第八十一話 告白の行方
残暑が続き息苦しい気温が続く九月上旬、春近の部屋ではエアコンがフル稼働して快適な温度を保っている。
そう、春近たちは誰一人欠けることなく全員無事に学園へと戻ったのだ。まるでアニメの中の世界みたいな、銃弾や魔法が飛び交う戦いから。
この男、実は呪術的大災厄による国家存亡の危機を救った英雄らしいのだが、とてもそうは見えない。ただのアニメやゲームが好きなオタクにしか見えないのだ。
春近は、有名になって偉くなったり威張ったりしたいわけではなく、静かに穏やかな暮らしがしたいだけなのである。
何となく流しているテレビからは、ワイドショーのキャスターやコメンテーターが意気揚々と批判を展開していた。責任の所在が誰にあるとか、危機管理能力がどうだとか、防衛出動は合憲なのかとか、首相と都知事と副首相とで責任の擦り合いをしているとか、ここぞとばかりに大盛り上がりだ。
最高のネタを得て、しばらくは同じ話題が続くのだろう。
緊急事態への備えや対応が不十分だの首相が責任を取り辞職しろと弁舌を振るっているコメンテーターの音声を聞き流し、春近は新しいイベントが始まるスマホゲームを起動させた。
事件で校舎のガラスが割れてしまい、今週いっぱいは休校となっていた。授業再開は来週からの予定だ。
実は、あの事件での様々な春近の問題は何も解決されておらず、栞子との結婚話も杏子の告白も、とりあえず保留されている。
「ふうっ、栞子さんは入院中だし、鈴鹿さんもあれから何も言ってこない……」
春近が呟く。
「でも……鈴鹿さんの告白には、ちゃんと返事をしないとだよな……」
ゲームの画面を見ながらも、心ここにあらずといった感じであった。
「うーん、正直な所、鈴鹿さんの事は好きなんだよな。アニメや漫画などの趣味も合うし、一緒にいて楽しいし同じネタで笑い合える大切な人だよ」
そこで春近の脳裏に、もう一人の女子の顔が浮かんだ。
そう、問題はもう一つある。
咲の事だ――――
咲には、一学期に告白されているのだ。
返事は要らないと言われたが、もうここまで来たら誠実に答えるべきだろう。
「咲……あんなに真っ直ぐに好意を向けてくれているのに、このままじゃダメだよな……」
もっと咲のことを誠実に考えようと思う春近。ハーレムなのだが。
「後は、栞子さん……と、取り敢えず栞子さんのことは置いておこう。退院して復帰したら考えよう」
こっちは怖いので置いておいた。
「はぁぁぁ……どうしよう! 入学前は一人の人を誠実に愛すのが当然だと思っていたのに、こんな何人も同時に付き合うようなことになってしまうとは……。わ、我ながらハーレムなんて不誠実だと思うのだが、一人だけに決めて他全員をふるのはできそうにないし」
ピコッ!
そんな時、ゲーム画面に個人向けメッセージが表示される。
メッセージ主は、ゲームフレンドの鉄血騎士キョウだ。
『狂乱蛇王ベリアルさん、ちょっと相談があるのですが』
チャット画面にはそう表示されている。
この狂乱蛇王ベリアルとは、春近のゲーム内ネームだ。
「鉄血騎士キョウ、前に言っていたコイツの隣の席の子が好きとかいう話かな? いや、コイツは男だと思っていたけど、実は女だったんだよな……」
『いいですよ。クラスの男子の話ですか?』
春近は返信する。
『はい、実は……先日、告白をしてしまったのです』
「おっ、遂に告白したのか!」
ゲームフレンドの恋バナに春近のテンションも上がる。
『それで、結果はどうなったのですか?』
『それが……ありえないような非常事態が起きまして、気分が昂ってしまい告白する所を間違えて求婚してしまったのです』
「ぶふぉぉぉぉーっ!!」
春近は飲んでいたアイスコーヒーを吹き出した。
「えっ、えっ……非常事態……求婚……まさか……」
『あれから彼は、何も言ってくれなくて……他に付き合っている人がいるから、私のことは何とも思っていないのかもしれません……』
「いや、まてよ……前に相談された時も、漫画を貸して仲良くなるようにアドバイスしたら、直後に鈴鹿さんは漫画を貸してくれたよな? 鉄血騎士キョウ……キョウ……杏子……まさか……そんな偶然が……」
『あの……鉄血騎士キョウさん。今、部屋ですか?』
『はい』
『ちょっと待っていて下さい』
そう書き込むと、春近は外に飛び出した。
女子寮の前まで行きながら、春近は迷っていた。
「どうしよう……メールしてみようかな……?」
春近はメッセージアプリを開き、寮の玄関にいることを伝えた。
「ど、どうしたんですか、急に女子寮まで来るなんて……」
寮の玄関から出てきた杏子は、思い切り部屋着っぽい恰好をしていた。
ヨレヨレのTシャツに、下はジャージだ。
春近が彼女の首から下をチラ見しているのに気付くと、慌てて杏子が弁解し出す。
「こ、これはですね……春近君が、急に玄関にいるとかメッセージが来て……慌ててたので……」
「いや、大丈夫だから……あ、あの……」
こういう時に上手い言葉が出てこないのが、元々非モテ男子だった春近たる所以だ。
鈴鹿さん……
一緒にいて楽だし気兼ねしないのが良いのだけど、告白されたのに友達みたいなことを言うのもマズいよな……
何だか元気が無いように見えるし……オレが返事をしないからなんだよな。
あの時はバタバタしていて言えずじまいで、その後も言うタイミングを逃してしまって……
「あの、ここで話すのもなんですから、私の部屋に来ませんか?」
春近が言いよどんでいると、杏子の方から部屋に誘ってきた。
「ええっ、鈴鹿さんの部屋に? で、でも、女子寮は男子禁制では?」
「結構、カップルの男女が出入りしてますよ」
「ええっ、女子寮に男が出入りしているなんて、この学園の風紀って……」
確かに風紀は乱れているが、公衆の面前でエロいことばかりしてハーレム王と呼ばれる春近が言えた義理ではない。
彼女の部屋に入ると、壁一面にアニメのポスターが貼ってあり、机にはゲーミングパソコンが、横の本棚には漫画やラノベが並んでいる。
典型的なオタ部屋で、なんだか春近は嬉しくなった。
「おおっ、あのポスターは――」
いや、今はそういうのを見ている場合じゃない。
真面目に告白の返事をしないと。
春近は核心に触れる質問する。
「あの、驚かないで聞いて欲しいのだけど……」
「はい……」
「鈴鹿さんって、〇〇ってゲーム好きですか?」
「はい、ある程度極めてますね」
「も、もしかして……鉄血騎士キョウさんですか?」
「は、えっ、ええっ……」
「あの、オレが狂乱蛇王ベリアルです」
「ええええええええぇぇぇぇーっ!」
案の定、杏子はひっくり返りそうなほど驚いた。
「ま、まさか……と、いう事は……私は、恋の悩みを本人に相談していたのですか」
「そうなります……」
「うきゃああああ! 恥ずかし過ぎる! こ、これは公開処刑ですか? 羞恥プレイですか?」
「ち、違うから、オレも、さっきのチャットで気付いたんだから」
「はああぁ……お、終わったぁ……」
「終わってませんから。今日は告白の返事にきました」
「ど、どうせ、ダメですよね。分かってます。私は酒吞さんや大嶽さんみたいに美人じゃないし、服もこんなダサダサな感じだし……」
ガックリと肩を落とした杏子が呟く。自分の服装を見ながら。
「違いますよ。鈴鹿さんには鈴鹿さんの良さが有るじゃないですか! クーデターの時だって、鈴鹿さんがいなかったら装甲車を動かせなかったし、色々な知識も豊富で凄く役に立ってました。それに、鈴鹿さんとは趣味も合うし一緒にいて楽しいから、これからも仲良くしたいんですよ。いきなり結婚は無理だけど、オレがルリや渚様と付き合っていても、それでも良いのなら……オレも鈴鹿さんが好きです」
「えっ、それって……OKって事ですか?」
「はい」
「……………………うぉっしゃキタァァァァァァァァァァァー! 彼氏いない歴イコール年齢の私に、いや、男友達もろくにいなかった私に奇跡が起きたぁぁぁ!」
少しの間の後に、杏子は変な踊りをしながら叫んでいる。
「では、早速ですが。春近君には私の趣味について理解を深めていただきたく――」
先程のテンションから急に説明口調になった杏子だが、引き出しから手錠やら縄やらムチを取り出して並べ始める。
「えっ、えっ、えええっ! す、鈴鹿さん、何してるの……」
な、何だその物騒なグッズは……まさか、鈴鹿さんまでドS女子なのか?
「これで私を縛って下さい!」
「ドMだったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
今までに無かった展開に、春近も動揺する。
「いやいやいや! だから、いきなりぶっ飛び過ぎでしょ!」
「ふっ、普通のカップルは、こういう事してるのでありますよ」
「し、してません!(たぶん)」
「この本によると普通にしてますよ」
そう言いながら、彼女は凌辱系の薄い本を取り出して並べ始める。
「ソースがエッチな漫画だったああああぁぁぁぁ!」
表紙の絵が過激で、春近まで変な気持ちになってしまっていた。
鈴鹿さん……
同級生男子と二人っきりの部屋でエッチな本を見せるなんて……普通の女子には出来ないことを平然とやってのける。
さすが鈴鹿さん、ある意味尊敬する!
「それから、私の事は鈴鹿さんじゃなく杏子と呼んで下さい。それも鬼畜枠の御主人様系な感じで!」
注文が多かった。
「もう、ここまできたらやるしかないのか……いつも受け身なオレにドSな御主人様キャラができるか分からないけど。そうだ、アニメのSっぽいキャラを真似してみよう……」
その時、春近は変なテンションになり普段は絶対にやらないような御主人様キャラが発動した――――
「おい、杏子っ、メ〇犬の分際で二足歩行してんじゃねーよ!」
パチッ!
春近は、杏子の頬を軽く叩いて押し倒す。
「へっ、あ、あの、春近君……?」
「オラっ! 杏子みたいな女には調教が必要だな」
そこにある手錠を取り、両手をベッドの足に固定して動けなくする。
「えっ、ええっ! きゃ、春近君、やめてください」
「メ〇犬には服も要らねえだろ」
ジャージを脱がせてパンツ丸見えにする。
「きゃああっ! あ、あの、マジですか?」
杏子は逃げようとモジモジするが、手錠で拘束されていて逃げられない。
「ふふ、ここに良いものがあるじゃねーか。これで叩いてやんよぉ」
先端が平になったムチを手に取ると、それで杏子のケツを叩く。
パチィィン!
「きゃぁぁぁ! 痛い!」
「ほらっ、御主人様の言いつけを守るんだぞ」
ビシィ! バシィ!
「ふひぃぃ~っ!」
「返事は『ありがとうございます』だろ!」
ビシィ! ビシィ! バシィ!
「は、はひぃ、あ、ありがとう……ございます……ご、御主人……様……」
――――――――――――
変なテンションのまま盛り上がった春近だが、ふと急に冷静になって愕然とする。
眼前には、あられもない姿のまま手錠で繋がれた杏子の姿が。
「あ、あ、あ、オレはなんて事をしてしまったんだ……わあああ、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」
慌てて杏子の手錠を外してジャージを着せる。
「は、春近君……ちょっと激し過ぎです!」
「すみません……調子に乗り過ぎました……」
「ふひっ、ふふふっ……まさか春近君が、こんなド変態だったなんて……」
「ちちちち、違いますから!」
「やはり、私の人を見る目は確かでした。春近君は私の見込み通りの変態です。ふひっ、御主人様!」
妖しい表情で意味深に御主人様と言い、春近へと寄り添う杏子。こんななのに意外と楽しんでいたようだ。
ただ、春近は、同じことをやれと言われてもできる自信はなかった。




