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第七話 少女の夢

 ――――夢を見ている。


 小さな頃から何度も見ている夢だ。

 弱い自分は常に追われている。

 屈強なサムライが大きな日本刀を振り回しながら追って来るのだ。


 その刀は、日本刀特有の反りがあり、切先が鋭く刀身は刃文が妖しく光る。

 なんでも八幡大菩薩の加護を受けた鬼を切る刀らしい。


 追い詰められた自分は、刀を振り下ろされ腕を斬られる運命だ。


 『――――誰か、助けて……』


 いつも助けは来ない。毎回同じように斬られる運命なのだ。何度も何度も、もしかしたら千年前からなのか。何度、助けを呼んでも誰も来ない。それでも少女は先び続ける。


 今日も同じように助けは来ない。はずだった――


 いつもは斬られる所で目が覚める。

 だが、今日は違った。


 振り下ろされる刀が体に届く刹那、閃光の如く飛び込んできた男が刀を食い止めた。


 ガキンッ!

 その男は、大男が振り下ろす刀を食い止めたのだ。


『――――アタシを守ってくれる王子様!?』


 予期せぬ展開に少女――咲の心が高揚する。


 今までにない展開だ。無残に腕を切り落とされる運命を、根底から覆す王子様の登場なのだから。

 そんな乙女チックな展開にもなれば、王子様的存在と恋愛に発展するのはオヤクソクであり。


 そこで局面が大きく変わる。

 自分を救い出してくれた男と熱い抱擁を重ね、見つめ合った顔と顔とが近づいてゆく――――


『アタシの王子様……』


 そこで咲は目を覚ました。

 意識の覚醒と共に、急激に恥ずかしさが込み上げてくる。


「はぁ? はぁああああああぁーっ! ヤバいヤバいヤバいヤバい! 何でハルが夢に出てんだよ!」


 咲は羞恥心で真っ赤な顔をしてグネグネと身悶える。


「待て待て、少し冷静になろう……」


 深呼吸した咲は、落ち着いて考える。


 そんなはずはない。

 偶然夢に出てきただけだ。

 そう、自分に言い聞かせながら身支度を始める。


「うっきゃぁぁぁぁ~っ! ありえないありえないありえない! こ、こここ、こんなベタな恋愛妄想しちゃって、どんな顔してハルに会えば良いんだぁぁぁぁーっ!」


 やっぱりベッドの上でグネグネとのたうつ。意識しまくりだ。


 いつまでもグネグネしている訳にもいかず、咲は支度を済ませ学園へと向かった。



 ◆ ◇ ◆



 咲が教室の扉を開けようとすると、偶然通りかかった春近とばったり会った。


「おはよう茨木さん」

「あっ、あああ……」


 かぁぁぁぁ――


 咲は赤くなった顔を隠すように下を向き、何故か春近の足を蹴る。


 げし! げし! げし!


「ちょっと痛いって」

「うるさい! ハルのくせに!」


 そう言うと咲は自分の席に行ってしまった。


(ああ、ありえない! 何でアタシが……ハルの顔を見ただけで、心臓の鼓動が高鳴りマトモに顔を見られなくなる。いやいやいや、そんなわけない! あんな夢を見たから変な気持ちになってるだけ……)


 咲は何度もそう自分に言い聞かせるが、今朝の王子様春近が頭から離れない。



 一方、春近は先日の栞子たちとの話を思い返していた。何とか丸く収める方法はないものかと。


「おはよー」


 突然ルリが春近の視界に飛び込んできた。


「あ、おはよう」

「何か考え事?」


 ルリは自分の胸が当たりそうな距離まで近づいて、春近の顔を覗き込んできた。


「いや、何でもないよ」


(近い近い……特に、おっぱいが近い!)


 色々と考えていた春近だが、ルリの大きく張り出した胸に気持ちが行ってしまった。


「だ、大丈夫だよ」

「そう……何かあったら言ってね」


 ルリはそう言って自分の席に戻っていく。


「ふうっ……」


 溜め息と共に、再び春近は考える。


(せっかく仲良くなった子を、このまま何もしないで見捨てるなんて出来ないよ……。オレは、すっと教室の隅で一人ゲームをやったりして、陽キャのヤツらが楽しそうに騒いでいるのを横目で見て生きて来たんだ)


 春近の胸に、形容しがたい思いが浮かぶ。


(この学園に入って……本当は来たくなかったけど………でも、仲良くしてくれる子が出来て、これから学園生活が楽しくなるかもって思えたんだ。そんなオレに仲良くしてくれた子を、裏切るような事はしたくない……)



「あ、あの……」


 横から何か視線を感じると思っていた春近だが、隣の席の鈴鹿すずか杏子きょうこがオドオドした声で話し掛けてきた。


 鈴鹿杏子、緑がかった髪を後ろで結んでいてメガネが似合う女子だ。

 メガネだからとか委員長っぽいからという理由で、クラス委員長にされてしまった。

 ヤンチャ女子が多いこの学園で、大人しくて真面目そうな見た目なので、春近にとって比較的好印象だった。


 何故か春近の事は避けているようで、今まではあまり話し掛けてこなかったのだが。


「どうかしましたか、鈴鹿さん」

「あ、あの、土御門君は酒吞さんと仲が良いのですか?」

 

 さっきのルリとのやりとりを見たからなのか、そう質問する杏子。


「――――良いと言われれば良いのかな。」

「ほっ……」


 鈴鹿杏子は安心したような表情をして緊張を解いた。


「あの……実は相談したい事があるので……もしよろしかったら後で聞いてもらえませんか?」

「は、はい、オレで良ければ」

「よかった~」


 杏子は胸を撫でおろしている。


 突然、女子から相談と言われれば、何かを期待してしまうのが男子というものだろう。

 春近も気になってそわそわしてしまう。


(オレに相談って何だろう?)


 しかしすぐに鬼の話に戻ってしまう。


(先日の源さんの話だと、この学園の生徒は鬼の末裔や陰陽庁に関係ある人が集められているそうだけど。ダメだ、思考が絡まり出口が無いように回ってしまっている。とにかく何とかしないと)



 春近がこの学園に入学してからというもの、一度に色々なことが起き過ぎている。

 モヤモヤした気持ちのまま、春近は放課後を待つことになった。



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