第九十七話 覚醒のキス、革命の和沙
お化け屋敷の一件以来、ルリたちがプンスカ怒ってしまっている。しかし、春近としてはルリの怒ったプク顔が可愛くて、ついつい笑ってしまうのだった。
「ふふっ、ルリ」
「ちょっと、何で笑ってんの!」
春近の態度で、更にルリがプンスカ怒ってしまった。
「ごめんごめん、ルリは怒った顔も可愛いなって思って」
「も、もうっ、しょうがないなぁ」
「ほら、機嫌直してよ」
「あうっ、もぉ、ハルったら」
ナデナデしたら、一気に機嫌が直ってしまった。常にくっついていたいルリは、こうして密着していると安心するのだろう。
「おい、アタシにはないのかよ? まあ、そんなんじゃ騙されないけどな!」
当然のように咲も怒っていた。
「さ、咲も可愛いよ。ほら」
なでなでなでなでなで――
「ふにゃ♡ しょ、しょうがねえなぁ」
咲も機嫌が直ってしまった。デレデレである。
――――――――
二年のクラスを周っていると、腕相撲大会をやっているイベントに出くわした。
「おっ、勝てたら豪華景品だと?」
春近がやる気になっていると、教室の中から見知った先輩が現れた。
「おお、キミたち、俺と腕相撲をやってかないか?」
教室からドアを潜るように渡辺豪が出てくる。
相変わらずデカい。
「先輩、咲が怖がるから少し離れて下さい」
咲を庇うように春近が前に出た。もうお決まりのパターンだ。
春近の背中に守られた咲はご満悦である。
「おお、すまん」
豪が少し離れた。
「ハル、ありがと。いつも守ってくれて」
咲の、ハルに対する好感度がアップした。
「なになに、男子は渡辺先輩と、女子は卜部先輩と、腕相撲して勝てば景品がもらえると……。いやいや、あんな筋肉ムキムキの先輩に勝てるわけないだろ」
春近がイベントポスターの文面を読み上げるが、このルールで勝てる人はいるのかは謎だ。
「私やろうかな?」
ルリがやる気になった。腕を捲って力こぶを作る。見た目は可愛いけど、こう見えてルリはパワー系だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
ルリが前に出ると、卜部桜花がルリを怖がり春近の方に移動する。
「えっ、どうしたんですか先輩」
「わ、私の負けで良いから、酒吞を連れていってくれないか」
明らかにルリを怖がっている。
あの時、負けたのが原因なのだろうか。
「そ、それから、あの件は誰にも言ってないだろうな?」
桜花は春近の耳元に顔を寄せ小声で呟く。
「あの件って何でしたっけ?」
前にも聞かれた気がするが、春近には全く見当がつかない。
「おい、とぼけているのか? あれだよ、あれ、私が……お、おも、おもらし……したことだよ」
「ええええええっ! 先輩がおも、もごっ、んんっ~~」
ガバッ!
「おい、声が大きい! 本当に知らなかったのか? もしかして……私は自分でバラしてしまったのか……」
桜花は自爆した――――
四天王がルリと戦った時、卜部桜花はルリの瞳の呪力で催淫され、不覚にも失禁してしまったのだ。後輩から『桜花お姉さま』と慕われているのに、おもらしの噂が広がったら先輩としての威厳はボロボロである。
ルリは何も言っていないのだが、起きた時にルリと一緒にいた春近に見られたと勘違いしていたのだ。
「ええっと、それでは先輩、オレはこれで」
「待て! いいか、誰にも言うなよ! いや……言わないで下さい。誰にも言わないで! 何でもするから!」
「せせ、先輩、くっつかないで下さいよ。それに不用意に何でもするとか言っちゃダメです」
デカくて筋肉バキバキの桜花が春近にベタベタ密着しているのは、傍から見ると変な誤解を受けそうな絵面だろう。
これには機嫌が良くなったはずのルリの視線も険しくなる。
「ハル! まさか、先輩にまで手を出してるの?」
「ひいっ、土御門、助けてぇ」
ルリが近付くと桜花は春近の背中に隠れる。更に密着してしまった。
「先輩、ルリも気付いていないし、オレは誰にも言いませんから安心して下さい」
「そそ、それは分かったから酒吞を何とかしてくれ」
「もうっ、またくっついてる!」
「ひいいいっ!」
ルリが怒って近付き桜花が怖がって密着するの繰り返しで終わらない。
春近は何とか桜花をなだめ、ルリの誤解を解いてから開放された。
――――――――
文化祭も午後になり、いよいよ本番だ。
皆で体育館に移動する。
そんな中、和沙だけは緊張でおかしな挙動になっていた。
「鞍馬さん、何だか緊張しているみたいだけど大丈夫?」
「お、おう、任せろ……」
春近が声をかけるが、和沙の動きがガチガチになっている。
「やっぱり心配だな……」
舞台では前の演目の桃太郎をやっている。
坂田金之助のクラスなのだが、坂田先輩なら金太郎だろと誰もがツッコミを入れたくなるかもしれない。
※平安時代の頼光四天王の一人、坂田金時は金太郎のモデルだと言われています。
刻一刻と開演までの時間が迫ってくる。
普段は纏まりの無いクラスなのだが、今は皆で団結して劇を成功させようとしていた。
「旦那様、わたくしの渾身の木の演技、観ていて下さいね!」
栞子はドヤ顔でグッとポーズを決めた。
「え、ええ……」
栞子さん……ごめん、木の役には台詞が無いうえに動きも無いんだ……。いったい誰だよ、木の役なんてクジに混ぜたのは? 絶対、冗談で入れただろ。
ツイていない栞子を、ちょっぴり不憫に思う春近だ。
前の演目が終了し緞帳が降りた。
急いで全員で準備に取り掛かる。
皆、慌ただしく大道具をセットし始めた。
「よし、皆で作り上げたこの舞台、絶対に成功させようぜ!」
「よっしゃぁああっ!」
「「「おぉぉーっ!」」」
藤原が中心となって音頭を取り、クラスの陽キャたちが盛り上がっている。
「次の演目は一年A組による白雪姫です」
放送が流れ、ゆっくりと幕が上がって行く。
「もう、ここまで来たらやるしかない! オレ達の煌きを舞台で見せてやんよ!」
春近まで変なテンションになってしまう。お祭りあるあるである。
「むかしむかし、ある国に白雪姫と呼ばれる美しい姫がいました――――」
ナレーションで物語が始まった。
「そして、その義母である王妃は、真実のみを伝える魔法の鏡を秘蔵していました。王妃は自分こそが一番美しいと信じていて、毎日のように鏡に『この世で一番美しいのはだあれ?』と聞き『それは王妃様です』と答えで満足する日々を送っていました」
舞台はスムーズに進んだ。
「白雪姫が大きくなった頃――――」
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」
ルリの名演技が始まる。
「うーん、王妃様は美しいけど、だいぶお年を召したし、白雪姫が成長して美しい女性になったので、一番美しいのは白雪姫かな」
無責任で適当な鏡だった。
「は、はあぁ! なんですって! このクソ鏡め! いや、鏡は嘘はつかないのだった……。おい、誰か!」
「はい、ここに」
従者である藤原がルリの前に控える。
「よいか! 白雪姫を森に連れて行ってヤっておしまいなさい! その証拠として心臓と髪を持ってきなさい!」
「ははっ!」
ここまでは上手く行っている。
ルリの演技と元々の美しさも相まって、女優のような貫禄だ。
ただ、相変わらず悪の女幹部のようだが。
「商人に変装した王妃は、白雪姫に毒リンゴを食べさせて殺してしまいました。七人の小人達は悲しみ、白雪姫はガラスの棺に入れられ山の上に置かれました」
よし、遂にオレの出番だ。急に緊張して足が震えてきたけど、なんとか成功させないと。
春近が舞台袖から出るタイミングを計る。
「そこに、唐突に何処かの国の王子が現れ、白雪姫を譲って欲しいと申し出ました」
「颯爽登場王子です!」
颯爽という感じではないが、春近が登場する。
「ですが、白雪姫は毒リンゴを食べて死んでしまいました」
そう小人たちが述べる。
「大丈夫です! 私の国に伝わる超古代魔法のキスにより蘇生させます!」
そんな話だったかは疑問だが、この文化祭のシナリオでは超古代魔法なのである。
物語はクライマックスに突入し、体育館に詰めかけている全生徒が固唾を呑んで見つめている。
春近は眠っている和沙にキスをする体制に入った。
鞍馬和沙は段ボールで作ったガラスの棺に横たわりながら、この学園に転校してからのことを考えていた。
そうだ、私達は蘆屋満彦に呪詛で操られ、ルリを拉致したり満彦のクーデターに加担させられてしまったのだ。
土御門春近、あの男は自らの危険も顧みず、好きな女の為に敵地に乗り込んで来たのだ。
私は羨ましいと思った……
はたして、私は命を懸けてまで助けてくれるような男に出会えるのだろうか?
再び学園に戻ってから、あの男はとんでもないヤツだと思った。
何人もの女をはべらせ暴言まで吐いていた。
でも、この一か月以上にわたって彼を見てきたが、常に女性には優しいし酷いこともしていない。
本当に、あれは冗談だったようだ。
最近では、天音や一二三までおかしくなってしまった。
私の好みとは全く違うのに、何故か気になってしまう。
私までおかしくなってしまったのだろうか……?
そうだ、あの男は……ルリを拉致した私たちを、一度も批難しなかった。
本当は心の優しい男なのだろうか……?
私は……理想とか容姿とか関係ない。命を懸けてでも私を守ってくれる……そんな男に憧れていただけなのかもしれない……
和沙は、永遠のようでいて刹那なのかもしれない回想から戻り、王子役の春近を見つめる。
そうだ、何度も練習したようにキスシーンを成功させるのだった……
何を思ったのか、和沙は起き上がり、春近の首に両腕を回し、そのまま唇を重ねた――――
「ちゅっ」
……………………
一瞬の静寂の後、会場全体にどよめきが鳴り響いた。
「えええええええええええええええっ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「はああああああああああああああっ!!」
会場に居た全員が見つめる衆人環視の中、春近と和沙は本当にキスをしてしまったのだ。
「え、ええっ、ええええっ! あの、鞍馬さん?」
「あ、ああ、あああ、こ、これは……こりぇはちがうんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
和沙は顔を真っ赤にして、恥ずかしさのあまりカミカミになって走って逃げてしまう。
後に取り残された春近は、呆然と舞台に立ち尽くしていた。
「えっ、ええっ! あっ、こ、こうして白雪姫と王子は、末永くラブラブで過ごしましたとさ!」
ナレーション役の生徒が、ヤケクソ気味に台詞を言って無理やり幕を閉じた。
この白雪姫が、ある意味、文化祭史上伝説の舞台となってしまったのだ。




