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サンドボックス  作者: ミルクティー
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第四話:リメンバーアス

佑生と輝也は、最初に入ったときの事務室に戻ると、パソコンをつけるというアイデアが浮かぶ。

パソコンをつけると、そこには謎の文章。

それを読むと、脳の中に謎の声が。

その声の主は、6メートル下に埋まっているという。

佑生と輝也は困惑していた。当然である。彼らはすでに階段で、溶けて動かなくなったドア、火事が起きたことを表す煤を見ている。

人が埋まっている…そんなことがあるのなら、そこにいるのはもはや人ではなく死体だろうということは、言うまでもない。


だがありえないのなら、この状況はどう説明する?


ある程度の沈黙の後、先に口を開いたのは佑生だった。


佑生:「…どういうこと?」


佐々木:(私は君たちの下に埋まっているのだ。無論、生きているとはいいがたいが。)


輝也:「じゃあなんで会話が通じるんだよ?」


佐々木:(それは今から伝える。)


佐々木:(あと、できるだけ動かないことを勧める。私の声だけを、集中して聞くのだ。)


輝也:「そしたらどうなんだよ。」


佐々木:(脳内時間が遅くなる。私のメッセージは、空気や光などの媒体を介さない。)


佐々木:(人が早口でしゃべったなら、耳が追い付かないことがある。ページをめくるのが早ければ目が追い付かないことがある。)


佐々木:(この状況は別だ。私の速度に、君たちが合わせれば、話が早く済む。)


輝也:「…どうすん…おい!」

佑生は、すでに座って目を閉じている。彼が目を閉じると、五感が徐々に失われ、佐々木からくる文字だけが意識にあるすべてになる…

が、輝也が佑生を揺さぶり起こす。


輝也:「おい!帰るんじゃなかったのかよ!?」


佑生:「…ああ!うん…えっ!?」


寝ている間に水をかけられたかのような反応と共に、佑生の五感が一瞬で現実に引き戻される。


輝也:「聞こえねえのか!?帰るって言って…」


佑生:「何が起きたかを知るために来たんだろう!?」


輝也:「信用できるわけないだろ!?」


佑生が一瞬口ごもる。


輝也は正しい。この状況で、こんな現実離れした方法で意思疎通してくる者がいて、今にも警察が来てもおかしくない場所に引き留める…ここで立ち止まるのは正気の沙汰ではない。


だが、佑生はヤケになっていた。すでに危険は冒された、そういう理由だけで何としても何らかの成果を上げて帰りたかったのだ。会社で眠い理由が『テロ現場に野次馬に行ったが何もなかった』だなんて、自分で考えるだけでむなしいのだ。


佑生:「…少なくとも、脳内時間については本当だったよ。」


輝也:「は?それどころじゃないだろ…」


佑生:「輝也…頼む。ここまで来たんだ。時間が実際遅くなったんだったら、リスクも何もないだろ?そもそもこうやって言い争ってる時間のほうが惜しいと思うんだ。」


輝也:「お前がゴチャゴチャ…くっ…!」


輝也は、自分の先にある窓を見て、眉間にしわを寄せる。

歯ぎしりし、しばらく考えて…


輝也:「…正直を言うと、俺も知りたい。10秒数えるぞ。10秒立ったら帰るからな…!」


結局座って目を閉じた。

輝也:(10…9…)

佑生もまた目を閉じると、二人の意識はゆっくりと削がれ、研ぎ澄まされ、後に残ったのは佐々木の文字だけだった。


輝也:(うおっ…!?こりゃ数える必要もないな…)

佐々木:(協力に感謝する。)

佐々木:(では、できるだけ手短に。)


佐々木:(…君たちは、正常に咲いている植物に罵詈雑言を浴びせると、時間が経つにつれ活力を失っていく…そんな実験を聞いたことがあるか?)


二人に心当たりはない。


佐々木:(なら、数々の怪談はどうだ?人の呪いが形となって、実際に人を殺める話などだ。)


輝也:(それならあるぞ。)


佐々木:(じゃあ奇跡はどうだ。明らかに余命数ヵ月ほどの末期のガン患者が、死なないと信じ、笑い続けたことで実際に治るといった話だ。それも複数回起きている。)


佑生:(覚えてる。その時は笑うことの効能についての話だったかな…)


佐々木:(我々の脳は、いうなればロボットだ。同じ条件には同じ脳は同じ反応を起こす。)

佐々木:(たまたま同じ脳が一つもないおかげで、人々はこの事実から目をそらせるのだが、本来、我々は機械だ。意志などない。)


輝也が顔をしかめる。


佐々木:(()()()、だ。)

佐々木:(…科学的には、魂とは、言うなればシードだ。脳の中で行われる数々の乱数生成、その方程式に加わる、一つの変数。)

佐々木:(悪く言えば、正しい計算を狂わせる誤差、よく言えば…人の神髄。)

佐々木:(この力が、どこからどういう原理で加わっているかは、未だ解明されていない。)


佐々木:(…解明する理由もなくなったが。)


佑生:(結局何もわからない…)


佐々木:(落ち着いてくれ。この前置きがないと、ここから先言う事に、多くの人は耐えられないのだ。)


しばらく、送信の間が開く。現実時間は進んでいないが、佐々木の文字以外に意識が割かれていない今、それが受信できなくなると、一瞬も永遠も区別がつかなくなる。

その間は、脳内時間1秒未満だったかもしれないし、数分だったかもしれない。



佐々木:(…この世界は、シミュレーションだ。)



佑生:(…?)

    輝也:(…?)


佐々木:(天国や地獄、神、その他もろもろの、透明で上位的な存在に覆われているものではない。)

佐々木:(むしろ、パソコンの中に納まる、ちっぽけなものだったのだ。)


二人は、爆破事件についての話を予想していたもので、急に膨れ上がった話のスケールに、しばらく唖然としていた。


輝也:(…根拠はあるのか。)


輝也が聞く。

輝也は少し焦っているが、佑生は割とすんなり受け入れた。

…というよりは、自分の人生に何の変わりもないと思った。


科学的にも、神話が本当だったとしても…人は小さい。


彼は、そのさらに一回り小さい。


だから関係ないのだ。今更自分がパソコンの中だろうと。


佐々木:(魂は、外部から脳にかかる力だと言っただろう。その力に、バグが見つかったのだ。)

佐々木:(そしてそのバグは、悪用可能な、『エクスプロイト』だとわかった。それも、本当に幼稚なものだ。)


佐々木:(まあ、それだけではない。量子力学の分野には、我々の世界が計算でできていることを、裏付けるほどではないが、示唆するような内容がすでに発見されている。)

佐々木:(「観測するまで確定しない」という旨の話を一度は聞いたことがあるだろう。あれはメモリの節約だと言えば簡単に説明がついてしまう。)

佐々木:(ゲームでもあるだろう?自分が現時点で視野角に入れていない物体は、レンダリングする必要がないだろう?誰かが見ているわけでもないものだから、そこに演算は割く必要がないのだ。)


佐々木:(量子力学は、このメモリの節約、『誰かが見ているわけではない』、そんなところに首を突っ込んだからこそ生まれた科学なのだ。)


二人は沈黙する。

反応に個人差はあれど、どうしてもこの話を聞いたものの中にはある種の虚しさと寂しさが残るからだ。


彼らが死んだ後には何も残らない。その事実を、文化が築き上げた様々な死の美化、詩的表現、衝撃に備えるためのクッションを、すべて取っ払ってしまったのだ。

だが、()()()()()()()()だけある。彼らはそこまで動じていない。もしこれが宗教を信じるものであれば、どうなっていたか。


しばらくの間をおいてから、佑生が考える。


佑生:(…バグって、どんな内容だったんだ…?)


佐々木:(オーバーフロー。上限付きの数値が、上限を突破しようとするとき、それが振り切って最低値に戻るというものだ。)


このバグの話は、ゲームをしている二人にとっては分かりやすいものだった。

だが…疑問が一つ残る。


佑生:(…魂?…が最低値?)


佐々木:(近いが、そうではない。人の感情や願い、思念がオーバーフローすると、その思いが最低値に固定されるのだ。呪っていたなら、その恨みは消え、願っていたなら、その願いが消える。)

佐々木:(だが、『エネルギー保存則』というのがあるだろう。エネルギーはそう簡単に消えない。そういうプログラムなのだ。)

佐々木:(投げたボール、運動エネルギーが、壁にぶつかって止まったとき、そのエネルギーが、音、熱、振動、その他さまざまなエネルギーに変換されるように、魂が、別のエネルギーに変換されるのだ。)


佐々木:(それがこれの正体だ。私は、ここで起きたことを伝えたいがあまり、死ぬ直前に能力を得て、人を引き付ける磁石、そして、引き付けたものに真実を伝えるという能力を得た。今となっては伝えたいという気持ちがなくなっても、これは常時発動する。)


佐々木:(これが、『突破者(オーバー)』。このバグによって能力を得たものの総称だ。それは時に聖人であり、偉人だったりするが、気づきづらい能力を得て、特に認知されずにこの世を去る者たちもいる。)


二人は、少しワクワクしてしまった。先ほど人生の意味を否定されたばかりで少し萎えていた彼らにとって、このファンタジーじみた超能力の話は二人の興味を引き付けた。


輝也:(うわぁ…)


しかし、また疑問。今度は二つ。

佑生:(他にもいるのか?)

佑生:(…っていうか、死ぬ直前?)


佐々木:(実験の内容を言ってなかったな。本来、人の脳は、身体的だけでなく、精神的なバランスも自動的に取るようになっている。よっぽどのことがなければ、私が言った『上限』に達することはないのだ。)


佐々木:(我々は、これを研究するために、いろんな方法で人をオーバーにしようとした。最終的に行き着いた、一番オーバーを量産できる方法。それは、覚せい剤などで脳のブレーキを外してから、極度のストレスにさらすというものだ。)


少し浮かれていた二人の感情が、佑生のは驚愕に、輝也のは怒りに代わる。


輝也:(拷問じゃねえか!?)


佐々木:(その通りだ。しかも相手は子供だ。発達途中の脳は、情報を吸収しやすい。成人に同じ実験をした時とで、3割ほど成功確率が違った。)


淡々と理由が説明される。理にはかなっている…しかし、理以外にこれを正当化できる要素は一つもない。

心のかけらもない話である。


輝也:(はぁ!?)

    佑生:(嘘だろ…)


佐々木:(…許されないことなのは分かっている。だが、私は、命令に抗えなかった。だから毎日毎日、人類のため、科学の進歩のためと、自分を正当化して、目を瞑って、実験していたのだ…)


二人の頭の中に、映像が流れ始める。


実際に視覚情報として目から入るものではないのだが、(まぶた)の裏に現れる無数の色は、泡立ち、少しずつ固まり、形を作り、鮮明な映像となっていく…




―――

視界の主は私。

視界の下のほうに缶コーヒーが持ち上げられる。


私の休憩中だった。


私は、ガラス張りの研究室から廊下を眺めている。

淡白で、清潔な廊下。そこに連なる、私と同じような研究室。

ガラスには01、02、03…と番号が黒で割り振られており、中には、医療用のベッドに、いくつかベルトがぶら下がっているような見た目の拘束用のベッドが、部屋につき一つ。

照明は白なのだが、色のない中、少し眩しいくらいのLEDが光っているので、少し青いくらいに錯覚する。


だが、その視界が、一瞬で赤く染まる。


アナウンサー:「緊急放送。緊急放送。B2ッ(スラッシュ)ッ05ッより、被検体ッの脱走ッ。被検体のステータスはッ、興奮ッ・健康ッ。危険ッです。避難ップロトコルに従い、避難ッしてください。護身用ッの発砲ッを許可します。繰り返します…」


そのAI出力された声の淡白でツギハギな声は、一字一句聞き取れるほど落ち着いていた。


その唐突な出来事への驚きに、私は持っていた缶コーヒーを落としてしまう。


そしてその床に転がっている缶が揺れ始める。

複数の足音で床が震えているのだ。


廊下の外では、研究員たちが、お互いに、同僚、上司、後輩、身分も関係もお構いなしに押しのけながら左奥へと逃げている。


私は外に出ようと、自分の首にかかっているIDカードでスライドドアを認証しようとする。


右奥からは、爆音と発砲音、悲鳴と笑い声が聞こえる。


ずっと奥のほうから、若い女の声と、落ち着きのない男の声が聞こえる。

謎の女性:「ハハハッ!死ねッ!死ねッ!おっと!足だけトバされてもしばらく死ねないねェ!かっわいそう!」

謎の男性:「こら!目的はあくまで逃げることだ!」



私はスライドドアへと駆け寄ってIDカードで認証しようとする。


スライドドア:「認証できません。QRコードを、真っすぐ、ブレずに、5センチ離して…」

    佐々木:「クソッ!!!」


手が震えて認証できない。

深呼吸しながら、両手で持ち直そうとしているその時だった。


アナウンスが切り替わる。


アナウンサー:「避難ップロトコルに従い、避なッ ガガッ このフロアは焼却されます。職員は、T-(ティーマイナス)30秒以内に避難してください。繰り返します…」


佐々木:「30秒!?殺す気かよ!クソッ!開けェ!」


廊下の奥で声がする。


謎の女性:「アハハッ!30秒だって!私以外死んじゃうじゃん!」

謎の男性:「俺も死ぬんだぞ!走れ!」


佐々木:「30秒で逃げられるわけがあるかッ!階段まで何メートルあると思ってるんだ!?」


今自分がいるのは地下2階。たとえ地下1階を出るために必要な認証が避難プロトコルによって省かれていたとしても、30秒でたどり着けるはずがないのだ。


たどり着けるはずが…


佐々木:「まさか…」


ここで私は気が付く。


そもそも帰す気がないのだ。

被験者を始末できるなら、それで事が収まるのだが、()()は地下3階をすでに突破しているのだ。


問題はそこなのだ。被験者の脱走なんて、今までなかった。

被験者の脱走は、実験の成功を意味するのだ。


これが意味することは一つ。

我々の研究が成功した以上、この施設がそもそも搾りカスなのだ。


震える手に握られたIDカードを見る。


佐々木:「…私は、何のためにあの子たちを…!?」


IDカードが二つに折れる。


佐々木:「私の研究はッ!何だったんだッ!」


被験者たちへの同情か…?それはおそらく要素として薄い。私が本当に、本当に彼らに悪いと思っていたなら、さっさと自殺するか告発を試みていたからだ。

告発を試すのも、自殺と変わらないが。

…おそらく私の激情は、独りよがりなものだ。私の研究を盗まれたことに対する怒りだったのだ。


謎の女性:「あーれ…どっかから声聞こえた気がするんだけど…」

謎の男性:「知るかッ!走れ!」

謎の女性:「慌てすぎだよ。何とかなるって」

謎の男性:「信用できるか!」


右からの声は、足音と共に近づいてくる。

もうドアからは出られない。


出られない。


私は後ろを振り返る。金属製のテーブルがいくつか、そして拘束用のベッドがある。


―――

アナウンサー:「10、9、8、7…」


私は、テーブルを横にして、上にベッドを乗せて簡易的なシェルターを作った。

ベッドには、その場にあった有毒なもの以外をすべてしみ込ませて、濡れたものにしている。


…今考えれば、阿呆(アホ)の極みだ。こうやって後から考え直すと、私が作っていたのは、シェルターではなくオーブンだったとわかる。


私は、そのオーブンの中の暗闇で震えている。


アナウンサー:「4、3…」


佐々木:「こんなところで死ぬわけにはいかない…」


アナウンサー:「2、1」


佐々木:「犠牲はむ―」


アナウンサー:「ゼロ。焼却します。」


轟音がなる。空気が震え、暗闇だったシェルターの中は、ゆっくりと赤く発行する金属テーブルに照らされ始める。


床についていた手が火傷する。

すぐに放したが、今度は空気が熱い。

シェルターの中はすでに真っ赤で、息を吸えば中から焼かれる。


目が焼けそうだったのでつぶる。だが、もはやできることはない。轟音はまだなっており、熱はさらに増していく。


皮膚が割れ始める。吹き出た血は、一瞬で固まる。

佐々木:「ウォオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


上にあったベッドは、熱い鉄板になって一瞬触れてしまった頭皮を焼く。



その時間は、永遠に感じられたが、実際には10秒だった。

何も残したくなかったのがわかる。


そして音はしなくなった。


痛覚がマヒしたのか、痛みもそう感じない。

恐る恐る鼻から呼吸する…

肉の焼けた匂いの上からかぶさっている、焼けた皮膚の匂い。本能的に胃の中身がこみあげてくるのだが、その胃も、中身を吐き切るだけの力を残していない。


だが、生きている。


まさかドアを手放し、研究室の中で耐え抜く人がいるとは思うまい。

この騒ぎが終わらないうちに、もし逃げ切れたなら…!


佐々木:「ヤ、ヤ、ンン゛?」

    佐々木:(や、やった…ん?)


声が出ない。

喜びたいところだったが、声帯がつぶれている。


思っていたより重症なのかもしれない…足は動く状態なのだろうか?


恐る恐る目を開ける。



…いや、開けようとする。目蓋(まぶた)が互いに溶接されて蓋になってしまっている。



体も動かず、床が靴に接着され、その靴は足に接着されている。



…そして私は、自分が今から死ぬことを悟った。


―――


事故の真相を知った佑生と輝也。

だが、知った後はどうなる?そもそもこの佐々木という男は信用できるのか?

逃げられるうちに逃げなかった代償は…?

次回、第五話:「失われた者たち、失った者たち」

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