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サンドボックス  作者: ミルクティー
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第三話:真相、その一片

佑生と輝也は、そこを警備していた警官の目を盗み、横の家の壊れた垣から目的地の敷地内に入る…

二人は、可能な限りゆっくりと進む。

足を上げる時には靴に一瞬へばりつく草がほかの枯草にあたって音を立てることを恐れ、足を下ろし床を踏むときは枯草を折る乾いた音に焦る。

ゆっくりと、ゆっくりと体重を前足にかけながら、音が鳴らないように祈る。


…そして側壁につく。距離以上に時間をかけ、時間以上に時間を感じていた。



小声で輝也が話しだす。


輝也:「おい、割れてる窓から入るぞ。玄関に行ったらまずい。」


佑生はうなずく。すると輝也が割れた窓ガラスの奥に手を入れ、ロックを解除する。


輝也:「イテッ、クッソ」


佑生:「大丈夫?」


輝也:「ちょっと腕抜くときに手の甲切った」


輝也が手の甲を見せつけるが、傷は大したことない。血は少し出たものの、

滴る量でもないので、勝手に乾くものだ。


輝也がゆっくりと窓枠を滑らせる。これ以上開かないところまで開けて、そのまま中に上体を入れ、中に落ちる。


輝也:「いってぇ…」

佑生:「音立てすぎだ…」


そして今度は佑生が足を上げ…体が固くて届かない。手を置いて上体を乗せようとしても、彼の貧弱な体幹は、あと一歩のところで力が尽きる。


すると、佑生の手が引っ張られる。情けない声を出しながら、彼も中に転がり込む。


佑生:「いってぇ...」

輝也:「音立てすぎだぜ?」


佑生がため息をつきながら立ち上がる。


その場所は、事務室らしき部屋だった。

デスクとパソコンは無事そうだが、モニターは散らばり椅子はほとんどが横転している。

奥にあるホワイトボードは(すす)で黒く濁り、書類や付箋、メモ帳などが散らばっている。


佑生:「爆風か?」

輝也:「もうちょっと回るぞ。」


二人は廊下に出る。窓から入っていたささやかな月光が届くのはここまでが限界。

そこから先は、奥になるにつれゆっくりと闇が濃くなっていく。

わかるのはせいぜい、階段とエレベーター、ドアがいくつか…それだけだ。


輝也:「スマホのライトつけるか?」

佑生:「やめておこう…」


エレベーターに近づくと、ボタンの近くには階層表がある。


輝也:「見ろよこれ」


煤で覆われていて何が書いてあるかよくわからない。


輝也:「やっぱライトつけるか?」

佑生:「いや、待って。」


佑生が階層表、その一番下を指さす。細かい説明は読めなくとも、絵で書いてある部位はかろうじて識別できる。


佑生:「『ビーさん』…」

輝也:「だれだよ。」

佑生:「地下3階って意味だよ…」

輝也:「地下室がどうしたんだよ。」

佑生:「いや、なんで3階も地下室いるんだろうって…」

輝也:「…確かにそうだな」


だが、これを見るだけではわからない。


佑生:「エレベーターはさすがに使いたくない。万が一壊れたらそれこそ見つかるまで出られない。」

佑生:「そうだな。階段から降りるか?」


彼らは、奥の右にある階段へ向かう。

先ほどまでまだ少し光の反射で見えていた壁や床は、段を降りるごとにゆっくりと黒のグラデーションの中で濃くなり、最終的には彩度ゼロまでたどり着く。

もはや自分が踏んでいる段すらわからない。

足を少しでも動かせば転びそうである。


輝也:「さすがにつけるよな?」

佑生:「そうだな…」


佑生のスマートフォンのライトが付く。

明かりは一瞬で室内に充満するが、思った以上にまだ薄暗く灰色に満ちている。

だが、目を凝らせばそれは明らかになった。

壁にこびりついた粉末状の何かに、光がかすかに乱反射。

壁一体が下に行くにつれ、実際に煤で暗くなっていくグラデーションになっているのだ。

次に踏む段と、その先、そのずっと先まで、壁を含め、下に行くにつれてこびりついた煤の量が激しくなっているのがわかる。



佑生:「…なんか変なにおいしない?」


酸っぱくて苦い匂い。それは下りていくにつれ強烈になっていく。




輝也:「ああこのにおい分かるわ俺。」

佑生:「前に嗅いだことあるのか?」

輝也:「ズバリ。レジ袋を燃やした時のにおいそのものだ。火事でもあったんだな。」


佑生:「…なんでわかるんだよ」

輝也:「小さいころにライターで遊んでレジ袋燃やしたりしたことないのか?」


佑生:(あるわけないだろ…)


輝也の足音が止まる。


輝也:「どうなってんだよ、これ」


佑生:「いや、こっちが聞きた…えっ」


照らした先。二人からもう少し前に壁がある。その壁の真ん中には、何やら黒と混じった、汚い緑色の分厚い塊、いや、板が、歪んだまま固まっている。

その大きな、板と呼ぶには分厚すぎる何かは、奥に向かって、手前に向かって、紙を丸めて広げたかのようになっている。

その右端には、銀色の塊が付いており、よくよく見れば、それはかつてドアノブ()()()ものだとわかる。


佑生:「…開くはずないよな…」

輝也がその銀色をつかむが、掴んだ瞬間に、その微動だにしない、可動部が一つも生き残っていない取っ手は、回さずとも回らないことを伝えてくる。


輝也はそのまま手を放す。


二人は、一体どんな熱量があれば、この分厚さの金属ドアを、ここまで情けないほどに原型からかけ放せるのかを考えていたが、それは彼らでイメージできるものではなかった。


輝也:「なあ、そろそろ匂いが限界なんだが…マジで臭すぎる」

佑生:「具合悪くなってもあれだし、戻るか…」


佑生は何回かフラッシュをたいて写真を撮ると、二人で逃げ出すように上に帰っていった。



―――

二人が事務室に戻ってくる。


輝也:「ハァ、結局なんもわからなかったじゃねえか。」


彼は悔しそうに下を見ている。


佑生:「そろそろ限界だろ…もうこれ以上ここにいたら危ない気がするんだ。」


玄関から出るわけにもいかないので、佑生はまた床に散らばったモニターの隙間を歩く。

どれかを踏んで音を立てたり、転倒なんてしてしまった時には、どうなるかがわからない。


…そう思っていた時に、彼にはアイデアが浮かんだ。


佑生、「まて…輝也、まだパソコンはつくんじゃないか…!?」


輝也:「おお…!」


二人の目が輝く。


輝也:「佑生!片っ端からパソコンつけろ!一つでも動いたらモニター探すぞ!」

佑生:「分かった!」


小声でも、声色には力が詰まっていた。

二人は活力を取り戻し、輝也は散らばったモニターを一つずつ立てて画面を確認する。

佑生はかがんだまま歩いて、デスク下に設置してある本体のボタンを片っ端から押していく。


佑生:「…違う…違う…おっ!」


聞きなれたファンの回転音を、彼は聞き逃さない。


佑生:「輝也!割れてないモニター探してくれ!」

輝也:「もうある!」



輝也がコードをつなぐ。


輝也:「…おい、つかねえぞこれ」


佑生:「HDMIじゃないからな。横のネジ回して取り付けないと。」


輝也「……ついた!…ん?」



ついた画面に映っていたのは見慣れたデスクトップ画面ではなく、黒白の画面。

点滅するカーソル。

コマンドプロンプトと呼ばれるものである。


佑生:「あーこれどうやって操作するんだっけ…」

輝也:「これ一回だけ使ったことあるんだけどな…学校のいたずらで。」


これが佑生に聞こえていたならば、今頃落胆していただろう。


佑生:「…確かlist(リスト)..じゃなくってdi(ディ)....!?」

輝也:「どうしたんだよ」

佑生:「触ってないよな?」

輝也:「だから何の話だよ?」


佑生が画面を輝也に見せる。そこには打っていないはずの文字が表示されていた。


佑生:「何だろう…いや、分から―」

 輝也:「おい!見ろ!」


文字が増えている。コマンドらしきものが打ちこまれているが、彼らが打ったわけでもなく、そのコマンドの意味にも彼らは覚えがない。


佑生:「なんだ!?」


急に、エンターキーを押したようにコマンドが確定する。


輝也:「オイオイオイなんだよこれ!さっさと電源落とせ!バレてるんじゃねえのか!?」


佑生:「知るかよ!霊媒師じゃねえんだよ俺は!」




テキストファイルが開く。


輝也:「もう怖えよ俺!帰るぞ!」

佑生:「待て!何か書いてある!」




佑生が画面に目を通す。そこにあるのは、何かの論文。文字のサイズが足りず読みにくいうえに、読めたところで、彼らの中に内容がわかる者はいない。


著者は、佐々木(ささき) 正弥(まさや)

()だ。



佑生:「ぜんとう...ようのちてきじょうほうしょり...だめだ、分からん」


ここで、やっと接続できた。


佑生:「ウッ!」


佑生が頭を抱え悶えている。


輝也:「木下!どうした!」


佑生:「ちょっと黙ッ..アッ!」


あとから説明があるので省くが、この時点で佑生の頭の中には、()の言葉が文字となって流れ込んでいる。

何かに影響されていると気づくまでは、それは自分自身のものと混濁し、混乱と頭痛を引き起こすが、その現象はすぐに終わる。




佐々木:(少し落ち着いてくれ。最初は少し不快だがすぐになれる。)


ここでやっと佑生がやっと話し出す。

先ほどと比べればある程度落ち着いてはいるが、興奮状態には変わりない。


佑生:「輝也!?なんか聞こえないのか!?」


輝也:「何がだよ!?」


佐々木:(論文を読んだだろう。)


佑生:「何の話だよ!?」


輝也:「こっちが聞きてえよ!」


佐々木:(話が通じなくて面倒だ。彼にも論文を読ませてくれ。害はない。)


佑生:「本当か!?」


輝也:「はぁ???」


佐々木:(君たち二人には、確実にない。)


佑生は、この現象の原理がわからない。

原理がわかっているのなら害がないとわかってくれるのだが、まあ害があると思えば、それはそれで恐怖で言うことを聞いてくれる。


佑生に汗がにじみだす。10月の薄ら寒い夜とは思えないほどに。


佑生:「輝也…嘘じゃないんだ…画面を見てくれ…変なのが聞こえるようになるんだ…!」


輝也:「本格的にイッちまったのか??」


佑生:「いいから早く読め!」


輝也:「読めばいいんだろ!?」


輝也が画面のほうに目を向ける…そして間もなく松井が頭を押さえ始める。


輝也:「ウッ!なんだよこれ!?」


佑生:「すぐに収まる!こらえてくれ!」


佑生は輝也の顔を上げるが、目はあらぬ方向を向いて、彼の視線と合わない。


輝也:「アアッ!あぁ…あぁ。」


佑生:「大丈夫か!?」


輝也の目が元に戻る。


佐々木:(ああ、これで彼も大丈夫だ。)


輝也:「全然だよ!俺もおかしくなっちまったじゃねえか!」


佐々木:(信じてくれないかもしれないが、仕方ない。最低限の説明をさせてもらう。)


佐々木:(私はここで働いていた研究員だ。俗にいう超能力や呪いなどの研究だ。君たちがここにいるのは、私が誘導したからだ。)


佑生:「は?」

輝也:「は?」


まあここまでで伝わるはずはない。期待もしていなかった。


佐々木:(私は佐々木 正弥。私は、望まずして、「真実を伝える」…端的にいえばそれができる能力を得た。君たちにはいま私の声が聞こえているが、それは私に近ければ近いほど、その効力は強まるからだ。)


輝也:「近く…?近くにいるんだったら出てきて話せばいいじゃねえか!?」


佐々木:(残念ながら不可能だ。私は今、君たちの真下6メートルで埋まっている。)

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