第九十六話 クーデレ?
秋の空は高く空気が澄んでいて気持ちが良い。
ぐっと気温が下がり過ごしやすくなった季節の中で、今日も春近は寮から校舎へと向かう。普段は寒色系の雰囲気がする校舎も、今日は綺麗に飾り付けられ華やかな感じがする。
色々とおかしな学園だが、こういうイベントは普通の学校のようだ。
色とりどりの飾りや看板やポスターが並ぶ廊下を、春近は歩いて教室へと向かっていた。
「うーん、あれから一度も成功していないけど、本番は大丈夫なんだろうか?」
教室へと向かいながら春近は演劇のラストシーンを思い浮かべる。
結局、和沙は恥ずかしがってキスシーンができず、ぶっつけ本番でやることになってしまったのだ。キスするフリだけなので、それっぽく見せるだけで良いはずなのだが。
教室で待機していた春近だが、隣のクラスのメイド喫茶が気になって仕方がない。
「よし、うちのクラスの公演は午後からだから、午前中は他のクラスのイベントを回れるな」
そんなことを言いながら、さり気なく抜け出してメイドさんを堪能しようとする春近だが、怪しんだ咲に腕を掴まれてしまう。
「ちょっとハル、何か変じゃね?」
「えっ、ヘンジャナイデスヨ……」
「おい、思い切り怪しいだろ」
「うっ……ほ、他のクラスの出し物も気になるだろ」
女の感なのか、咲の乙女センサーなのか、春近のことになると敏感なのだ。
メイドさんが大好きな春近だが、咲と一緒に回りたいのもあった。
「ねえ、アタシと文化祭デートしようよ……」
「か、かわいい……」
「えっ、か、かわ、可愛いだなんて。えへへぇ」
「文化祭デートいいねっ! もう、メイド喫茶でも冥土喫茶でも行っちゃうよ」
「おい、やっぱりメイドが目当てだったのかよ」
しまった、心の声が漏れてしまった。
「そんなことだろうと思ったんだよ。まっ、アタシも一緒に行くけどよ」
咲が春近を逃がさないよう腕を掴んだ。
「ハル、私も一緒に行く!」
そしてルリがもう一方の腕を掴む。
メイドとか言っている春近だが、最初からルリたちと文化祭デートのつもりなので、皆で回ることになった。
「うん、一緒に行こう」
そして、杏子と栞子も加わり、文化祭デートというよりハーレム王になってしまうのだ。
――――――――
メイド喫茶をやっているB組は、繁盛しているようで満席だ。可愛いメイド服を着た女子が受付をしている。
「少し待ちなのかな?」
春近が中を覗くと、客が男子ばかりで数名のメイドが接客しているようだ。
「アイスコーヒーを」
「オレ、オレンジジュース」
「じゃあ、紅茶で」
「はあ? 面倒でしょ! 全員同じのにしなさい!」
「「「はいぃぃぃ」」」
「飲み終わったら、すぐ席を空けなさい!」
「「「はいぃぃぃ、ついでに罵ってください」
「はあ、バカなの!? 早く出て行きなさい!」
「「「ありがとうございますぅぅぅ」」」
「どんなメイドだよ。SM喫茶の間違いか? まあ、想像通り渚様なんだけど」
誰もの想像通り、メイド服を着た渚が接客していた。メイドというより女王様にしか見えないが。
「あっ、春近! ちょうど席が空いたわよ! 早く入ってきなさいよ」
入り口にいる春近を見つけた渚の顔が一瞬で笑顔になる。他の客と春近とでは対応に雲泥の差があるようだ。
「ほらほら、こっちよ。座って」
「は、はい。ありがとう渚様」
ドSメイドさんに、席まで案内される春近一行。
もしかして『オレの為に早めに席を空けてくれたのだろうか』と春近が思うのも無理はない。もしかしなくても、渚は春近ファーストである。
席に座った春近は、渚のメイド姿に見惚れてしまう。キラキラ輝く金髪も、少し怖いけど美しい目も、ヒラヒラしたスカートから伸びる脚も、全てが輝いているようだ。
「な、渚様、メイド服が凄く似合ってますよ。ちょー可愛いです」
「そ、そう……もうっ、春近が、どうしても見たいって言うから、仕方なく着てあげたんだからね! うふふっ♡ もう、しょうがないわねっ」
渚がツンデレっぽいリアクションをしていて面白い映像だ。一同が渚の変わりっぷりに言葉を失う。
「もうっ! ハルぅ、デレデレしすぎ!」
ルリがプンスカ怒ってしまう。
ジト目になったルリが頬を膨らませた。
「えと、で、デレデレしてないから」
「してただろ」
反対側から咲もジト目になっていた。
一方、渚は上機嫌で注文を取っている。
「ははっ、しかし、こんな接客なのに客が多いな」
「渚っちのドSメイドが一部の男子に人気なんだよぉ」
他で接客をしていたあいもやってきた。ムッチリした褐色の肌が露出し魅惑的だ。特に大きく張り出した胸元が。
「そ、そうなのか……意外とM男子が多いんだな。あ、あいちゃんのメイド姿も可愛いよ」
普段のギャルっぽい感じとは違ってギャップ萌えでグッとくる春近なのだ。
「ありがと、はるっちぃ♡」
「ハル君っ、来てくれたんだあ」
そこに、一気に距離を詰めるような勢いで天音が迫る。目は完全に春近しか見ていない。
「天音さん」
ガシッ!
「あんたは仕事があるのよ!」
「えっええ~っ、ハルくぅ~ん♡」
春近に抱きつこうとした手を渚が掴み、そのまま裏に連れて行かれてしまう。
「天音さん、大丈夫かな……」
裏で鬼と天狗の大戦争とかになってないだろうな?
「うーむ、確かにミニのメイドも良いのですが……私としては、より本格的な英国のロングワンピースになっているヴィクトリア風メイド服の方が好みですね。あと、ホワイトブリムよりモブキャップの方が……」
杏子がメイドを語りだす。
「オレよりメイドにうるさい人がいるぞ」
「御主人様がお望みなら、私がメイドになって御主人様に調教される設定の、背徳のメイド調教プレイもこなしてみせますよ!」
「ちょっ、杏子、何言ってんの」
杏子が際どい話を始めてしまい、ルリたちのジト目が更に強くなった。
「はい、どうぞ」
渚が注文したドリンクを運んできて並べている。
そこで春近は少し悪乗りしてみたい感情がムクムク出てしまう。あの渚女王をメイドとして給仕させることができるのだから。
「渚様、まだメイドの挨拶をしていないですよね。メイド喫茶では『おかえりなさいませ御主人様』って言うんですよ」
「はあ、言うわけないでしょ!」
「で、でも、せっかく可愛いメイド姿なんだから、渚様に言って欲しいし」
「うっ…………い、言って欲しいの? くっ、お、おか、おかえり……なさ、なさ、いませ……ごしゅ……って、言うわけないでしょ!」
「うわっ、すみません、調子に乗りました」
襟元を掴まれ引っ張られる。
「二人っきりの時なら、言ってあげても良いわよ(ぼそっ)」
耳元でそう囁いた渚は、赤い顔をしたまま裏に行ってしまう。
渚の後ろ姿が何だか楽しそうだ。
――――――――
続いてC組の教室に向かう春近たち。
教室の入り口では、飯綱遥がお化け屋敷の受付をしている。
「ふあぁ、やあ、遊んでいってよ」
暇そうにしていた遥が言う。
「飯綱さん、そういえばカップル限定って聞いたけど?」
「最初はそうだったんだけどね。意外とカップルが少なくて客が来ないから誰でもOKにしたんだよ。そりゃそうだっての! 皆が皆付き合ってたら苦労はしないっての。私なんか全然彼氏ができないのに」
「そ、そうなんだ……」
後半は、ただの愚痴になってた。
「ハル、一緒に入ろっ」
「アタシも一緒だからな」
「旦那様」
「春近君」
ここで問題なのが入るカップルだ。全員から腕を掴まれてしまう。
さすがに五人で入るのは狭かったようで、五人一緒には入れず中でバラけてしまった。
外から見るとショボい(失礼)感じだが、中は本格的になっているようだ。暗くて何も見えないから恐怖感を出しているのかもしれないところだが。
「ええっ、暗くて何処に誰がいるのか分からないぞ――」
「こっち……」
誰かに手を取られ春近は連れて行かれる。
「あれ、この声は……確か」
「……大丈夫、私が案内する……」
この静かで感情の起伏の少ない声は、やっぱり比良さんだよな――
暗くて顔が見えないが、声と喋り方で春近は相手が一二三だと分かったようだ。
しかし、少し歩いたところで彼女の大胆な行動に驚いてしまう。
むぎゅっ!
「えっ、あ、あの?」
「……何か?」
えっ、えっ、ええっ、比良さんが腕をオレに絡ませて密着しているのだが――
「あ、あの、やけに近くないですか?」
「……問題無い、こういうシステム……」
いやいやいや、そんなシステムのお化け屋敷は初耳なんだけど! というか、オレの腕に柔らかい感触が当たっているのだが……。
後ろで咲や杏子の叫び声が聞こえるのだが、春近は左腕の柔らかい感触が気になってお化けどころではない。
「やっと出口だ」
「んっ……」
やっと明るいところに出たが、一二三は抱きついたまま離れようとしない。
「ハル、先に行っちゃダメでしょ。えっ!」
「おい、ハル、ってオイっ!」
後から出てきたルリたちが、春近と一二三がくっついているのを見て固まっている。
「あ、あの、これは…… ちょっと、比良さん、もう外に出たから」
「……ダメ、もう少しこのまま、そういうシステム……」
「ええっ、そんなシステム知らないけど」
「ここではシステムは絶対……」
ぎゅぎゅっ!
ルリたちの視線が怖い。
不満が爆発だ。
「むううっ! ハル! またなの!?」
「うわっ、和沙に続いてその子もかよ。ハルは息をするように女を堕とすのか?」
「旦那様! わたくしとの子づくりは全然してくださらないのに!」
「さすが御主人様、無限の性欲! まさに淫獣の如し! くふふっ」
「だから知らないのに……」
いつも無表情に見える一二三の顔は、少しだけ赤くなっているようだ。
これは、もしかして……もしかするのかもしれない。
春近は、本人の自覚の無いままハーレムを広げようとしていた。