいで、大変なことになっちゃったんじゃないの?」


「いやぁ、私たちやっぱり親子だなぁ、と思ってね」


「親子じゃなかったら困るし、話逸らさないでよ!」


意地の悪い態度をとられ、エルフィスはややふくれっ面になるが『そうだね』と、母は優しい笑みを湛えてから真剣な面持ちに変わった。


「ご本人から直接聞いてちょうだい。悪い話ではないけれど、どうするかはエルが決めて。私たちはあなたの判断を尊重するわ」


何の話なのかさっぱりわからないが、母の包み込むような懐の深さに安らぎ、エルフィスから不思議と気負いがなくなった。

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