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友人との晩餐

ノクスレインたちはスミヨフ工房から馬車で移動を開始した。

この後は、昨日使用人に渡した手紙の相手に会いに行く。先方がこの時間を指定してきたので、これから向かうのだ。


馬車の中では、ローレイが少し困り顔を浮かべていた。


「ノクス様。スミヨフ工房の方々とあのようなお約束をされて良かったのですか?」


ローレイが気にかけているのは、エルフィスの身を1番に考えるという約束をしてしまったこと。

これからの活動の足枷にならないか危惧していた。


「問題ない」


「ヴェライズさんは虚偽を見破る魔法を発動させていたのですよね?失礼ですが、ノクス様がした口約束は嘘ではないと?」


金のにおいがすると言っていたノクスレインが、エルフィスの身を1番に案じてくれるとは到底思えない。

身内ではあるが、ノクスレインがそこまで生優しい人間ではないとローレイは理解している。

だからこそ、嘘の魔法に反応しなかったのが不思議でならないのだ。


「嘘ではない。なにも俺が彼女を1番に思うとは言っていない。スコルティシュ家の誰かがそうすればいい。例えば兄上ならそう思ってくれると、あの瞬間本気で思ったからな」


「なるほど……ノクス様は『家で囲う』『家運を賭ける』といいました。確かにアレクス様がそのようにおっしゃってましたが、ラーグ様がそう思われる根拠は何ですか?」


問われてノクスレインは、窓の外に目を向けた。昔から恥ずかしい時に視線を逸らす彼の癖だ。


「かつて兄上に聞いてみたんだ。どんな女性が好みかとーー」


兄弟で色恋の類の会話をしていただなんて、ローレイは素直に驚いた。陰でそのようなことを話していると知られるから、ノクスレインは恥ずかしがった。

なんともまぁ、我が君はまだまだ初々しい。


「ーー裏表のない明るい女性……と言っていた」


それはまさにエルフィス・フェーブルそのものだ。


ラーグルスも王都で3年間の高等教育生活を送ったことがある。きっとそこで貴族女性の嫌な面を見続け、理想の女性がそうなったのだろう。


「そうですか。つまり、ノクス様はエルフィスさんをラーグ様の妻にするおつもりで?」


「あの時はそう考えた」


その場だけ本気でそう思えるということは、他の思考を持たないということ。なんと器用な頭脳をしているのだと感心するも、恋の話は不器用でぶっきらぼう。

彼のちぐはぐさに、ローレイは耐えられず噴き出した。


「ローレイ!何がおかしい!」


「失敬。兄想いの弟に感激してしまいました」


「やかましい!25にもなって未婚の兄上が悪い。そもそも父上が甘いから我が家は万年下級貴族なのだ……まったく」


兄のラーグルスは25歳で未婚である。貴族男性は20歳を前に婚約者を決めるのが当たり前だが、父のアレクスは好きな相手と結婚しなさいと、自由結婚を方針にしている。

親として、人としてはとても良心的だが、貴族としては甘い。

だから万年最下級の男爵に甘んじているのだとノクスレインは思っている。

その甘さを補うのが自分で、今その権利を任されているのも自分だ。

ローレイはそういったノクスレインの考え方を理解しているからこそ、盛大に笑ってしまったのだ。


「そうですね。それなら政略結婚ではありませんし、お見合い?とでも言えばいいのでしょうかね」


「俺には陞爵がすべてだ。エルフィスはそのために活用する。勘違いするなよ、ローレイ」


「承知しております」


完全にへそを曲げてしまった家族想いの主に、ローレイは生暖かい眼差しを送り続けた。





王都の貴族街、その中でも大きめな屋敷の前で馬車が停車した。

清潔感のある白を基調とした洋館。

ノクスレインは使用人の2人と別れ、門兵に手紙を見せてから許可を得て玄関へ向かうと、出迎えの執事の案内に従う。

何度も訪問しているので案内など不要なのだが、貴族とは面倒事を好むし、体裁を気にする。


「スコルティシュ様、どうぞ。中でお坊ちゃまがお待ちです」


「案内ご苦労」


「ごゆっくりお寛ぎください」


扉の先では、友人のレオグリフ・ドゥレーラが満面の笑みで待っていた。


「やぁやぁやぁやぁ、我が親友ノックンよ!手紙をもらって嬉しいなぁと思ったら、急に会いたいだなんて一体全体どうしたんだーい?!」


「話があると書いたはずだが。それにしても相も変わらずうるさいぞ、レオ」


「前回会ってから1週とあいていないんだ!大人しくなるほど性格が変わるわけないだろぉ?にしても、あれだね。ノックンは実家に帰ったのではなかったのー?」


「帰ったさ。急用でまた王都にきただけだ」


会って早々騒がしい少年は、ノクスレインが高等教育の場で出会った学友だ。

初対面の時から今のようなテンションだったので、第一印象としては絶対に関わりたくない奴、であった。

しかし、レオグリフは誰にでも同じ態度で接していた。爵位や性別に関係なく、同い年であればみな対等といわんばかりに一貫性があった。

ノクスレインは、こういう奴なんだな。と思えた時から、レオグリフとまともに話をすふようになり、互いに魔法好きとわかると一気に交友を深めた。


「そうかそうか!ボクと会うのが急用だなんて、ノックンも寂しがり屋さんだなー、もう。でもだいじょーぶ!ぼくと君の友情は、時間で色あせたりしないよ!遠く離れていようとも同じことさ!」


「もう黙れ。今日は回復系・祝福について、レオの知り得ている情報を聞きたくてな」


「あら、ずいぶんと珍しい魔法に興味を持ったね。その魔法を使う人が領地にでもいたのー?」


レオグリフは鋭い。馬鹿を演じる天才とでも言うべきだが、それはノクスレインにとって不本意である。魔法についてどちらが詳しいとか比べるつもりはないが、負けているとも思っていない。

互いに膨大な知識があるからこそ調和がとれ、切磋琢磨してこれたと感じている。


「そんなところだ。上手く利用できると思っているのだが、不確定要素が多すぎてな」


「まぁ、ぼくが知っているのは、祈りの要素の方が強いって印象があるってことくらいかなー」


「ほお。それはどこで知った?」


「家の情報網だね。ねぇねぇー!ご飯の準備していいよー!」


レオグリフは話の途中で、扉に向かって大声を出した。

食べながら話そうということだろうが、家の情報網という部分を隠そうとしたようにも思えた。

なにせドゥレーラ家は伯爵の位を賜っている、王都有数の成り上がりの一族だ。

庶民だった初代当主が男爵位を、2代目で子爵、現3代目で伯爵と、飛ぶ鳥を落とす勢いで王都の話題をさらっている。

目の前のレオグリフが4代目となったあかつきには、侯爵になるのではとノクスレインはひそかに期待していた。


ドゥレーラ伯爵家は付与系魔法の家系で、洗浄や殺菌などの清潔の類が多く、フェーブル家で扱っている牛乳や卵の殺菌もドゥレーラ伯爵家の品を愛用している。


初代は今まで食べられないとされていた卵を安全に食せるようにしたことで、王都全体の食生活を大きく向上させた。


2代目はその技術を衣類に生かした。

貴族は汚れてしまった衣装はもちろん、数回着ただけで捨てるのが当たり前で、ドゥレーラ家がそれらを安く買い取って綺麗にする。つまりはクリーニング事業を始めた。

その綺麗になった衣装を、今度は庶民におろす。庶民には高価で手の届かないはずの逸品が、中古とはいえ安く買えると好評だった。エルフィスの前世でいうリサイクルショップである。

もったいないの精神を国王は好ましく思った。王都全体にその精神は芽吹き、経済が活性化した。


初代と2代目の功績はどれも庶民への貢献度がとても高かったので、トントン拍子に位を授かったのだ。


そして現3代目は、王都のみならずトルカティーナ王国全体へと普及させた。王都のみならず地方の活性化をはかったことにより伯爵位にまで昇りつめた。

王国始まって以来の大出世。

ノクスレインにとってはこれ以上のお手本はない。

だからレオグリフを慕っているわけではないが、国全域で活躍するドゥレーラ一族の情報力に頼りたかったのは事実だ。


豪華なディナーをいただきながら、ノクスレインとレオグリフは魔法について語る。


「さっきさぁ、祝福は祈りの要素が強いって教えたけど、ノックンはどう解釈したー?」


「祈ることにより幸福をもたらすのが祈りなのだから、魔力量によって良い報せ、つまり福音の度合いが変わるのではないか?」


「それって、まんま中間じゃないの?ボクの言った強いって要素がないよー」


「そんなことはない。祈りはあくまでも魔法使い側の考える幸せで、福音は受け手の幸せだ。祝福はどちらにとっても幸せとなりえる上位互換だと思うがな」


「ぶーぶー。ドゥレーラ家で持ち寄った情報をまるで無視してくれちゃってー」


「なら、レオはどう考えているんだ?」


「ボクはねーー」


レオグリフはおもむろに立ち上がった。礼儀作法などお構いなしに、持っていたフォークとナイフを投げ捨てるようにして立ち上がる。

両手を左胸に押し当てて、レオグリフは大切な人を想うようなうっとりとした表情を作った。


「ーーまごころ、だよ」


「……まごころ?なんだその胡散臭い言葉は」


「カチカチカッチーン!胡散臭くなんかないやい!まごころは大事だよ?!ノックンにはないの?まごころってものが」


「……意味がわからんな」


レオグリフは静かに座り直した。

またフォークとナイフを握りしめ、何食わぬ顔で食事に手を伸ばし、口いっぱいに肉を頬張りながら話し出す。


「ぼぐはにぇ。つかぁいての、まごごろぉがー、どへくらぁいこぉめたはで、がわるんだぁとおもっへるよぉ」


「全然聞き取れん。食べ終わってから話せ」


「…………だからねー、ボクは使い手がまごころを込めた分だけ、効果が変わるんじゃないかと思ってるんだよねー」


「想いの強さで効果が増すと?馬鹿馬鹿しいな」


「ひどーい!真剣に考えたよ!ボクのまごころを返せー!」


鼻で笑ってノクスレインは食事を再開する。

肉を一口サイズに切って、口に含む。噛めば噛むほどじわじわと旨みが口内を支配していく。

ドゥレーラ家で出てくる肉はいつだってうまい。

もう1度肉を切って口に入れる寸前で、ノクスレインは止まった。


噛めば噛むほどうまい。

想えば想うほど強くなる。

もしかして……。


「レオよ。これまで観測されている祝福の使い手は、そのすべてが魔力総量1だったという事実を知っているか?」


「もちろん知ってるー。最低ランクの1しかいないだなんて、極めて異例だもんねー」


「想いの強さで魔力総量が変わるとしたら?」


「……あー、なるほどー。ノックンは効果ではなく総量が変わると考えたのか……。って、どっちも同じじゃない?だって、祈りと福音のどちらも幸せ!が実現して、使い手の更なる想いで効果倍増!って凄くない?」


「たしかに、それなら万人に対応できる最高の回復魔法といえるな」


まさか、と内心で思いながらも、ノクスレインはその可能性を捨てることはできなかった。


「でもでもでもさー、それだったとしたら、使い手が真摯じゃないと成り立たないねー。もしノックンだったら宝の持ち腐れだね。ハハハッ」


「勝手に失礼を振り回して笑うな」


「ごめんごめん。まごころの意味すらわからないノックンには無理だねー」


「まったくフォローになってないのだが」


ノクスレインは盛大にため息を吐いた。

無礼千万にもほどがあるが、レオグリフに言われるとそこまで嫌味に思えないのはなぜだろう。

これが仁徳というものなのだろうと、ノクスレインは羨ましくも呆れて少し笑った。


それから約1時間。

友人との会話を楽しんだノクスレインは、ドゥレーラ家をあとにする。

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