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月影物語  作者: エビス
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過去① ~思い出~

 俺は幼い頃、その当時存在していたカーカス王国に住んでおり、そこではグラベルという夫妻とイルという名前の女性の四人で暮らしていた。


 この夫妻は飯屋を経営しており、厨房を夫で店主の親父さんが、盛り付けを妻の女将さんが、そして給仕をイルが担当していた。


 店はいつも忙しそうだった。

 だから俺は物心がついてちゃんと自分の足で立てる位の年齢になると、自然と店を手伝うようになった。


 最初は皿洗いと食材の皮剥きを手伝った。

 それに慣れてきたら、今度はイルの給仕の手伝いもするようになった。


 さらにそれにも慣れてきたら、今度は店が休みの日に親父さんが料理の作り方を教えてくれるようになった。


 食材の切り方や炒め方。

 調理のやり方に味付けの工夫。


 親父さんは寡黙で普段はあんまり喋らない人だったけど、俺に料理を教えている時だけはよく話しをしてくれた。


 まるで、実の子供みたいに色んな事を俺に教えてくれた。



 でも・・・俺とグラベル夫妻の間に血の繋がりはなかった。



 グラベル夫妻は、当時かなりの高齢だった。


 少なくともあの時の俺のような、十にも満たない子供を作れるような歳ではなかったし、それに俺と夫妻では顔立ちも髪色も全く違っていた。


 二人は丸顔でこの世界では一般的な茶色い髪だったのに対し、俺は面長で比較的珍しい黒髪だ。


 それを俺は出来るだけ気にしないようにしていたし、子供心ながらに触れてはいけない気もしていた。


 だけど成長するにつれてとうとう我慢出来なくなり、イルがいない時に夫妻にそれとなく尋ねてみた事があった。


「俺って誰とも似てないね」と。


 すると夫妻は、少し困った顔をして俺とイルの事を話してくれた。


 彼らが言うには、俺は数年前の冬の月に、イルに抱えられてグラベル夫妻の店の前に倒れていたそうだ。


 夫妻はまだ赤ん坊だった俺の泣き声でそれに気付き、俺達を店の中に入れて介抱してくれた。


 その後、意識を取り戻したイルは行く当てがない事を夫妻に告げ、彼らはイルに行く当てがないならここで働かないかと提案したそうだ。


 それを聞いたイルは涙を流して感謝し、この店で給仕係として働き始めたという事だった。


 話しを聞き終えた俺は夫妻に改めて、拾ってくれてありがとう、とお礼を言った。


 すると彼らは俺の頭を撫でて、言いにそうにしながら告げた。


「きっとお前とイルにも血の繋がりは・・・」



 ・・・ああ。



 それは夫妻に言われなくてもなんとなく察していた。


 だって、俺とイルは違い過ぎたから。


 グラベル夫妻の比ではなく違っていた。


 いや、俺とイルが違っていたと言うより、イルが他の誰ともあまりにも異なっていた。


 まるで宝石のようなスカイブルーの瞳――


 高貴かつ神秘的な整った容姿に、それと相反するような明るく朗らかな性格――


 読み書きはおろか歴史や外国語にも精通している聡明さ――


 そしてなにより、見た者を強烈に惹き付ける、長く美しい銀色の髪――


 他の誰にもない、まるで夜空に浮かぶあの月の光を宿したかのようなその輝きを、今でも俺は鮮明に覚えている。


 きっと死ぬまで忘れない。


 忘れられない。



 それが、俺の中のイルという女性だった。



 ◆◆◆


 ある日の夜、イルがいつまでもベッドに入らず、窓の傍にある椅子に腰掛けて空に浮かぶ月を眺めている事があった。


「イル、どうしたの?」


 俺がそう尋ねると、イルは俺が起きてるとは思わなかったのか少し慌てた様子で目元を拭って言った。


「ご、ごめんねウィロ・・・起こしちゃった・・・?」


「ううん、大丈夫だよ。寝れないの?」


「んー、そうじゃないんだけど・・・」


「?」


 イルが曖昧な返事をしたので俺は首を傾げる。

 その様子を見た彼女はクスクスと笑い、「おいで」と自分の元へ俺の事を手招きした。


 それに誘われてイルの傍へ行くと、彼女は俺を抱きすくめて膝の上に乗せた。


 そのまま俺の頭を優しく撫でて呟く。


「大きくなったねぇ・・・あんなにちっちゃかったのに・・・」


「・・・」


 イルはしみじみといった様子で呟いたが、俺はそれにどう返したら良いのか分からず、彼女にされるがままになっていた。


 暫くそうしているとイルが小声で囁いた。


「――ス・・・」


「えっ?」


 そのイルの言葉はよく聞きとれなかった。

 首をひねって彼女の方へ顔を向けると、イルはまた窓の外の月を眺めていた。


 その目は、どこか遠くに置いてきた大事なものを想うように優しく、それと同時にとても悲しそうであった。



 ◆◆◆


 ――イル――


 思えば俺はこの女性の名前しか知らなかった。


 どこの生まれで、どこから来たのか。

 何故俺を連れていたのか。


 何一つ俺は知らなかった。


 でも、たった一つだけ確かな事はある。


 それは、イルが俺の『親』であった事だ。


 それだけは、長い時間が経った今でも変わらない事実だった。

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