第八話 妄想と嫉妬
放課後――――
人の居ない場所で話したいという杏子の頼みで、春近は彼女と人気のない空き教室に向かっていた。
キョロキョロ――
杏子は何かには怯えるように、周囲を気にしながら歩いている。
その表情は、まるで男性を誘っているかのようにヒクつき、これでは相手を誤解させてしまいそうだ。
「こ、こっちです」
目的の空き教室に到着すると、周囲を確認した杏子が恐る恐る入り口を指さした。
ガラガラガラ――
二人が空き教室に入ると、杏子は開口一番にルリのことを訊ねてきた。
「あ、あの、土御門君は、酒吞さんのことを知っているのですよね」
杏子の質問に、春近は少し考え込む。
知っているというのは、彼女は鬼の末裔だということだろうか。それとも何か別の意味だろうかと。
不用意に答えてしまって良いのだろうかと、春近は返答に迷っていた。
「しゅ、酒吞さんが仲良くしているということは、土御門さんは敵じゃないはず……」
杏子の口ぶりから、やはり鬼の件についてだろう。
(やっぱり鈴鹿さんはルリと源さんの間の事情を知っているのか……。ということは、鈴鹿さんも……)
春近は重い口を開いた。
「もしかして……鬼の末裔とか頼光四天王のこと?」
「やっぱり知ってたんですね!」
「う、うん」
「ききき、聞いてください!」
杏子はグイッと身を乗り出して話し始める。
「実は……私も鬼の末裔なんです……。私は何も力が無いのですが。鬼といっても、強い力を受け継いでいる人と、私のようにほとんど力の無い人もいるんです。でも、ほぼ強制的にこの学園に入学させられるし、陰陽庁の人たちに監視されているみたいだし、クラスメイトも先輩も怖い人が多いし、もう私、どうしたらいいのか……」
杏子は周りに友達も味方も居ない学園に入学させられて、精神的に疲れてしまっているのだろう。
「それで、酒吞さんと仲が良い土御門君なら話を聞いてくれると思って……」
偶然にも隣の席の女子が鬼の血を引いており、春近は何か力になろうと思った。
(鈴鹿さんも同じだったのか……。ルリたちの件もあるし、何とか力になってあげたい……)
「その事なら、ちょうどオレも何とかしたいと思ってたんだ」
「そうなんですか! よかった~」
緊張の糸が解けたのか、ビクついていた杏子の顔が緩んだ。
「ルリたちと話し合って、どうするか考えようと思う。何か決まったら鈴鹿さんにも説明するよ」
「よろしくお願いします。実は、土御門君の苗字が有名な陰陽師と同じだったから、てっきり陰陽庁から派遣されてきた人かと思ってました」
(それで最初は恐がって避けられていたのか……。でも俺も陰陽庁と関わってるけどさ。これ、言った方が良いよな。黙ってるのも悪いし)
良かれと思って話そうとする春近だが、これがドッキリのようだと気付いてはいない。
「あ、実はオレ、陰陽庁から派遣されたみたいなんだけど。源さんや四天王とも関係があって」
「へっ…………」
杏子の顔が一瞬で凍った。
「えっ……う、うそ……だ、騙したんですか! は、はひっ……」
腰が抜けたように杏子が床に崩れ落ちた。
「あ、違うんです。そうじゃなくて」
「あ、あ、あぁぁ――――」
「だからオレは」
「あひぃ!」
完全に杏子がテンパってしまっている。床を這いつくばり春近から逃げようとするが、手足がバタつくばかりで進んでいない。
「ひいいっ、許してください!」
「だから、依頼が来たのは事実だけど、オレは普通の一般人で何も知らないんだ」
「――――ほんと?」
青ざめていた杏子に安堵の表情が戻った。ヘナヘナと力が抜けて立てないようだが。
「大丈夫? 鈴鹿さん」
「くぅ……酷いですよ土御門君。て、てっきり私を騙して、あんなコトやこんなコトをするのかと……。そして逆らえないようにして……くっころ展開に……」
「どんな展開だよ!」
杏子の発言が春近の予想の斜め上を行っていた。
「もう~冗談ですよ」
「冗談には聞こえなかったけど」
落着きを取り戻したようだが、杏子の顔は紅潮し変な笑いが漏れている。
「ふっ、ふふっ……ふひっ……」
「えっと、あの?」
「ふっ、ふひっ、ですよね。しないですよね」
「そうだね……」
先ほどのくっころ展開とやらで彼女の想像力が広がったのだろうか。杏子の顔は涎を垂らしそうなくらいに緩み、体は小刻みに震えている。
端的に言って変態っぽい。
こんな場面を他の生徒に見られると完全に誤解されそうだ。
春近は話を切り上げた。
「えっと、じゃあ戻ろうか?」
「はい……ふひっ」
空き教室を出ようとしたところ、まだふらついている杏子がつまづいて春近の腕を掴んだ。
「きゃっ!」
ガシッ!
「す、すみません」
「オレは大丈夫だけど」
ガラガラガラ――
「あっ!」
「えっ?」
教室を出た所で、廊下を歩いてきた咲とばったり鉢合わせしてしまった。凄い偶然だ。
「えっ、ハル? って、その女は……」
咲は、春近とその腕に寄りかかった杏子を見て固まってしまう。
「こ、こ、この浮気者ォ!!」
咲は凄いスピードで走って逃げて行く。
「茨木さん! 誤解だから!」
「うるせぇええええ!」
「ちょっと茨城さん!」
春近は杏子をその場に残し、誤解を解くべく彼女を追いかけた。




