夜の霧
「怖い!痛い!辛い!熱い!暗い!拙い!酷い!|凶い!苦い!恐い!憎い!非い!!」
攝の悲痛が声を介し町に響く・・・・
「あれが、"惨劇の忌み双子"か・・・」
私、夜霧 斬鱸は夜にしか活動はしない。
理由を言おう、いや聞くんだ
まぁ誰に言って、語っているかはどうだっていいが、
夜の特性いや、此処ではどちらかと言えば
特質と言ったほうが些か合っているのだろう。
それは、隠し隠されが通用するからだ。
あらゆる事を、物を、そして災を…
すべてを隠蔽し、隠匿し、隠覆する
今、得体も異体も知らない、奴なのか、物なのか
はてさてモノなのかは定かでは無いが、
頼まれ事をされ、
今しがた、多分家に帰るのだろう反物屋から出てきた
少年で小僧で小童をこの夜目に捉えた所だ。
この私、夜霧の目的は小僧が手にするお抱えの反物
いや違う、違いすぎる
まぁ抱えられているあの反物も
中々に一般には過ぎた代物なのだろうが
なんせ出処が、あの”着飾”いや”憑き陰り”だ
むやみに手を出すことも無いだろう。
それより目的はあの小僧、渦斬攝だ。
詳しく話すと”羽織を取り上げろ”
との依頼だ。
わたしは人殺しや辻斬りの類ではない。
そんな野蛮な事はしないし、受けない。
最低の動きで最良の結果を生む。
にしてもあの小僧、
歩き方や身のこなし、は
普通以下と言っていい
警戒も厳戒もあったものじゃない
贔屓筋から聞いてはいたが…
だが一つ引っかっかる
あの言葉
「姉の方には気をつけなさいね。」
まぁ周りも確認はした。
姉らしき女人どころか、羽虫も飛んでいない。
隠れている、隠されているモノは
そこかしこに蠢いてはいるようだが
気にしないが吉だ
そんな思い、思惑を心の奥に伏して
ゆっくりと距離を詰める
その姿はまるで獲物を狙う蜘蛛といった所だろう
○
後ろから攝に近づく盗人
この真黒な夜に、更に濃く影を落とす黒に
握られるは光り物、そう小太刀の一刀である。
その影が緩急激しく加速する。
「その腕、片方私におくれよ」
不気味に響く低い声が攝を包んだ刹那
反物を包む、右腕の
肘から先を切り飛ばした。
攝の右腕からまるで疎水に流れる水のように
夜の黒が混ざる朱殷の血が
止め処なく、夥しく流れ落ちた。
斬られただけなら血飛沫も飛ぶだろう
だが、その小太刀は攝の、か細い右腕を
無惨にして無残、そして無情に
斬り落したのだから広く開いた斬り口
からはまるで湧き水のように血が落ちた
○
もう外は暗い
”早々に帰らなくてはいけませんね”
そう自分を包む闇夜の中で鼓舞するように
つぶやいて砂道を曲がった時
後ろから足音に混ざり声が聞こえた。
「その腕、片方私におくれよ」
その瞬間、右腕の重さが一気になくなり
体制を崩しかける。
あれ、反物を落としたのだろうかと
目線を下に向けた時
黒い世界に混ざりよく見えないのだけれど
流れる液体に体が濡れる
その液体は温かい、いやむしろ熱い
すると少しして激しい痛みと
焼けるような熱さが右腕を通して
体、頭、全体を襲う
そう、僕は右腕を斬られたのだ
と頭が理解したと同時
嫌な噂が頭と意識を駆け巡る
”気をつけなさい”
「一派の職人自体を狙った
人攫いも横行する様になった」
その言葉が恐怖となって
心を支配していくのがわかる。
「怖い!痛い!辛い!熱い!
暗い!拙い!酷い!凶い!
苦い!恐い!憎い!非い!!」
溢れんばかりの負の感情に僕の身は沈む
その沈み蝕まれる意識の中でなぜだろう
最後に無意識に言葉を紡ぐ。
「助けてよ……姉さん」