解雇はいつも突然に
初投稿作品になります。よろしくお願いします。
「エルフィス、すまねぇが……今日でクビだ」
目の前の大男、バラバ・コントレーは悔しそうに唇を噛みながら、頭を下げてそう言った。
唐突に解雇を告げられた少女エルフィスは、彼がここスミヨフ工房の工房長であっても雇われの身であることを理解している。
工房長が自分のことのように悔しがってくれているのは、社長からの一方的な命令だったのだろう。
それにも関わらず、一従業員でしかないこんな小娘にも真摯に対応してくれている。バラバはいつもそうなので、エルフィスは尊敬していた。
だからバラバに文句を言うつもりはない。けれど、何度も繰り返されるこのシュチュエーションは嘆かずにいられなかった。
「またですか……」
「……ほんとに、すまねぇ」
エルフィスが「また」と言うのも無理はない。
15歳で家を飛び出し、毎年仕事をクビになり早3回目。
そしてエルフィスには前世の記憶がある。いわゆる転生者だ。前世も含めればこれで8回目。
自分には仕事運がない。そう片付けられるレベルはとうに越しているので、諦めて嘆くほかなかった。
「あの、バラバさん。一応、クビの理由を聞いてもいいですか?」
「……冬眠準備と生産性が低い、とのことだ」
「生産性……確かに、そうでしたら仕方がありませんね」
冬眠準備とは、雪こそ降るのは稀だが寒さの厳しいこの国では、どの仕事も業績が下がることから人件費を削減して越冬する風習だ。
生産性が低い。
その一言で、エルフィスは理解した。
エルフィスは女性で魔法が使えない。
この世界には魔法という、前世では存在しなかった力がある。
だが、彼女は魔法を使えない。厳密に言えば、魔力は有しているのだが、魔法として発動できない。
非力な女性でも魔法を駆使して活躍することはよくあるのだが、自分はあるようでないに等しい。
足手まといと言われれば、どうしたって引かざるを得なかった。
一度大きく息を吸い、気持ちを落ち着かせ、エルフィスはいつもの笑顔を湛えた。
「お世話になりました。寮はいつまでに出ればよろしいですか?」
「翌朝だ。何から何まで力になれず……ほんとすまない」
「そんな!バラバさんが悪いわけではありませんから、もう頭を上げてください!」
明日の朝までとは、また急だ。
今回の寮は朝晩のご飯付きなので、大変ありがたかったし、居心地も良かった。
前回はただ寝るだけの塒のような感じだったので雲泥の差だった。
そんないい寮に解雇者を長く置いておくのは、豚に真珠ということだろう。
エルフィスにとっては、寮に住むことが家を出る条件であった。15歳で成人の世界ではあるが、若い女の子に一人暮らしは危険だからと両親は許さなかった。
戦争が終結して200年が過ぎたここトルカティーナ王国の王都は、女性が1人で歩き回れるほどには平和だ。だが、夜が更けるとそうもいかない。女性の一人暮らしで怖い思いをした話を、たまに耳にする。
よってエルフィスには、いざという時に助けを呼べる寮暮らしが前提となっているのだ。
(次の仕事……どうしよう……)
寮完備、女性、魔力なし。
このすべての条件に当てはまる仕事を探すのは、今までなかなか苦労した。
毎年同じ時期に解雇され、辞めた次の瞬間から足を使って仕事探しをする。
心身共にかなりタフな就活だ。
前世のようにインターネットなどは普及していないし、ハローワークや失業保険なんかもない。情報収集するにもテレビやラジオのような文明の利器もない。
仮に商業ギルドに行ったとして、魔法の使えない自分が就ける仕事は取り扱いも少ない。
寒空の下、一軒一軒店や工房を走り回って訪ねたあの苦痛を、昨日のことのように覚えている。
「エルフィス……次の仕事の宛はあるのか?」
顔を上げたバラバは、眉を八の字にして聞いた。
「いいえ。なんの宛もありません」
「なら、次が決まるまでうちに住め。俺はずっとここでしか働いてねぇから他にツテがねぇけど、住む場所の協力ならしてやれる」
「そんな!奥様やお子様に悪いです!」
「心配はいらねぇよ。うちは男ばっかりで、家内は一人くらい女の子が欲しかったって、昔よく言ってたからな」
バラバには3人の息子がいる。確か、1番上はもうすぐ15歳の成人を迎える頃だ。
そんな思春期真っ只中の男の子がいる家に、急に歳の近い異性がきて大丈夫なのだろうか。
情に厚いバラバの息子なのだから変な心配はしていないが、さすがに申し訳ない。
奥さんに至っては、かつての話だし、赤の他人をいきなり娘にだなんて思えるわけがない。
そもそもたった1年にも満たない短い期間を一緒に働いただけで、そこまで責任を感じて欲しくない。
大変魅力的な提案だが、早めに次の仕事が見つかる保証もないので、エルフィスは迷いに迷った。
もう、無理なのかもしれない……。
エルフィスは才能がないなりに頑張ってきたつもりだったが、報われない現状に少しだけ後ろ向きになり始めた。
「バラバさん、ありがとうございます。お気持ちだけで十分嬉しいです」
「遠慮することはねぇんだぞ、エルフィス」
「実家に帰ろうかなぁ、と少し考えていますので」
たった今考えたばかりだが、そう言えばバラバも安心してくれるだろうと思い、エルフィスは苦笑いを浮かべた。
「そうか……お前と一緒に働くのは楽しかったんだけどな」
「……バラバさん」
鼻の奥がツンとした。バラバは決してお世辞は言わない。
ミスをすれば注意はするし、不真面目な従業員にはきつく叱る。だが、褒める時はとことん温もりを感じられる言葉をくれる。だからこそ、労いの言葉に後ろ髪を引かれた。
まだわたしも一緒に働きたいと、泣いて懇願したところでどうしようもない。
エルフィスは大きく息を吐いて、心を落ち着かせる。
「退職の手続きはヴェライズさんのところへ行けばよろしいですか?」
「……あぁ。財務は今忙しいだろうが気にせず行っていい」
「わかりました。短い間でしたが、大変お世話になりました」
「体には気をつけろよ」
「はい。バラバさんもお元気で」
深く腰を折り、エルフィスは静かに立ち去る。
扉を閉める際に一瞥した工房内は、なぜかいつもより色褪せて見えた。