第六話:ヒッチハイカー
施設の真相。それを知った途端に、佑生と耀也は武装した警備員に襲われる。
友人を犠牲にし、怪しげな男に救われ何とか命を繋ぎ止めた佑生だったが、彼はこれからどうすればいいか悩んでいた。
しかしそれを知った怪しげな男は…途端に姿を消した。
佑生は、自分の正気を疑い始めていた。彼は今存在していない人と話しているのだ。
もしかしたら、輝也が死んだショックで都合のいい幻覚などでも見始めたのかもしれないと、もしかしたら自分は今気絶していて変な夢を見ているのではないかと、そう思った。
頭がただ混乱する。
目の前から消えるのは、無理やり超能力として説明できる。ただ記憶をさかのぼっても彼の居場所が思い出せないとなると、自分の記憶の整合性を疑わざるを得ないのだ。
佑生:「えっ…あっ…ええと…」
強介:「やっぱこれ、誰にやっても通じるなぁ。」
そうすると今度は、何かの拍子に強介が目の前に現れるのだ。
手品を見せたかのように得意げにニヤつきながら、彼は貧乏ゆすりをしながら、瞬く間に表れた。
強介:「止まっている間だけ…止まっている間だけ、俺は透明だ。気づくのに何か月かかかったぜ…炊き出しの列で後ろのやつがずっとぶつかってくるんだ、どいつもこいつも『見えなかった』って言いながらな。いじめられてるのかと思った。」
佑生:「…今のソレは…透明よりすごいと思います。なんていうか、こう…場所が思い出せない…というか。」
強介:「ほぉ?そりゃいいな。色々便利そうだ。例えばほら、ええと…」
強介が顔をしかめながら頭を搔く。
強介:「…とにかくだ、場所がわからねえんだろ?今までもうまく使ってきた。結構長い間スリで生き延びてきたぜ?なんせ立ち止まるだけで見失ってくれるんだからな、飯にも困らなくなった。」
強介は得意げに語る。
佑生が一瞬何かを言いかけるが、そのまま口を閉じる。
盗むのはいけない…そう言いかけたのだろう、何か納得のいかない顔で黙っている。
強介:「へっ、ダメだろうが何だろうが、腹空かして死ぬなんて御免だ。」
強介は鼻で笑った。佑生も、死ぬくらいなら盗む。そう思った…が、何か引っ掛かる。
自分が死ぬという考えに対すそれほど抵抗を感じないのだ。
だが、死にたいわけではない。
佑生は、また自分の破けたズボンを見ながら考える。
自分が突破者になったのだとしたら…自分が失った感情は何だろうか?
自分の能力は何だ?
強介:「おーい、何ボサっとしてんだ?」
佑生の目の前で強介が手を振る。
佑生:「ああ、ちょっと考え事が…」
強介:「じゃあ話題を戻すぞ。お前は何を見た。」
佑生:「あぁ…」(なんだかこの人の近くだと調子が狂う…)
佑生が、言われたこと、見たことを思い出す。
テープを巻き戻すように、順を追って、思い出す。
テープが少しばかり長すぎることに気づき、彼はまとめることにした。
佑生:「あの建物の地下では、超能力の研究がされていて、そのうちの誰かが脱走したそうです。関係者は口封じで地下にいる間に焼き殺されたとのことで…」
強介:「…」
強介が頷く。
うーん…うん…と、何かが飲み込めない表情で唸る。
強介:「…じゃあ俺のこれもその超能力か?」
佑生:「恐らくは…」
強介:「そんで実験されてる奴らがいたんだな?」
佑生:「はい…」
強介が大きくため息をつく。
佑生が恐る恐る口を開く。
佑生:「…どう…しますか?多分私たちも追われると思うのですが…」
強介:「その…なんだ、当てはあるんだ…一つだけ。」
佑生:「あるんですか!?」
佑生が輝く目で強介の顔を覗くが、その浮かない表情を見ていくうちに段々と不安になってくる。
佑生:「あるん…ですよね?」
強介:「ある。頼りにもなる。それは確実だ。だが、理由もなく匿ってくれるはずがない。」
佑生:「じゃあどうやって…?」
強介:「俺たちを匿った上で利益が出るほどコキ使われるわけだ。」
理にかなっている、そう佑生は思った。今となっては因縁ができてこの話にかかわっているが、赤の他人が命を懸けるはずがない。
強介は近づいて指を立てながら、少し芝居かかったくらい深刻な表情で続ける。
強介:「で、だ。あいつの場合、何を要求してくるか知ったもんじゃない。あいつはクズだ。お前が『平等…かなぁ』って思うギリギリの所からさらに搾り取ってくる。」
佑生が少しだけ後ずさりしながら固唾を呑む。
質問は色々あった。なぜそんな奴とかかわっているのか、なぜそんな奴が頼りになるのか、何をされたらそんな評価になるのか…
佑生:「…何かされたんですか?」
佑生はこの質問を聞けば、全てがわかる気がしていた。
強介は少し考える。
強介:「八方塞がりだった時の俺には見向きもしなかったくせして、都市伝説級のスリになったと知った途端、私のために盗人として働かないかって持ちかけてきてな。」
佑生:「まあそれは…」
強介: 「命賭ければ、年収400万と家をつけてやるって言われたな。ハッ!会社員時代の方が儲かってたぜ。」
佑生が何かを言いかけた口をつぐむ。明らかな搾取である。
さらに、『盗人として働く』…そこが佑生には引っかかる。
佑生:「犯罪者…なんで―」
強介:「ヤクザだな。」
即答である。
身寄りのない状態でここまで酷評された犯罪者のために、自分達を助けてまだ利益が出るほど働かなければならないという事実…不安は大きい。
しばらくの沈黙が経つ。
佑生:「ま…まぁ!犯人はたぶん国も味方につけてでしょうし…!表社会と関係のない人と手を組むのは当たり前…うん…」
佑生がうなだれる。
佑生:「当たり前かなぁ…」
だがやはり、今から自分が何をさせられるか、何をされるか…そんなことよりも、ここで立ち止まってしまうことのほうが、佑生には恐ろしかった。
強介:「じゃあ…掛けるぞ。」
佑生: 「掛ける?」
佑生が強介の方を向くと、彼はその手に古そうなガラゲーを持っていた。
強介:「そいつにもらったんだ。もしさっきの話に乗り気になったら私に掛けろってな。」
携帯までもらっているということは、相当期待されていたということか…?
そう思った佑生は、すぐにその真意を理解することとなった。
-電話をかけてから5分足らずで、こちらの方に軽自動車が走ってくる。
目の前に横向きに止まったその中から降りたのは…
謎の男:「ヨッ!元気?んなわけないか!午前1時だもんな!」
夜なのに何故かサングラスをしている、モヒカン頭の男。黄色のジャケットとその無邪気な笑顔を見ると、佑生も少し笑顔になりそうになる。
「この人がさっき強介が言ってたあの人…?ぱっと見じゃわからないな…」そう思っていると、助手席からもう一人出てくる。
謎の女:「桝田ぁ…!やっと話がわかるようになったか?感心しちゃったよ、ホント。」
スーツ姿の、小柄な女性が出てくる。
後ろで結んだ髪、整った顔。
スリムな体の輪郭と、それをさらにスレンダーに見せるスーツ。
そのまとまった印象が、その女の不敵な笑みと、嫌味を含んだ言葉、芝居らしい軽快な口回しと矛盾する。
強介:「ちげえよ。色々と面倒なことになった。」
謎の女:「へぇ…やっぱりその携帯渡しておいて正解だったねぇ。」
強介:「どういうことだ?」
男の方が笑う。
謎の男:「ハハッ!姉貴が言ってたよ。短気で大雑把だから、そのうち面倒ごとに巻き込まれるって。」
謎の女:「見立て通りってわけだ。大好きだよ〜?どうしようもなくなって縋ってくるやつは。アタシが最低限の肩入れで命の恩人になって、あんたに借りを持たせられるからね。」
女の方は笑っているが、今にも舌なめずりし出しそうな鋭い目つきをしている。
強介がため息をつく。
佑生はその間、強介の言葉の意味を理解し冷や汗を垂らしていた。
女の声が少しだけ低くなる。
謎の女:「それで…?喧嘩とか、人を刺したとか、そういう感じのを想定してたんだが…」
視線が佑生に向く。
謎の女:「なんだ?こいつと何か関係があるのか。」
佑生:「いや…その…」
佑生と強介が口籠る。
佑生:「どこから説明すればいいのか…」
強介:「説明するだけ面倒だな…」
女が、二人の奥を指差す。
謎の女:「あの建物の中に入ろうとしてヘマした感じか?」
佑生が目を見開く。強介が眉を顰め女に近づく。
強介:「何か…知ってるのか?」
女の目が笑う。
謎の女:「食いついたな。生憎、多くはわからない…が、確実に知っている奴を知っている。」
強介:「何故言わなかった。」
謎の女:「あんたが興味を示してくれるってわかってたらとっくに言ってたさ。」
妙な緊迫感が場を包む。
佑生は不安そうに視線を逸らし、男は大袈裟に顔を両手で隠す…が、指の隙間からのぞいている。
謎の女:「じゃあこうしようか…前の仕事。あれをこなしたらもう一つ仕事をやるよ。報酬は、情報料の建て替えだ。」
強介:「分かった。」
佑生:「で…でもまだ何をするか–」
強介:「うるせえ。必要なら一人ででも行く。」
強介が佑生を睨みつける。
大した筋肉も、威圧感のある顔つきもないはずだが、その時だけは何かただならぬものを発しているように感じた。
女が間に入る。
謎の女:「おいおい…頭を冷やせ。アタシだって詐欺師じゃない。ちゃんと内容を理解した上で引き受けてほしい。こいつの…」
彼女が首を傾げる。
謎の女:「いちいちこいつって呼ぶのも面倒だ。名前は?」
佑生:「佑生です。」
謎の女:「アタシのはたくみだ。」
謎の男:「俺は幸迎だ。」
たくみが咳払いする。
たくみ:「とにかく、佑生の言うとおりだ。話を聞け。」
たくみが佑生に向く。
たくみ:「…アンタも超能力持ってるのかい。」
佑生が考える。自分が今オーバーになっているのは確実。なら多分大丈夫。いや、大丈夫でなくてもこれ以外に当てがない。
そしてうなずく。
それを確認したたくみが録音機をとりだす。
強介:「なんだそれは。」
たくみ:「あんたが説明を聞いたっていう証拠を残すためのものさ。」
佑生が首を傾げる。妙に律儀で徹底しているなと、そう思う。
すでに法の外側だと言うのに、まるで法的に取引の証拠を残しているようだと。
たくみ:「納得してない顔だな。理由も追って説明する。」
たくみが録音機の電源を入れる。
たくみ:「これより雇用条件の説明だ。聞いている証明、録音に許可する証明として、名乗ってくれ。」
強介:「桝田 強介。」
佑生:「…篠岡 佑生。」
たくみ:「よし。まず、契約は無定期。締結次第、お前たち二人は住み込みだ。私はお前たちの情報を外部に漏らさず、匿う。1度目は盗人としての雇用だ。武装した警備もいる中、私が指定したものを盗んでもらう。命が危なければ逃げてもらって構わないが、その場合は失敗だ。報酬は…そうだな、山分け300万円と、個人で目当てのもの以外で盗んだもの総額の50%。そして私の守秘義務と護衛の5年延長だ。」
まとまった金で300万円…佑生にとっては目が眩む金額だ。
だが強介の言う通り、命をかけていると考えると少なく感じなくもない。
だが、金銭感覚以前に、命と金を天秤にかけたことのない彼にとっては、300も400も1000も変わらないような気がした。
たくみ:「失敗で契約破棄、よって私の義務もなくなる。二つ目の依頼は、傭兵としての依頼。一つ目のものを成功次第、こちらに協力してもらう。」
たくみが息を吸う。
たくみ:「…内容は後ほど話すが、主に諜報活動と戦闘。終了までの期間中、私はお前たちの衣食住を確保する。任務完了で、テイスティー本社前で発生した事故、並びにその敷地内で起きた不法行為についての情報取得による、フィクサーからの請求額を全額立て替える。」
佑生も強介も唖然としている。
佑生:「…傭兵…?私たちが?」
強介:「ふぃくさぁ?そいつなら何が起きたか知ってるのか?」
二人が顔を合わせる。
佑生:「気にするところそこですか!?」
強介:「そこかよ!?」
幸男は横で口を押さえてくすくす笑っている。
たくみ:「そうだ。お前たちに負荷をかけすぎないように作戦は組む。だが超能力ありきの無理もさせる。そしてフィクサーについてだが、まあ、裏社会で一番名を上げている情報屋ってだけ覚えていればいい。この録音も、彼女に渡して証拠として押さえてもらう。アタシが契約を破れば、信用を失う。信用を失ったら、ヤクザとしてやっていけない。なら、私は契約を破れない。安心だろう?」
二人は考える。
言っていることのスケールは甚だしい。
信用できる人のようには見えない。
だがこうやって淡々と理屈を述べられると、妙な安心感がある。
3776メートルの富士山は一目見れば登るなどあり得ないと思ってしまうが、計算してみるとざっと登山口から10時間程度で往復できてしまう…そう言われた気分を二人は味わう。
ただ、問題は残っている。
佑生:「…そのフィクサー…って居るんですか。」
たくみが頷く。
たくみ:「真っ当な疑いだ…じゃあこうしようか。ここに、フィクサーがいると言う証拠を見せれば、協力すると誓え。証拠を見せたタイミングで契約成立、できなかったらそもそもこの録音も無意味ってわけ。どうだ?」
強介:「乗った。最初っからそうするつもりだったからな。なに、お前がそう面倒くさいことせんくても、嘘ついてたら俺は逃げるからな。」
佑生もゆっくりと頷く。
たくみ:「頷くだけじゃダメだね。録音に乗るようにちゃんと言ってもらう。私、〇〇はこの契約を承諾しますってね。桝田、アンタもだ。」
佑生の体が少し震える。
強介は呆れた表情でため息をつく。
佑生:「…私…篠岡 佑生は…」
脚がすくむ…だが、輝也を思い出す。
佑生:「この契約を承諾します。」
強介:「私、桝田 強介は、この契約を承諾します」
強介はバカにしたようなくらい単調に読んだ。
たくみが笑う。
たくみ:「車に乗りな。」
幸男が佑生の肩をポンと叩いて囁く。
幸男:「ドライバーじゃない姉貴が言ってもカッコつかないのは、言ったらボコボコにされるからな。」
ニヤニヤしている…冗談にも、体験談にも聞こえる。
強介はすぐに乗る。
佑生:「あの、フィクサーの証拠って…」
たくみ:「安心しろ。」
たくみが得意げに笑う。
たくみ:「今から会わせてやるよ。」
それを聞いた佑生も、渋々乗り込む。
たくみ:「一服してから行く。中でそのまま待っていてくれ。」
そう言って、幸男とたくみは少し離れていった。
緊張感から解放され席に座ると、午前1時まで起きていた二人の体には、その安い軽自動車のシートですらフカフカのベッドに感じられた。
気づいた頃には、二人は目を閉じ眠っていた…
―「ゲホッ…」
一筋の煙が上がる。
「近すぎだ、幸男。アンタこういうの無理だろ。」
「いいんだ。姉貴に近い方が落ち着く。」
ため息。それと放たれた煙が風に消える。
筋が戻る。
「…何が見えた。」
「おっさんの方は少し危ない。もう片方の…ええと…」
「佑生。」
「そうそう。そっちは問題ない。」
「フッ…逆だったらもう少し怖かったね。」
「どうして?」
「どう喩えようか…桝田は目的地が決まっている。ヒッチハイカーみたいなもんさ。自分じゃ動けないから、他人にひっつく。」
沈黙。
「…でも、人の車に乗っただけじゃ、行きたい場所には辿り着かない。だから奴はどこかで降りる。でもそれだけだ。アタシを裏切る理由にならない。」
筋が消え…また大きな煙が放たれる。
筋は昇る。
「でも佑生はどうだった?」
「…何も…感じなかったっすね。」
「目的地が決まってないのさ。」
「じゃあなんで…」
「さあね。怒ってる感じもさほどしなかった。感情的な理由ではないか、もしかしたらそもそも目的すら決まってないか…何にせよ、最後までついてくる。そうする理由があるか…それ以外のことをする理由がないからね。」
タバコはまた口に運ばれそうになる。
「チッ…もうこんだけか…」
指で弾かれ、タバコは煙の螺旋を描きながら、排水溝に落ちていく。
「行くぞ。」
「うっす…」
たくみは車に向かって歩き、幸迎は小走りで動く。
が、ふと後ろを向く。
排水溝から煙の筋が登っている。
それを見ていると、彼の中で妙な胸騒ぎがするのだ。
「…」
「おい、さっさとしてくれ。」
「ああ、すまんすまん…」
車は走り出した。
四人を乗せた車が動く。
胴は前向き目は横に。
摩擦は隠せど音は止まず。
その先示すは先導か?
次回:第七話「歯車」