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サンドボックス  作者: ミルクティー
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第五話:失ったもの、失われたもの

頭の中に語り掛けてくる男の正体は、なんと事件の真相を知っている研究者だった。

非道な人体実験が行われるそこでは、突破者オーバー…そういった世界のシステムのバグを使える者たちを作ろうとしていた。

人の感情がピークを「超えた」時、その感情は失われ、代わりにその者は大きな力を手にするという。

だが、その研究者もまた、事件から切り離され、真実は失われようとしていた…

二人が目を開ける。

佑生は息を荒げ、輝也は嘔吐しそうになりながら立ち上がる。


佐々木:(これが報いというわけだ。私は、この能力によって余命が延びている。体はほぼ機能せず、痛覚も空腹も渇きもないのだが…)

佐々木:(ただただ暗すぎる。)


佑生は固まっており、輝也は状況を想像して歯ぎしりしている。

『ざまあみろ。』一瞬そう言いたくなるが、輝也の頭にはどうしても同情が先に来てしまう。


佐々木:(ここで起きたことは、必ず誰かに伝えてくれ。これは完全に私の我がままだ。だが頼む…)

佐々木:(どうか、私たちを忘れないでくれ。)


ここで時間切れだ。一通りすべてを伝えきったので、発動条件から外れてしまったのだ。

いや、私が伝えたかった全て、というべきか。


私の感情は、何も純粋で英雄的なものではない。

どちらかというと、私の苦労が無駄になってほしくないという、利己的なものなのだ。

私の能力…願いを受け継いだそれは、本能的に、私の願いの十分条件だけを満たす。


伝えたいことは、まだあった。


…例えば、彼らの体感時間と実際の時間のずれがが元に戻っていること。


佑生:「…どうする?ここから。」

輝也:「…とりあえず帰って寝てぇ。さすがに疲れた。」

佑生:「…そうだな。」


二人は、音をたてないようにモニタの間を歩く。

窓に向かって。


???:「おいッ!動くなッ!」


…すでに警備に見つかっていること。


二人はゆっくりと後ろを向く。


その「警備員」は、「警備員」とだけ呼ぶには異質な風貌をしている。

その男は、全身黒の、ヘルメットやチョッキなどの防具、そして、人の腕の長さほどの大きなアサルトライフルを持っている。


二人は、そのまま固まっている。

内心、「手を上に上げてゆっくりと後ろを向け」だの「怪しい動きを見せたら殺す」だの、そういったセリフを期待していたのだ。そうすれば、一応は拘束されるだけで済む、そう思ったからだ。


だが、その警備員は口を開くことなく、銃についたライトを足から顔に上げて確認する。銃口が指すその先にある二人の体が疼く。

痒い。そう二人は思った。


二人が固唾を呑む。


男は、片手で銃を持ったまま、胸についていたトランシーバーを口元にもっていくと、何かを話している。

会話はよく聞き取れないが、二つだけ、かろうじて会話から聞き取れた言葉がある。


一つは『ガキ』。


もう一つは、『そうですか。』


これだけで、アドレナリンが出るには十分だった。

先ほどまで冷静に状況をうかがっていた二人の胃の中は泡を立て、腹は冷え、腕と足に熱く血が巡る。

脳の分の血を最低限だけ残し、すべてが四肢へと注がれていく。

二人の頭の中にある言葉はただ一つ、



『窓』…!



先に動いたのは輝也だった。

彼は踵を返し、一直線に窓へと走り、その後に佑生が続く。

床に散らばったモニターが、一歩ごとに割れていく。危うく足を滑らせそうになるが、二人は散らばったモニターに自分の足跡を残し踏み抜いていく。


???:「おい!動くな!」


バキ、バキ、バキ…


後ろを振り返ると、警備員が銃を構え、標準を覗かんとしている…


輝也が窓に手をかけ飛ぶ…

ただでさえ鍛えていた体が、命がけの状況で、足を(ひね)らんばかり、いや、捻っても捻りきってでも飛ぶ勢いで、一直線に窓の外へと投げ出される…



―バン。




弾丸は目視できない。


だが、先ほどまで、窓枠に手を置き、力強く体を支えていた腕の力は、その小さな爆発音とともに抜けきる。

きれいに、無駄なく上半身に引っ張られて外に出るはずだった脚は、窓枠の下に膝を打ち付け、残った勢いによって無理やり、引きずられるように窓枠を通る。

窓枠の周りには、何かが飛び散っている。


何が起きたかは明確である。


佑生:「輝也ッ!!!」


佑生も間髪入れずに窓枠を跳び越す。輝也ほどのフォームはなくとも、力任せに両手を窓枠に置いて飛び越す。

その時、鋭い何かが後ろから、足にぶつかった感覚に襲われる。

痛みはない。


しかし直後、佑生の視界、そのすべてがひっくり返る。

無論、そう錯覚しただけだ。


()()()()()()()()()()()()()()()()


佑生:「うおっ!?」


着地するための体制は整っていない。

彼は顔面から、乾いた草と土に飛び込む。


しかし、今度も痛みがない。

口についた草を手で払い、何度か唾を吐いて口に残った土をとる。


右を見ると、そこには倒れた輝也が。


佑生:「おい!大丈夫―」

輝也:「走れ…」

佑生:「何言ってんだ―」

    輝也:「頼むから走れ…」


乾いているはずの土は、彼の下だけが湿り始めている。月明かりの下、その色までは判別できないが、佑生にはその色が鮮明に見えた気がした。


後ろから足音、それにつられ、考える前に体は動く。


佑生が、最初に自分たちが入ってきた穴を通って走り出す。


彼は、あの状況で輝也を、助かるはずがないと、切り捨てることができた自分に怒っていた。

あの場に残れば自分も無駄死にだが、この状況で「正しい」選択ができたことに心底失望していた。


親友とは何だったのか?


佑生:「ごめん…!」

感謝よりも、出たのは謝罪だった。

家の敷地を出ると、右から先ほどの警備員と同じような装備の男たち。


反射で左に走り出す。


佑生:「クソ…」


涙が頬を(つた)う。


佑生:「クソ…クソ…」


その涙が、風にさらされ、顎ではなくうなじへと向かって伝う。


佑生:「クソッッ!!!」


彼の声が夜道に響く。


T字路を曲がろうと、左右を向くと、どちらを向いても警備が来ている。


???:「こっちや。」


急に視界が傾き、体が後ろによろめく。

佑生は、何者かに家の敷地に引っ張られたのだ。


佑生:「つ、つか―」

???:「動いたらばれるぞ…」


佑生は、荒い呼吸を落ち着かせようとするが、今度は嗚咽(おえつ)が止まらない。


その何者かが佑生の開いた口に、ジャケットの袖と腕をかぶせて音をくぐもらせる。

佑生の胸の鼓動は速まるばかり。口がふさがれた状態で、佑生は荒く鼻呼吸し続ける。

道のほうでは複数の足音。


何か声が聞こえたと思うと、それが散らばる。


そのうち一つは、一直線にこちらに近づいてくる。


佑生:(ああ…ああぁ…!)


佑生は、恐ろしかった。

不思議と、それは死ぬ恐怖ではない。佑生は輝也が繋ぎ止めたこのバトンを落とすことが恐ろしかったのだ。

自分だけ生き残ってしまったこの状況が憎くて仕方がない。だが、それは自分が捕まる理由にはなってくれない。佑生の一部は、それを残念がった。

この期に及んで、彼の心は半分…いや、心の片隅くらいだろうか。とにかく、楽になってしまいたいという気持ちが芽生えてしまっていた。


だが、警備員のうち一人がこちらに近づいてくると、幼稚な破滅願望も一瞬で引っ込む。

彼が敷地内を覗き、その視線はゆっくりと佑生達へ…

と思うと、今度はそのまま通り過ぎていくのだ。


佑生:(…あ…え…?)


その警備員が、敷地に侵入し、銃についたライトで庭、家の周辺、窓、佑生、その他そこから見えるすべてを確認するが、こちらには向かってこない。


そのまま、彼はドアに向かい、何らかの器具を鍵穴に入れたかと思うと、ドアを開けそのまま中に入っていく。


この男は何だ?


今自分を抑えているのは誰だ?


味方なのか敵なのか??


なぜバレない???


質問はいくらでもあったが、答えは一つも出ない。


佑生の精神は自然と、徐々に理解を放棄した。



―――

何分経ったかはわからない。

口をふさがれたまま、鼻呼吸を続けていると、この意味不明な状況でも、いつの間にか彼の中の感情はある程度冷めていた。


捜索は、終わったらしい。

武装していた男たちはいなくなり、夜道は深夜の静けさを取り戻す。

物音がしなくなるまでの30分ほど、佑生の頭の中には、悔いしかなかった。

自分が呼ばなければ輝也は来なかったし、自分だけでも来なければここまで事態は悪化しなかった。

早めに侵入を切り上げれば済む話だったし、最悪、あの銃口の前に立っているのが自分であれば、大丈夫だったのだ。

佑生は、淡々と自分の過ちを咀嚼していた。


全ては失敗だった。

英雄気取り…それですらないのだ。彼を動かしたのは1割怒り、9割好奇心。

そのバカげた選択により、命が失われた。

だがその失敗の代償は、自分ではなく彼が請け負ってしまったのだ。


生きた心地は、しなかった。

命を拾ったうれしさよりも、一つ捨てた悲しさのほうが大きかったのだ。



…あいにく、涙は枯れている。



???:「どっか行ったみたいだな…」


口を押えていた腕が外される。口からジャケットの袖に向かって唾液の糸が伸びている。

佑生が後ろを向くと、そこには顔をしかめた、中年と高齢の中間ほどの、白髪と黒髪が半々くらいの男がいた。

ジーンズに深緑のジャケットをつけ、ニット帽をかぶっているのだが、服も帽子も、緑や茶色、黒の汚れが油性絵のように重ね塗りになっており、もはや汚れているというより汚れと一体化したような見た目になっている。


髪は、ひげ同様に不細工に伸び、重みと脂でまっすぐ伸びた根本とは対照に、毛先はクセと傷みでちじれている。


顔は、街灯にあてたれた箇所が少し光沢を帯び、毛穴と眉間のしわが目立つ。

だがもし、これらすべてを除いて彼を見ることができたなら、この悲惨な状態でも、妙に力強さのある目つきに気づくだろう。


一言で言うなら、ホームレス。

そんな見た目である。


彼は唾液のついた自分の袖を汚そうに見つめると、ため息をつきながらそれを自分のジャケットにこすりつけて取る。

唾液は、ジャケットに固まった汚れを溶かして延ばす。


何かを悟った佑生が、少し吐きそうになりながら必死に唾を何度か吐く。


ホームレス?:「おいおい、勝手に口を開けとったのはあんたじゃないか…」


佑生:「あぁ、その…すみません…」


妙な間が空く。

しかし、佑生はすぐに思い出す。


佑生:「…!あいつどうなった!」

ホームレス?:「何の話だ?」


佑生が走り出そうとすると、その男に肩をつかまれる。


ホームレス?:「おい、戻ろうっていうんじゃないやろうな?」

佑生:「友人が撃たれたんです!」


ホームレス?:「死んだだろ?それ。」


佑生が一瞬口を開けたまま固まる。


佑生:「いや、命は…」

ホームレス?:「あいつらが何やったのかはよく分からんが、殺す気だったやろ…」


今度は開いた口が閉まらない。


ホームレス?:「なんでこうなったのかは知らん。ただ、あんな人数であんな物騒なもん担いどるのが、『神妙にお縄につけ~』なんてやらんて思うね、俺は。」


その通り、彼は何があったのかわからないのである。

それが佑生を苛立たせる。


佑生:「助けてくれたのには感謝しますが、急い―」

ホームレス?:「無理や。諦めんかい。」


佑生:「何知ったような口きいてんだよッ!!!」


静かになっていた夜道には、佑生の怒号がこだました。

男は一瞬口を開けて佑生を叱ろうとしたが、その表情を見て、黙ってしまう。


佑生の止まったはずの涙はあふれ、鼻水が顔を伝って、顎の下で涙と混じってポロポロと落ちていく。

眉間も口元も少し痙攣させながらそこで嗚咽を漏らす佑生は、その男にはとてもではないが、触れば砕け散るガラスが如く脆く見えた。


佑生:「クソッ…」

佑生は自分の間違いを自覚している。この男がいかに口が悪かろうと、自分の恩人である。


怒りのはけ口になりえないのだ。


佑生は、結局黙って泣くことしかできなかった。


…そして男が口を開く。


ホームレス?:「お前…何の用であの建物に行ったんだ。」

佑生:「へっ…?」


佑生は一瞬驚いたような表情、どこか痛いツボを押された時かのような顔で、男の顔を見る。


佑生:「なんでって…それは…」


顔を自分の袖で拭いながら、今までのことを考えた。

言われてみれば、事の発端は遠く離れているように感じられる。


佑生:「…なんで…?」


『謎の超能力に引っ張られたから』?違う。それだったら町中が押し寄せているはずだ。

『友人の悪ふざけに付き合っただけ』?そんなはずはない。輝也に責任を押し付ける可能性を考慮しただけで佑生は自分で自分を殴りたくなる。


そうやってしらみつぶしに可能性をつぶしていき、佑生はすべての発端を思い出した。

彼がこの探索に輝也を引っ張ってしまった理由。彼が佐々木の能力の引力、そのトリガーを引いた理由。

それは…


佑生:「…ここで人が死にました。僕の友人ではなく、他の人です。赤の他人ですが…明らかに事故ではないのに事故に仕立て上げられているんです。それが許せなくて…」


佑生は、下を向きながら、少しだけ笑いたくなった。

自分で言っていて、どれだけ自分の中の天秤がズレているかを、痛感する。


佑生:「…バカですよね。僕。」


汚れた男の目が見開く。驚きだけではない、動揺も混じっている。

彼の視線が少し震えたかと思うと…彼は悲しそうに笑いながら、ため息をついた。


ホームレス?:「…バカや。」


彼の表情には、少し馬鹿にしたようなものが混じっていた気もするが、佑生の中には、不思議と怒りが沸かなかった。

第一に、その通りだと思うからだ。

だが第二に…彼の目は佑生に向いておらず、彼の言葉はどこか遠い誰かに向けられたものかのように感じられたのだ。


ホームレス?:「…でも、気が合うかもしれん。」


今度は、確実に佑生に向けられていた。

男が笑う。


強介:「俺の名前は桝田(ますだ) 強介(きょうすけ)だ。改めてよろしく頼む。」


佑生は困惑する。


佑生:「よろしく頼むって…何を?」


強介が鼻で笑う。


強介:「何がって…あんただって奴らが許せんやろ。」


『奴ら』。それが誰を指すのかも、何人いるのかも、分からない。

この男との関係も、分からない。

だが悲しみと悔いが冷めても、怒りだけは、心の片隅で、(くすぶ)っていた。


か細く、灯にもならない。しかし灰は(ほの)かに色づいている。


佑生:「…そうですね。」


佑生が涙を拭く。自然と、それはもう出なくなった。


強介:「…あんた、割と頼もしい顔するじゃないか。」

佑生:「…?」


強介が不敵な笑みを浮かべる。


強介:「…ほんで頼もしそうや。あんたがどんなバケモンになっちまったかは知らんが、少なくとも奴らには勝てそうやな。」

佑生:「バケモン…?」


強介が佑生のズボンを指さす。


強介:「穴だらけでないけ。なんでピンピンしとるんだあんた…」


佑生が驚いた表情で、体をひねって自分のズボンの裏を確認する。

ボロボロだ。あたかもハチの巣にされたかのような…


佑生:「あっ…!もしかしてあの…!」


突破者(オーバー)』、その言葉が脳裏をよぎる。


強介:「やっぱり何か知ってるようだな。ちょうど知りたかったんだ。」


途端、強介が消えた。元からそこにいなかったかのように、強介がいた場所には(くう)が残され、後ろの夜道が見える。

強介の居場所すら、佑生には思い出せない。


強介:「なんで俺が透明人間になっちまったか…とかな。」

『透明人間』、そう自称した怪しげな男、桝田 強介。彼も何かしらこの事件に因縁があり、佐々木の引力により引き寄せられた。

二人の道は交わり、復讐が始まる。

人一人いない夜道。道しるべも手掛かりもないこの状況を、失った者たちはどう切り開いていくのか。

次回、第六話:『ヒッチハイカー」

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