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今のわたしにできる唯一のこと

エルフィスは家の中や仕事場の感染対策として使えそうなものを引っ張り出し、身につけていく。

この世界にマスクはないので薄めの布を巻き、菌が付着しないよう雨具を着て手袋をする。

あとで処分してしまうので、なるべく古そうなものから使用することにした。

準備が整ったところで、ようやく厩舎へ向かった。


2時間以上をかけてエルフィスはニワトリを1羽ずつ目で見て、第六感とも言えそうな何かを頼りに違和感を探した。


全部で3羽。

まだ被害としては少ない方かもしれない。

その子たちには申し訳ないが、敷地の一番奥にある物置に、エサや水を用意して隔離した。

決して快適とは言えないだろうが、ニワトリたちのストレスを減らせるようにスペースは確保した。

これで数日様子を見るしかない。

流行病ではないことを祈る。

これ以上できることはエルフィスになかった。


別れ際、ダメだとわかっていたが、エルフィスはニワトリたちを1羽1羽、懐に抱き寄せた。

やはり体調が良くないのか、彼らは大人しくエルフィスに抱きしめられた。


「ごめんね……わたしがちゃんとした回復魔法を使えればよかったのに……」





翌日、3羽のニワトリたちは揃って下痢をしていた。

顔の膨れが顕著になり、赤の鮮やかな鶏冠は黒く濁り始めている。

それを見て、なんとかしなければと思うも、父や母に対策はないか尋ねても良い返事はなかった。


午後になって兄のマークリフが町で鳥の流行病について聞き回ってくれたが、やはり収穫なし。

回復魔法に頼りきりの世界に医者や獣医がいないので、畜産農家である我が家が一番情報を持っているといえるほど、周囲はからっきしだった。


不安にかられ、心配のなか、一日の仕事を終わらせる。


厩舎にいる他の鶏たちはみな元気で過ごしているので、まだ幸いか。





さらに次の日。流行病の疑惑から3日目。

朝、感染対策をして物置の3羽のニワトリの様子を見に行く。


ニワトリさんが無事でありますようにーー。


エルフィスの願いは虚しく、夕飯で用意したエサや水はほとんど減っていなかった。ほんの少しだけ食べたのだろうが、すべて吐き出されてしまっている。


鼻に布を巻いていていてもすぐにわかるほど、物置内には異臭が漂っていた。


顔の腫れーー下痢ーー嘔吐。


ニワトリたちは昨日よりも力なく静かにじっとしている。


そんな……。

エルフィスは涙を堪えた。

泣いている暇なんかない。

何か出来ることをしなきゃ。


それでも一日の決められた仕事はしなければならない。

だって、他の子たちを蔑ろにはできないし、それが生き物と共に生活するということだ。

エルフィスは手伝い始めてまだ短い期間だが、そう感じていた。


夕方、仕事を終え、急いで物置へ走った。

扉を開けて、中を確認すると、3羽ともぐったりしていた。朝よりも、明らかに弱っている。


「ニワトリさん!」


エルフィスの大声にも反応を示さない。

いつもならビックリして騒ぎ出したり、羽をバタバタさせたりするのに……。


体に触れてみると、まだ息はしていた。

手袋越しでもまだ温度を感じられる。

だが、呼吸は浅く、目は虚ろ。

もう……長くはなさそうだ……。


エルフィスは手袋を外した。

菌がつくかもしれない。

病気が伝染るかもしれない。

そんなことはわかってる。

けれど、わずかでも彼らの温もりを最後まで感じ、覚えていたいと思った。


3羽を近くに寄せて、代わる代わるにみんなを撫でる。


静かに、ゆっくり、撫でる。


しばらくして、エルフィスの手の動きが止まった。

代わりに、小刻みに震え出した。


「……ごめんね……わたしがもっとしっかりしてればよかったね」


1粒の雫が地面を濡らした。


「……もっと勉強しておけばよかった」


ぼろぼろと涙が溢れた。


「……ほんと、ごめん、ね……ひくっ……治してあげられなくて……ご、ごめんね……」


元気になってほしい。

まだ、死んでほしくない。


「……どうか、ニワトリさんたちに、元気を……」


エルフィスはありったけの想いを込めて、ニワトリたちをまた撫でる。


このあと自分が感染したらとか、そんなことはもうどうでもよくて、ただただ元気になってほしかった。


うるさいくらいに鳴いて、いつものように朝の報せを届けてほしかった。


最後に、わたしにできることは……。


エルフィスは、彼らを看取ると決めた。


悲しい、寂しい終わりなんてさせたくない。


自分の体力が尽きようとも、夜がふけっても、エルフィスは彼らのそばを離れないと誓った。

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