第九十四話 普段はつよつよ、恋愛はよわよわ
季節は十月に入り、文化祭というラブコメ的な一大イベントが近づいてきた。
そして現在――――
クラス委員長の杏子が、クラスの出し物を決める為に企画を募集しているのだが、誰も手を上げようとしない気まずい状況である。
「あ、あの、誰か……やりたい企画はありませんか……」
入学したばかりの頃に、メガネだからという理由で委員長にされてしまったのだ。
慣れない人前での会話がたどたどしくて、何だか杏子が可哀想になる。
ここは、オレが何か案を出すしかないかな――
杏子の彼女兼御主人様という春近は、何か案を出そうと頭をフル回転する。
文化祭といえばメイド喫茶とか? いやまて、アニメだと定番だけど、リアルだと女子からブーイングが出そうだな。
演劇とか? いや、そんなのセリフ覚えたり衣装を作ったりと、本番までに時間が無いかな。
お化け屋敷? いやいや、これも難しそうだな。
どうしよう……
そこに、突然ルリが手を上げた。
「はい、はい、はーい! 白雪姫! 私が白雪姫でハルが王子!」
ルリが演劇を希望して配役まで勝手に決めている。
「でしたら、シンデレラを希望いたしますわ! 勿論、シンデレラはわたくしで王子は旦那様で!」
栞子が対抗し、またしても配役を勝手に決めている。
案を出そうと思っていた春近だが、ルリと栞子の暴走により、もう流れが演劇になっていた。
「でしたら、新選組はどうでしょう? 池田谷事件から鳥羽伏見の戦い、そして甲陽鎮撫隊として甲府へ、会津戦争、更に蝦夷に渡り榎本武揚と合流し函館戦争にて――――」
司会進行はたどたどしかった杏子が、急に早口になって捲し立てる。オタク特有のあれである。普段は寡黙でも、自分の好きな分野には次から次へと知識が溢れ出て止まらないのだ。
同じオタクの春近は、彼女を見て、まるで自分のことのように気恥ずかしくなってしまう。
因みに杏子は、白桜戦記という乙女ゲームで新選組を好きになったらしい。
このままでは決まらないな。
よし、ここはオレが何か発言しないと。
「あの、演劇だとしたらクラス全員の投票で作品を決めるということで。配役はクジ引きで……」
春近の発言に、同時にツッコみを入れるルリと栞子。
「えええっー! 私とハルの白雪姫は?」
「旦那様! わたくしとの結婚は?」
「だから、それじゃあ決まらんだろ。てか、栞子さん、結婚の話にしない」
「よーっし、それじゃ作品を黒板に書いて手を上げて投票にしようぜ!」
藤原が立ち上がり発言する。
おお、ナイス藤原!
オレに目配せしてアシストしてくれたぞ。
さすが陽キャ、こういう時は役に立つ。
テキパキとクジやら何やら用意してるぞ。
「どうしてこうなった…………」
演目は投票で白雪姫に。そして、クジ引きの結果……配役は、春近が王子で和沙が姫になってしまう――
「和沙ちゃん! 何で姫役とっちゃうの? そんなにハルとキスしたいの! てか、何で私がイジワルな妃役なの?」
ルリが理不尽な理由で和沙に食って掛かる。
「ま、まて、私は何もしていない! クジの結果だろ」
キスという言葉に反応したのか、和沙の顔が赤い。
「はぁぁ…… やっぱり和沙も堕ちてたのかよ……まさか、皆の前でキスとかヤバいだろ……」
咲まで和沙に不満をぶつける。
「だから、フリだ、フリ! 本当にキスするわけないだろ。それに私は堕ちてないから!」
「新選組が……春近君の土方歳三が……観たかった……ぐふっ」
杏子は妄想全開になっている。
「うううっ、まだ皆さんは役があるだけ良いではないですか……わたくしなんて木の役ですよ……木の役なんて現実に存在したのですね……」
栞子はダークオーラ全開で呟く。
「それは、ちょっと同情するけど……」
皆の文句にいちいち返してあげていている和沙が大変そうだ。
本番まで余り時間がないが、こんな状態で演劇大丈夫なのだろうかと心配になる春近だった。
放課後――――
衣装はレンタル、小道具や大道具は段ボールで簡素に作るということになり、簡単に台詞の読み合わせを始める。
白雪姫:鞍馬和沙
王子 :土御門春近
妃 :酒吞瑠璃
小人 :茨木咲、鈴鹿杏子、その他
従者 :藤原
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのはだあれ?」
イジワルな妃になりきってルリがセリフを読む。
「それは、白雪姫でございます」
鏡役の生徒がそう言うと、演技なのを忘れたルリが暴走する。
「何ですって! おい、藤原! 泥棒猫の和沙を森に連れていってヤっておしまいなさい!」
「ぷぷっ! ダメだ、ルリの迫真の演技が悪の女幹部みたいで、笑いを堪えるのができない。それに本名になってるし。あれ、絶対本音が漏れてるだろ」
「ちょっと、ハル! 何で笑うの?」
「ごめん。でも、本名になってるよ。ぷぷぷっ!」
「もう! 笑わないでっ!」
次は妃が商人に化けて、白雪姫に毒リンゴを食べさせるシーン。
「もうっ! ハルを狙ってる泥棒猫は毒リンゴを食らえ!」
もう台詞自体が全く違っていた。
最後に、毒リンゴで死んでしまった白雪姫を通りかかった王子がキスでよみがえらせるシーン。
「というか、王子って最後しか出ないじゃん。セリフが少ないのは良かったけど。しかし、偶然通りかかった王子が、見ず知らずの死体になった姫を嫁にするって、よく考えて見ると凄いストーリーだな」
ストーリーに驚きながら春近が演技を始める。
「おおっ、なんて美しい姫なのだ!」
ルリがすっごい睨んでる。これは演技なんだ。やり難い――
横になっている和沙に顔を近づける春近だが、キスのフリというのが恥ずかしい。
鞍馬さん……普段は気が強そうで苦手なんだけど、寝ている顔はけっこう可愛いな。
何だか緊張してしまう。
顔と顔がどんどん近づいて行く。
「だ、だめぇぇぇ! まだ、早いっていうか、不純だぞ、不純だ!」
ドォォォォーン!
春近は和沙に突き飛ばされる。
「いてて、鞍馬さん、これは演技ですよ。フリですから」
「えええ、演技なのは分かってる! でも、キスなんてまだ早いから!」
和沙は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「あ、や、し、い……」
ルリはジト目で和沙を見る。
「あ、あやしくなんかないぞ。普通だ、普通!」
「確かに、あやしい! 前はそんなんじゃなかっただろ! やっぱり、この前ハルと一緒に行動していた時に、絶対何かあっただろ?」
咲も和沙の行動を怪しんでいる。
「何も無い!何も無いぞ! 私がこんな男を好きになるはずがない!」
周囲からツッコまれ、和沙が孤軍奮闘で必死に否定している。
確かに、あれ以来、和沙は春近の顔をチラ見することが多いのだ。
「ハル、気を付けて! この子、前に『チンコチンコ』言ってたエロい子だから! きっとハルのチンコを狙ってるよ!」
その時は和沙に助けてもらったのに、ルリの完璧な手のひら返しである。
「そ、そそそ、しょれを言うなぁぁぁぁぁ! あ、ああ、ありぇは違うからぁああああっ!」
和沙は噛みまくって何を言っているのか分からなくなる。
「わあああああっ! 不純だぁぁぁぁぁ!」
真っ赤な顔を手で覆って、走って教室を飛び出してしまった。
「ええっと……鞍馬さんって、普段は気が強そうなのに、恋愛関係の話になると急に弱々になってしまうんだな」
こんなんで本番は大丈夫なのだろうかと、心配になる春近だった。