第七十二話 大天狗五行結界陣
ズドドドドドドドドドドォォォォーン!!
校舎裏庭の方角から凄い音が轟く。
先ほどの悲鳴に続いて、春近は何かが爆発するような音を聞いた。
「な、何だこの爆発音は! 一体……何が起きているんだ。まさか、ルリが戦っているのか!?」
春近は走りながら、考えていた事が疑惑から確信へと変わった。
スタッダダッ!
校舎の角を曲がり、裏庭が見えてくる。
「ルリ! ルリぃぃぃぃっ!」
春近は叫びながら裏庭に入り、そこで衝撃的な光景を見てしまう。
そこには、呪力を開放し周囲の空間を歪ませて立つルリと、その向こうに転校生の蘆屋満彦と鞍馬和沙、更に二人の少女が立っている。少し離れた所に、もう一人の少女……その足元には……受け身を取れなかったかのような変な恰好のまま倒れている少女……。
「えっ…………」
春近は目を疑った。
そこに倒れているのは栞子だった。
まるで死んでいるようにピクリとも動かない――――
「えっ、えっ、嘘だろ……死……いや、そんなわけない……」
「ハル! 来ちゃダメぇぇぇぇぇ!」
ルリは気が動転していた。
こいつらは、この敵は違う、目的の為なら何をするか分からない。
栞子はどうなってしまったのか……
ハルが殺されてしまう……
させない! 絶対に!
「ハル! 逃げてぇぇ!!」
ルリは叫びながら呪力を満彦にぶつける。
グワンッ! ズドォォォォォーン!
「飯綱は何をやっておる! 人払いはどうなっておるのだ!」
満彦はルリの呪力を受けながら、もう一人の転校生の名を口にする。
春近の後ろから、不意に最後の転校生である飯綱遥が姿を現す。
「飯綱流管狐緊縛術!」
突如として遥から管狐と呼ばれる式神のようなモノが現れ、春近の体に巻きつく。
「うわぁぁ!」
春近はグルグル巻きにされ地面に転がった。
「もうっ!」
なるべく他の生徒に危害を加えたくなかったのに……
遥は心の中で呟いた――――
「ハルぅぅぅぅぅ! うわぁぁぁぁぁぁ!」
ルリは滅茶苦茶に呪力を投げつけ振り回し攻撃する。
ズドォォォーン! ドドォォォーン! ドォォォォーン!
「満彦様、わ、我々では抑え込むのは限界です!」
満彦の前で呪力を防御している三人の一人、鞍馬和沙がルリの凄まじい攻撃を凌ぎながら叫ぶ。
「配置に着き結界を敷け!」
満彦の命令で五人の少女は、ルリを囲むような位置に移動する。
そして何やら呪文のようなモノを唱え始める。
「青竜に名のもとに、木は燃え火となり!」
「朱雀の名のもとに、火は灰となり土に還る!」
「麒麟の名のもとに、土は金となりし!」
「白虎の名のもとに、金は水を生む!」
「玄武の名のもとに、水は木を生やし、以て五行となる!」
五人は印を結び呪文を唱えた。
「「「「「大天狗五行結界陣!」」」」」
ギュワァアアアアアアァァァァーン!
「きゃああああぁぁぁぁ!!」
ルリの周囲に結界が出現し、呪力が抑え込まれた。
そこに満彦が九字と呼ばれる呪法を切り呪文を唱える。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 急急如律令!」
ズバババババババババァァァァーッ!
動きを封じられたルリは満彦の呪文を受け、気を失い崩れるように倒れた――――
春近は霞む視界の中で、ルリが拘束され運び出されようとしているのを見ている。
ルリ……ルリ……ルリ……
助けないと!
今すぐ……
動けない……体が……
飯綱遥の管狐を受け、体の自由が利かなくなっているのだ。
「ち、ちくしょおおおおおおおおー!!!!!! 何でこんな事に! ルリは何もしていないのに! 何でルリが酷い目に遭わなきゃならないんだ!」
身動きができないまま、春近は力の限り叫んだ。
「オレにもっと力があれば! ルリを守れる力が! ルリ! ルリ! ルリぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
――――――――
満彦たちは、急いでルリを担ぎ校庭側に移動を始めた。
戦った時の爆発音や悲鳴で、学園内が騒がしくなり人が集まり始めているのだ。
「早くせよ!」
「「「はい!」」」
だが、そこに立ち塞がる大男が現れる。
「待て!」
校庭に回った満彦一同の前に、一人の男が立ち塞がっている。その男は、身長が2メートルはありそうな全身筋肉の鎧を纏った猛獣のような男であった。
「お前ら、何をしている!」
頼光四天王筆頭の渡辺豪が声を掛ける。
この騒ぎで駆けつけて来たのだった。
豪は蘆屋満彦から注意を逸らさないまま、後ろの五人の女子が運んでいる酒吞瑠璃に視線を向けた。
「まさか、転校初日から動くとは……完全に裏を掛かれたのか」
豪が呟く。
陰陽庁内部での怪しい動きや突然の転校生で何か起きるとは思っていたようだが、少し様子を見てからだと油断をしていたのだろう。
「不逞の輩め! その女を放せ! 然もなくば容赦せん!」
「ほほう、容赦せんとな! くっくっくっ、笑わしおるわい!」
豪のセリフに、満彦が笑いながら応えた。
豪が戦闘態勢をとり、獰猛な獣が襲い掛かろうとするような姿勢になる。
満彦は、豪のセリフが面白かったのか力の差が歴然なのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべただけだ。
シュバッ!
豪が疾風のようなスピードで間合いを詰め、強烈なパンチを繰り出す。
常人ならば瞬きも出来ずにノックアウトされるであろうパンチを、満彦は涼しい顔をしながら止めている。
いや、止めるというよりは、すんでのところで豪の体が止まっていると言った方が正しいだろうか。
「か、体が動かぬ……な、何をした……」
「飯綱、やれ!」
「はい」
遥が管狐を飛ばし、豪の腹に命中する。
ズドン! ズザアアアアッ!
「ぐわぁああああっ!」
豪は衝撃で飛ばされ校庭を転がる。
「急ぐぞ!」
その時、空から爆音が轟き一機のヘリコプターが降りて来る。
満彦たちが、何も無い校庭に出たのは、最初から用意周到に計画されていたからだった。
満彦達はヘリに乗り込むと、そのまま空中に舞い上がり飛び去ってしまう。
「これで最後の鍵を手に入れた! くっくっくっ、ふっふっふっふあっはっはっ!」
――――――――
予期せぬトラブルにより学園は大混乱になった。
いや、これだけ周到に準備されていたという事は、陰陽庁内部にも協力者がいたのかもしれない。
負傷者が保健室に運ばれ、教職員は各所への対応や本庁への確認作業に追われている。
そして春近は保健室で目を覚ました。
「こ、ここは…………そうだ! ルリが!」
いきなり飛び起きた春近がよろける。
「ハル、まだ寝てないと」
咲が体を支えた。
「春近! 体は無事なの?」
渚も春近の体を掴んだ。
「あれ……咲や渚様……アリスたちもいる……」
「そうだ、る、ルリが! ルリはどうなったんだ!?」
春近がルリの名を口にすると、皆は目を伏せた。
「そ……そんな……」
「ヘリコプターが飛んできて連れ去られたみたいです……」
アリスが答える。
一瞬眩暈がして、目の前がグラグラと傾くような感覚がして倒れそうになる。
ルリが……連れ去られた……
「助けに行かないと! ルリを助けに!」
ベッドから出て立ち上がる。
「ルリが! ルリが連れ去られたんだ! こうしている間にも、ルリが悲しい目に遭っているのかもしれないんだ! ぐあっ……」
春近は、よろけて倒れそうになった。
「ハル、まだ寝てないと」
咲に止められる。
「体は……何ともない……」
起ち上って確認すると怪我も無く体も動く……痺れて動けなくなったのは一時的だったようだ。
「そ、そうだ咲、栞子さんは!?」
「大丈夫、隣のベッドで寝てる」
そう言われ隣のベッドを見ると、栞子は白いベッドの中で静かな寝息を立てていた。
「よ、良かった、生きていた……栞子さんが生きてた」
変な倒れ方をしていたから心配していたのだ。
春近たちも学園も大混乱の中、時を同じくして信じられないニュースが飛び込んで来た。
それは誰もを震撼させる、戦後最大の大事件だった――――




