このいじらしい不遇武器にモーション値を!
「またアップデートでの修正なしか…。もうこりゃ、完全に忘れられてるな」
モンスター・アンチャート6。俺が学生の頃一大ブームを巻き起こした、巨大モンスターを仲間との協力プレイで討伐し、素材を剥ぎ取って装備を強化していくこのゲームは、順調にセールス記録を伸ばしナンバリングを重ね、今では世界的にその地位を盤石にしている大成功タイトルだ。初めて買ったセカンド・ポータブルの頃から俺はハンマーを武器に選び、巨大モンスターの討伐に勤しんでいるのだが、最近どうにもこのハンマーという武器の扱いが悪い。ナンバリングを重ねるごとにダメージ値も渋く、最大の特徴である『モンスターの頭を叩けば相手をスタンさせる事が出来る』というアイデンティティさえ、他の遠距離武器の特殊弾などでお株を奪われつつあり、しかも振り回すことでフレンドリー・ファイアという味方の妨害をしてしまうことから、ネットでは『不遇武器』『妨害武器』『マルチで一緒になったら悪いけどブロックする』シンプルに『かわいそう』等散々たる言われようである。
しかも、定期アップデートでの修正でも見向きもされず、運営からは存在を忘れられているとしか思えない放置っぷりである。人気武器である『太刀』は既に攻撃力の面からも優遇されているのに、今回のアップデートでバグ取りにより実質強化された。これにはハンマー使い始め多くの不遇武器達に失望を与えた。
もちろん武器を乗り換えればいいのだが、俺はこのハンマーという不遇武器が出来るだけ評価されるように、TAという不毛かつ終わりのない戦いに身を投じ、貴重なプライベートの時間を注ぎ込んでいる。もちろんモンスターをどれだけ早く狩れるか、というのが武器の全てではないし、フィールドのランダム要素やモンスターの行動パターンも乱数で変わる為、「たった一つの理想的な動き」を引くために何度も何度も挑戦し、自己ベストを塗り替え続ける、孤独な短距離走だ。
コンビニで買い出しして、何人も集まって頭をつきあわせて協力プレイをした友人達は、もう結婚して子供もでき、誘ってもゲームなどしてくれないだろう。同じ学部、学科の仲間だったはずなのに、俺はいつからこうなってしまったのだろう。就活に翻弄され、成り行きで決まった仕事に心身疲弊されるうちに出会いもなく…。
「あ、この配置無理」
クエストリセット。親の顔より見た「Now Loading」の画面。その内、俺はウトウトしてゲーム機を持ったまま寝てしまったらしい。
夢の中で、やたらとフランクな神と名乗る人物にあれこれ言われた。
『心筋梗塞って言われてたよ』『不摂生してるから』『能力は存分に活かしてね』『あとはまあ、好きにしていいよ』
やたらと眩しい。窓の外はすぐ隣のマンションの壁の筈なのに、光に熱を感じる。目を開けると、そこには見た事がないくらい濃い青空が広がっていた。
「は?」
身体を起こすと、周りを林に囲まれた草むらの中に、やたらとごつい鎧の足先が見えた。既視感がある。「モンアン」で見た鎧だ。足を動かすと、それを装着しているのが自分自身だと言うことに気がついた。頭を触ると、バンダナ状の兜まで身につけている。全て、スキルに悩んで選別した、ちょっとちぐはぐな装備。
「え、何、これ」
また違う夢に入ってしまったらしい、と背後を見ると、いかつい物体に視界を遮られた。後ろに腕を回して、それを手に取る。
「ハンマーだ!」
装備の中で、最も火力が期待できる最強装備の一角、「Z-レックスハンマー」。ただし、モンスターの弱点に精確に攻撃を当てられるプレイングスキルが求められる。
俺はこの武器をいろんな角度から見たり、質感を確かめた。モンスターの鞣された皮や骨、レアな宝玉で作られたこのハンマーは、自分の想像以上の光沢、質感で、高級感すら感じられる。
「いや、夢だろ?」
呑気にハンマーを愛でてしまったが、ゲームの夢を見ているのだとしても、フィールドが違うし、かと言って現実のわけがない。記憶は確かに、モンアンをやって寝落ちした所で途切れている。
「心筋梗塞」と言う言葉が嫌に頭に残っている。あのまま死んで、死後の世界に?そう頭をよぎった瞬間、背後の林から大きく木を倒す音と、叫び声が聞こえた。何事か、と走ってみると、何故かモンアンの走り方と同じだ。左上に体力ゲージが見える気がする。
ゲーム廃人あるあるだな、と自嘲気味に笑いながら林の中に分け入ると、すぐに林道を歩く人の列が見えた。かなり長い行列だが、様子がおかしい。怒号が飛び交い、映画で見た戦国時代の合戦のようだ。どうやら後続の方で何か起きているらしい。人々の不安そうな視線が、後ろの方を指している。顔は日本人ではない。かと言って、アングロサクソンって感じでもない。非武装の人間と武装した人間が混在しており、荷馬車が転々と配置されている。
よく見ると、荷馬車を引く動物が、馬ではない。首が妙に長く、羊から鼻を削いだような、奇妙な顔をしている。それに驚いている間も無く、後ろの方から大きな物体が飛んできた。武装した兵士だ。それと、何かの木片、そして後続の荷馬車についていたであろう車輪が弾むように転がって来る。
「うわああああああ!!!」
隊列はパニックになり、非武装の馬車引き達は焦って化物羊に鞭を入れるが、渋滞を起こして上手く前進できず、徒歩の兵士たちにぶつかりそうになりながら横転する。
そこに、茂みからいきなり現れた虎柄の巨体が飛びかかり、化物羊の頭を噛んで引きちぎった。化け物羊の身体は痙攣してのたうちながら鮮血を飛び散らし、幌の荷台に乗っていたらしき人間が這う這うの体で逃げ惑う。兵士たちは槍を突きつけているが、虎柄は唸りつつ周囲を威嚇し怯む様子がない。
モンアンの世界じゃなければ、地球でもない。しかし、このままでは甚大な被害が出る筈だ。腰が抜けた状態の男が、比較的自分の近くにいた。モンスターからは気付かれていないようだが、このままでは殺される。俺は思わず茂みから飛び出し、男を抱えて逃げられるよう前列の方に駆けた。
「あ、あんたは…」
「早く!」
男の足がもつれている。モンスターは兵士たちの攻撃を意に介さず、体当たりをして吹き飛ばしている。
「わあああ!」
比較的安全そうな前の方に連れてきてやったが、今度は周りが自分を見る目がおかしい。兵士の一人が助けた男をひっぺがすように俺から奪うと、剣を突きつけていた。
「異教徒め!モンスターの襲撃に乗じたか!?」
「えっ、いや、どう見ても助けようと…」
混乱しているのだろうか。確かに、こちらは浮いた装備ではあるかもしれない。しかしそこまで怪しい見た目だろうか。男はじりじりとこちらを警戒しながら距離をとり、逃げて行った。
後ろから、再び騒乱の音が聞こえて来る。弓を射っているらしく、何かが飛び交っている。弓はモンアンでは最強格武器の一つだった。手数が多く、ハンマーでは相手の隙を見て溜めた攻撃を当ててやっと出せるダメージを、弓なら余裕で越えて来る。TAでも上位の武器。
実際、モンスターも怯んでいるようだったが、物量が足りなかったらしく、距離を詰められて断末魔が上がった。ゲームだと倒れても、味方の二足歩行の猫が担架で運んでくれ、ベースキャンプに戻してくれる。1クエストにつき2回体力が尽きてもよく、つまりは3回挑戦が出来ると言うわけだが、モンスターに叩き潰された兵士は微動だにせず、当然猫が運ぶ様子もない。本当に死んだのだ。遠目なのでグロテスクな様は直視していないが、なんだか人間の顔を留めている様には見えない。
再び、それを見た人々が逃げ惑う。そして、通りすがら、俺を見てギョッとした様に目を丸くし、更に足早に逃げていく。どうやら、随分この世界ではおかしな格好らしい。先程俺がいた場所は既に蹂躙され尽くし、まともに立っている兵士は一人もいなくなっていた。ゲームだと体力が尽きるギリギリまで、元気に走り続けられるのに。
モンスターは、逃げる人々に反応し、それを追ってこちらに向かって来る。まだ若い、青年の兵士が逃げていた。俺はまた少しでも助けようと走り寄るが、モンスターの方が早く青年に接近する。
「こんのっ!」
俺は背中からハンマーを取り出して両手に構えた。駆け寄ろうとするが、腕に重みが移るせいかうまく走る事ができない。ゲームと同じだ。青年の前に出るが、振り上げるハンマーの攻撃が間に合わず、俺は青年もろともモンスターの引っ掻きに吹き飛ばされた。
衝撃は感じたが、思いの外痛みはなかった。青年は直撃こそ食らっていない様子だったが、岩に叩きつけられて呼吸が絶え絶えになっている。俺は起き上がるが、声をかける暇もなくモンスターがこちらに照準を合わせて前傾姿勢を取っていた。ゲームで見たこの格好は、次に飛びつきを行うサインだ。走って躱そうとしたが、俺はつんのめって草むらに倒れ込んでしまう。ゲームでは敵に背を向けてダイブを行うと、無敵時間が一瞬生じるが、そんな物理法則を無視したものがこの世に起きるわけがない。あの質量のタックルを喰らったら、中身の飛び出たカエルの死体だ。
しかし攻撃は当たらなかった。地に伏せた程度で、動物の飛びかかりを回避できるわけがない。モンスターが間違いなく跳躍したのは、伏せていても動く影から分かった。起き上がると、モンスターはこちらを倒したものと思っているのか、俺に背中を向けたまま青年を物色していた。
「やめろっ…!」
俺はモンスターの背後から、ハンマーを振り下ろした。その動きは、モンアンにおけるハンマーの基本コンボ1、振り下ろしと同じだ。
おかしい事だった。ホームセンターで売っているものとは比較にならないほど大きなハンマーを、万年運動不足の俺が体のブレもなく、持ち上げて振り上げられる訳が無い。やはり、これは夢だ。寝ぼけてゲームの夢を見ているのだろう。
しかしゲームにはない生々しい感触が、ハンマーの柄を通じて俺の手に伝わった。ハンマーがモンスターの後ろ足を潰したのだ。モンスターは甲高い悲鳴をあげ、頭をこちらに向けて方向転換し、引きずる足を庇った。
「なんでそこはゲームの仕様じゃないんだ?」
変な笑いが出た。ゲームだと、モンスターは頑強で、何度殴ってもなかなか足は引きずらないが、確かに普通これほど大きなハンマーで潰されれば、大きく損傷を受けるだろう。
判断がつかない!ゲームの世界なのか、ファンタジーの世界なのか、それとも現実なのか?
モンスターは口を開けてこちらに唸りながら威嚇を行う。ゲームでも見たアクション。咆哮されるとこちらは体がすくんで動けなくなるが、単なる威嚇の間はチャンスだ。そして、自分の体を回転させ、尻尾を打ち付けて来る攻撃。これは前転して距離をとり、攻撃範囲に入らなければ良い。突進、跳躍、岩とばし、相手の行動パターンを見て、隙を伺う。
2回目の口を開けての威嚇。その予備動作を見逃さない。すでに溜める動作をして準備はできていた。俺はモンスターに駆け寄ろうとして、足場に傾斜があることに気がついた。
「あっ…しまった!」
最新のモンアンでは、坂でハンマーを溜めると滑りだし、その勢いで大ジャンプ、ハンマーごと縦回転しながら着地で叩きつけるという、運動法則完全無視の攻撃が発動するのだが、まさにそれが起こったらしい。俺の身体は宙に浮き、視界が目まぐるしく回転する。自慢じゃないが、体育のマット運動ではハンドスプリングさえ出来なかった。
威嚇行動が終わる寸前のモンスターの顔が目に入る。両腕に握るハンマーが遠心力に振られ最後の回転力を生み出すと、鈍い音と同時に確かな手応えがあった。ようやく地面に足をつけた俺はモンスターの方を見やる。
モンスターは犬が蹴られた時の様な痛切な鳴き声を上げながらのたうちまわっていた。顔半分が陥没し、血が噴き出ている。俺はその光景に圧倒され、体が竦んでしまった。やらなきゃやられていた状況とは言え、動物を痛めつけた嫌悪感の様なものが、身体を重くする。
「ひ…」
先ほど一緒にやられた青年が意識を取り戻したらしい。こちらを見て顔色を青くしている。
「えっと…大丈夫…?」
「あああああ!」
青年は足を引きづりながら、必死の形相で逃げて行った。話を聞きたかったのだが、この惨状では仕方がないだろう。気がつけば、他の兵士の死体も近くに転がっていた。モンスターは動かなくなったが、呼吸を荒くして大きく背中を膨らませては戻している。しかし、次の瞬間、何者かが現れ、モンスターに光を浴びせた。モンスターは気絶する様に目をつぶり、地に伏せる。
「えっ?」
次の瞬間、助走をつけたもう一人が、上から剣でモンスターを一刺しに貫く。二人とも、外人の女性だった。一人はやや幼く、一人はもう大人と言っていいほど背が高い。
「なぜ、止めを刺してやらなかったんです?」
小さい方が俺を咎める様にそう言った。
「フーリエさん、どうせ言葉わからないですって」
背の高い方がそれに対して宥める様に言う。とは言え、庇ってくれてる訳でもなく、呆れている様な感じだ。耳が長い。ゲームでは、確かにこんな種族がいた。
「野蛮な文化レベルのヒュマゲン、しかもハンマー使ってたところを見るに、あっちの奴らにとっても異教徒の変人、まともな訳が無いです」
背の高い方はそう続けて、二人の女性はこちらを睨む。
「あ、あの、その異教徒ってなんでしょう?このハンマーが何か…」
男職場のため、久々に若い女性に声をかけた。勇気を振り絞ったのだが、二人は驚いた様な、引いた様な顔をして、顔を見合わせていた。
続く風ですが、単発のつもりです。to be continued…