表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/38

身辺調査

フェーブル家の牧場を訪れた翌朝。

ノクスレインは早朝から使用人のローレイと馬車に揺られていた。

行先は王都だ。

つい先日帰ってきたばかりで、また王都へ行く用事ができるとは予想外だったが、気持ちはかなり高ぶっていた。

それは、エルフィス・フェーブルという少女から嗅ぎとった金のにおい。

万年下級貴族であるスコルティシュ男爵家を、子爵へと押し上げるための試金石に、心が踊っていた。


夕暮れ前にようやく王都へ到着すると、まずはローレイを商業ギルドで降ろした。


「ではノクス様。行って参ります」


「ああ。単独ですまないが、調査を頼む」


「とんでもございません。しかと努めます」


彼らはエルフィスの経歴を洗うことにした。

その理由は、少しでも回復系・祝福について知り、今後の利用価値を最大限に見いだすためである。


ローレイは身辺調査へ。


ノクスレインは馬車を操るもうひとりの使用人と共に、王立図書館へ向かった。




彼が図書館に来たのは、魔法に関する書物で確認したいことがあったからだ。もちろん、回復系・祝福についてである。

ここ王立図書館は王家が運営しているだけあって、古い書物から希少なものまで、ありとあらゆるジャンルのものを貯蔵している。

身分が保証されている者は誰でも閲覧できるので、地方の下級貴族であっても、簡単に閲覧許可が下りる。


ノクスレインは高等教育を受けている間、かなりの頻度でここに通っていた。知識を蓄えて己の鑑定系・魔力の力を存分に活かすために始めたことで、決して友達がいなかったからではない。信頼のおける人や自分より身分の低い者に対しては無愛想だが、断じて非常識ではないと本人は心得ている。まあ、その常識はエルフィスのような庶民には通用しなかったのだが。


ノクスレインは図書館の前で、もうひとりの使用人に手紙を渡す。


「これを届けてきてくれ。返事はすぐにもらうように」


「かしこまりました。閉館の時間にお迎えにあがります」


使用人はすぐに馬車で別へ向かった。


ひとりになったノクスレインは図書館の警備兵に身分証を差し出し、許可を得て中へ入る。

ここの警備体制は万全だ。王城勤務の騎士が交代制で見張っているのだから。

よって、ローレイを含めた使用人は、ノクスレインをひとりでも安心してここへ送り出せた。


茶色を基調とした木目の麗しい館内は、どこまで見上げても本で埋め尽くされた巨大ホール。1冊1冊は小さくとも何万冊も連なれば、それはもう要塞のごとき迫力となり、初めて訪れた者は度肝を抜かれるだろう。


ノクスレインは迷わず魔法関係のコーナーへ向かい、1冊の分厚い本を手に取る。


本のタイトルは『魔力色』


この本は100年ほど前に執筆されたもので、著者はノクスレインと同じ鑑定系・魔力の持ち主であった。長い歴史上、その魔法を扱えたのは、本の著者とノクスレインのみ。埋もれてしまった才能もあったのだろうが、ノクスレインは決してそうはなりたくない。


そもそも魔法とは、目に見えるようになった状態のことを言うが、魔力とはその前段階の内在するエネルギーなので目には見えない。

したがって、当時この本が書いた著者は、周囲にそうとう馬鹿にされたらしい。

無理もない。一般には見えないものを見えると言い張り、本人にしかわからないことをつらつらと記しているのだから。


出版数が少なく、無碍にされた本でもこの図書館では扱っている。希少なものは基本貸出禁止なので、この本も該当した。

この本を見つけた瞬間に、ノクスレインは図書館に通うこととなったのだ。

なにせ、魔法は観測されているだけで10万種以上。さすがにそのすべては到底無理だが、著者は目にしてきたものを可能な限りここへ残している。

この本を欲するのは、ノクスレインただひとりかもしれないが、それがどれだけ有難く偉大なことか。彼が虜になるのは無理もない。


魔法の種類、効果、色。

図鑑のような形式で大量に書かれているのを、学生時代のノクスレインはすべて覚えようとしていた。

彼は頭のいい方であるが、1万近く記載されている魔法の内容のすべてはさすがに網羅できていない。覚えても忘れることもあるし、日常で触れる機会の少ないものは、やはり忘れる。


今回は忘れたものを思い出すために閲覧しにきたのではなく、どうしても気になることがあったので確認にきた。


ノクスレインは自分の価値について、よく理解している。鑑定系・魔力は相手の隠したい能力を知ることができるのだから、末恐ろしい魔法だが、もちろん万能ではない。ゲームのようにカーソルや吹き出しが表れて、この人は顕現系魔法使いですよ。などと教えてくれるわけではない。あくまでも色が見えるだけ。表現可能な色なんて魔法ほど多いわけがないのだ。


例えば、顕現系・火は赤色だ。回復系・火傷も同じ赤色で、系統の違うもの同士で同じ色であることはままある。赤と朱色は違うし、青と紺も違う。

微妙な色の差異に気づき、なおかつ膨大な魔法の知識が必須になるので、活かすには弛まぬ努力が必要である。


今回ノクスレインが気になったのは、エルフィスの回復系・祝福の色合いについてだ。

エルフィスの魔力は黄と緑が混じり合わず、共存しているように映った。決して黄緑色ではなかった。


幸福をもたらすとされている回復系魔法で緑色の『祈り』と、良い知らせを授ける黄色の『福音』の、中間に位置するのが祝福ではないかと、以前ローレイに説明した。

だが魔力の2色持ちは、かつて在学中に数人見たことがあるが、いずれも高位貴族だったことを思い出した。

果たして、2色持ちは中間と言えるのか。その真偽を確認したかった。


貴重な本を傷つけないよう真新しい白い手袋をはめて、ページをゆっくりめくっていく。


まずは、回復系・祝福のページへ。


系統ーー回復

派生ーー祝福

色ーー黄・緑の2色(黄緑ではない)

効果ーー不確定

備考ーー出会った回復系・祝福使いは、みな魔力総量1であった。


改めて内容を確認すると、備考に記載があったことに驚いた。目を通して覚えたつもりでいたのだと、己の落ち度に軽くため息が出る。


エルフィスも魔力総量は1なので、やはり祝福で違いない。


それからまたページをめくり、所々で手が止まり、すべてを見終える前に、ノクスレインは本を閉じた。


彼が手を止めたページは系統に関わらず、すべて2色の魔法の概要。

それらの元になる1色ずつの魔法を各々確かめ、ノクスレインは頭を抱えた。


「なぜこんな簡単なことに気がつかなかった……中間なんかではない。上位互換だな」


そう確信した。

2色の魔法は、各1色ずつの特徴の中間ではなく、2つを足した効果になる。


「だが、魔力総量1というのがわからんな」


例えば、祈りの魔力総量10の者と、祝福の1では上位になり得るとは思えない。

ましてや、エルフィスは常時発動型の特異体質。


「仕方がない。これ以上は、直接触れてみるしかないな」


閉館のチャイムが鳴り、ノクスレインは図書館を後にした。




外ではすでにローレイともうひとりの使用人が馬車を停めて待機していた。


「おかえりなさいませ、ノクス様」


ローレイに促され、ノクスレインは馬車に乗り込み、扉が閉まるとまもなく走り出す。

今後の予定としては、今日明日と王都に滞在し、明後日の午前中には帰路につくこととなっている。


「ノクス様、お疲れのところ申し訳ありませんが、調査報告をしてもよろしいでしょうか?」


「問題ない。エルフィスの前職はわかったのか?」


「はい。大変運が良く、王都にいらした時のすべての職が判明しました」


「さすがだな」


ローレイは順に報告した。


エルフィスが王都にきての最初の職は、開店したての菓子店だった。

オーナー夫妻とエルフィスだけの小さな店で、従業員募集のチラシを貼り出してすぐ彼女がやってきた。エルフィスは、店の2階の狭い物置を寝床にしていた。

和気あいあいと働いていたが、オーナーの病気が見つかって営業することが難しくなり、泣く泣くエルフィスを解雇したらしい。

オーナーは己の病をエルフィスに教えなかった。

彼女の性格を鑑みて余計な心配をかけたくなかったのだが、彼女には大きな傷を追わせてしまったとオーナーは心底悔やんでいるとのこと。

だが、エルフィスを解雇して数日後、オーナーの病はなぜか治った。それからエルフィスの所在を探したのだが、すぐに別の仕事に就けたことを知り、諦めて今は別の従業員を雇っている。

もしかしたら、オーナーの病が治ったのも祝福の力なのかもしれないと、ローレイは語った。

ノクスレインも魔力総量1の魔法では、即効性がないのでじわじわと回復していったのかもしれない、と推測ではあるが補足した。


エルフィスが次に就いた職は運送会社の倉庫だった。

ここは時期で浮き沈みが激しい業種で、特に冬眠期間は仕事が激減する。雪の降る地方には行けなくなるためだ。

よって、冬眠準備で大量の従業員を解雇し、春になってまた大量の従業員を募集する。

エルフィスはその波に呑まれ、押し返される典型的なパターンだった。短期的に働きたい人ばかりが集まることを、王都で生活経験の少ない彼女にとっては知りえない情報で、不運だったとしか言いようがない。


「「…………」」


ローレイの説明後、2人はエルフィスの可哀想にすら思える経歴に同情し、沈黙した。


「以上か?」


「いいえ。最後の職はここからやや距離があるので、調査できていません。明日、向かわせていただけたらと思います」


「わかった。俺も同行しよう」


「ありがとうございます。それから、2つの職場でエルフィスさんと接点のあった方々、みなさんが口を揃えて言っていたのですがーー」


「そこまで調べたのか……」


ぽつりとノクスレインが漏らす。

調査する上で十分な時間が取れなかったはずなのに、関係者にも聞き込みしてきたとは正直恐れ入った。優秀すぎるのも、時に心配である。


「ーーエルフィスさんからは元気がもらえる。とのことです」


「元気か。抽象的過ぎるが、それが祝福の効果なのかもしれぬな」


魔力色の本にも書かれていた不確定という文字は、ある意味合っているのかもしれない。

祝福は不確定なことが起きる魔法。それは前向きなことに限られる。


いったいどうすれば上手く活用できるか。


曖昧でも確実に濃くなっていく金のにおいに、ノクスレインは厭らしく口角を上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ