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第六十九話 夏休み

 夏休み――――

 それは海へ山へ街へ繰り出し、恋愛を友情を若者が青春を謳歌する夏。

 いや、そんなリア充イベントクソくらえだぜ!


 今までそんなリア充イベントを嫌ってきた春近だったが、今では進んでやっているのだから人生分からないものである。だが、基本は今でも一人でゲームしたり漫画を読むのも好きなのだが。


 あのキャンプの後から、ルリ達の春近に対する扱いが少し変わった。

 以前は、この部屋にも頻繁に出入りし、強引に迫ってきてエッチなことをしようとしていた。しかし、最近は出入りも少なくなって春近への扱いも少し優しくなっているのだ。


 毎日のように激しいエッチ攻めを受けているのに困っていたのに、無くなったら無くなったでとびきりエッチな攻撃を受けたくなってしまうものでもある。

 人間というものは、実に矛盾(むじゅん)した生き物なのだ。



 そんなわけで、今は一人でゲームを楽しんでいる春近だった。


「よし、後はボスだけだ」


 春近(ゲーム内では狂乱蛇王(きょうらんじゃおう)ベリアルというネームにしている)は、フレンド登録している鉄血騎士(てっけつナイト)キョウと、ゲーム内でパーティを組んで一緒に戦っていた。


「こいつは、レベルもカンストしているしSSRの強キャラや特効キャラを揃えていて、尚且つプレイスタイルも洗練されていて知識も豊富なんだよな」

 とても頼りになるフレンドで、これまで何度も助けられてきた。


「よし! ボス攻略だ!」


 新ステージをクリアして報酬を手に入れた。

 殆ど鉄血騎士キョウのおかげなのだが。

 二人は勝利を称え合う。


 すると、ゲーム内チャットで鉄血騎士キョウからメッセージが届いた。



『狂乱蛇王ベリアルさん、少し相談したい事があるのですが、お時間よろしいですか?』

 文面にはそうある。


「こいつがゲーム以外の事を書き込んでくるのは珍しいな……」


 春近もメッセージを書き込む。

『はい、良いですよ』

『実は……好きな人が出来まして』


「なっ、恋バナかよ! クラスの女子でも好きになったのかな?」


『クラスの隣の席の男子が好きなのですが』

『ちょっと待て! BL展開なのか?』

『ははは……BLは好きなのですが、残念ながら私は女ですよ』


「え、え、え、今までの言動やゲームのやり込み具合から勝手に男だと思い込んでいたけど、こいつ女だったのか? 男だと思って接していたから、失礼な事を言っていたかもしれないぞ」


 更にメッセージが来た。


『一度だけデートして告白したのですが、その先に進むにはどうしたら良いのか男性の意見を聞きたくて。その男子には他に好きな人いて、更に強力なライバルが何人も……』


「はあ!? 他に好きな人が居るのにデートするのかよ」

 すぐに返信する。

『そんな不誠実な男は止めた方が良いですよ』


『世間一般的には不誠実そうに見えるのかもしれないけど、実は誠実で優しくて良い人なんですよ』


「本当か? 騙されているんじゃないのか? 何だか心配になるな……」


『その人とはアニメや漫画の話が合うし、一緒に居て楽しいんですよ』


 鉄血騎士キョウの文面から、彼のことが好きだと伝わってくる。


「まあ、浮気男は止めた方が良いかもしれないけど、本人が好きなら仕方がないか」


 取り敢えず春近は、オススメの漫画を貸したりして仲良くなるようにアドバイスしておいた。




 ゲームも終わり、少し出掛けようかと思って外に出るが、あまりの暑さとセミの大合唱で、部屋に戻りたくなる。


 春近が寮の入り口でうろうろしていると、女子寮の方角から燦然(さんぜん)と輝く金髪の女子が威風堂々とした足取りでやって来るのが見えた。

 体に刻み込まれた甘美な毒のようなものが活性化し、期待と恐怖が半々の例えようのない気持ちで足が震え出す。


「な、な、渚様……まさか、俺の部屋に突撃とか……?」




 少し震えながら立っている春近のところまで来ると、渚は煌く髪をかき上げながら話し始めた。


「春近、元気にしてる?」

「はい、元気です……」


 彼女に似つかわしくない普通の挨拶だ。


「どうだ、こ、これ、あげるわ」

 渚が何かの食べ物っぽい包みを渡してくる。


「んっ――――?」

「ここじゃ暑いし、あんたの部屋に行くわよ」



 昼下がりの寮の部屋で、恐怖の女王と二人っきり。いつもなら絶対に襲われるのだが、何故か今日は何もしてこない。



 春近は渚から渡された包みを開けてみる。


「あれ、これは……パンケーキ?」

 手作りっぽく見える。


「もしかして……渚様が作ったのですか?」

「そ、そうよ、悪い?」

「い、いえ、意外だったので」


 一瞬だけ渚の威圧感が増し、春近はビックリする。


 渚様が手料理? そんなまさか……一体どうしたんだ? ま、まさか、女王の影武者……なんて事はないよな。

 でも、せっかく作ってくれたのだから、有難くいただこう。


「ありがとうございます。いただきます」

「食べさせてあげようか?」

「えっ、えっ、えええっ!」

「驚き過ぎでしょ! あたしが食べさせたら変って言いたいの!?」

「い、いえ、光栄です」

「ふふっ、あーんで食べさせてあげるわ」


 まさか……あの渚様が、こんなに甘々な事をしてくるなんて。

 夢じゃないだろうか?


「あっ、春近は手じゃなくて足で食べさせて欲しいのかしら?」

 悪戯な笑みを浮かべながら、美しい脚を伸ばして来る。


 ゾクゾクッ――――

 体が勝手に興奮して震える。


 スカートから神の如く完璧な美しい脚を伸ばし、一点の曇りもないきめ細やかな肌を露出した渚。足の指先までが魅惑的に見えて飛びつきたい衝動に駆られる。


 一瞬だけお願いしたい気持ちが頭を過る春近だが、そこまで堕ちてしまったら人としてダメだとギリギリで思い留まる。


「うっ、て、手でお願いします」

「あははっ、ちょっと悩んでたわよね!」

 お見通しだった……


「はい、あーん」

 本当に、あーんで食べさせてくれた。

「どう、美味しい?」

「あむっ……はい、美味しいです」


 余りの衝撃的展開に春近が感慨にふけってしまう。


 あの(・・)渚様が手料理を作る日が来るなんて想像もしていなかったぞ。しかも何だか普段よりも優しいし……

 でも、パンケーキは普通に美味しかったけど、何か不思議な味がしたような?


「ふふんっ、そのパンケーキには、あたしの特性エキス……じゃない、スパイスが入っているから」

 唐突に渚が怖いことを言い出した。


「えっ、何のスパイスですか?」

「秘密……」

「えええ……」

「秘密よ。教えてあげない」


 ん? 本当に何が入っているのだろう? 変な物じゃないよな?


「春近を体の中まで全て、あたし色に染めてやるんだから」

「いや、だから何が入っているんだ? 怖いよ!」



 食べ終えてから襲われるのだと思っていたが、渚はそのまま帰ろうとしている。

 手料理を作ってくれたり、食べさせてくれたりと、終始優しくしてくれた。

 春近は不思議な感覚になってしまう。



「じゃあ春近、夏バテしないように気を付けるのよ!」

「はい」

「あ、そうだ……ちゅっ」


 抱きついて軽く頬にキスをしてから女子寮に入って行く。


 渚を寮の玄関まで送った春近は、去り際に優しいキスをされて途方に暮れていた。

「渚様……ちょっと変だったよな。いや、キャンプの時から変だったけど。あの夜の事は誰も教えてくれないし……」





 渚は自室に戻ってベッドに突っ伏してから、体中をわなわなとさせた。


 春近の部屋で二人っきりの時は、襲いたくなるのを必死に我慢していたのだ。もう、押さえつけてキスしまくって滅茶苦茶にしたい。抑えようのない欲望を、無理やり抑え込んでいた。



「これで、更にあたしのことを好きになるはず。やっぱり飴と鞭が必要よね。ふふっ、ふふふっ……」

 渚の作戦が上手く行くのかは誰も知らない――――




 渚と女子寮で別れた春近だが、部屋に戻ろうかと思っていると、今度はルリが通りかかる。


「ルリ」

「あ、ハルぅぅぅぅ!」

 勢いよく抱きついてくる。


「うう~ん……ハルぅ~」

 ルリは突然ハッとなって、春近から離れた。


 あれ、やっぱりルリも何か変な気がする……


「えーと……ハル、私に何かして欲しいことはない?」

「えっ、して欲しいこと?」

「うん、たまには私もハルに何かしてあげたいから」


 ルリにして欲しい事か……どうしようかな? こういう時、普通はエッチな事とか考えそうだけど、ルリは要求しなくても勝手にエッチなことをしてくるからな。

 こうして考えてみると、特にして欲しい事「ことが無いような? ただ、毎日一緒に楽しく過ごしていたいと思うだけな気がする。


「ルリには、ずっと側にいて欲しかな」

「んんんんん~ハルぅぅぅぅぅ、スキぃぃぃぃぃ♡」

 結局、いつもと同じように激しい愛情表現をされた。




 時間も遅くなり、春近は出掛けるのはやめ部屋に戻った。


「どうしようか、ゲームの続きでもしようかな?」


 コンコン!

 そこに、部屋をノックする音が聞こえた。


「誰だろう? 今日は千客万来(せんきゃくばんらい)だな」


 カチャッ!

「土御門君、こんにちは」

 ドアを開けると手荷物を持った杏子が立っている。


「あ、鈴鹿さん、どうしたんですか? まあ、どうぞどうぞ」

「はい、おじゃまします」


 杏子を部屋に通すと、手荷物の紙袋を広げて中身を見せてきた。


「し、実は、今日はオススメの漫画があって、土御門君が好きそうかなって思って持ってきたのですよ」

 袋の中には、突撃のジークルーネと黒竜騎士は眠れないという漫画が入っている。


「あ、これちょうど読みたいと思ってたんです。ありがとう」

「それは良かったであります。ではでは」


 漫画を渡すと杏子は帰ってしまった。


「鈴鹿さん……急に漫画を貸してくれるなんてどうしたんだろ?」


 そういえば、漫画といえば鉄血騎士キョウはどうなったのだろうか――

 春近は心の中で彼……ではなく、彼女の恋路が上手く行くことを願った。


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