第五十六話 デート編Ⅱ 渚
春近は渚とのデートの日を迎えた。
学園の誰もが恐れるドS女王。最近は春近に懐いて可愛くなっているとはいえ、愛情表現が激しくて何をするか分からない怖さがある。
しかし、今日の渚は出発前からテンションマックスで、ぐいぐいと春近の手を引っ張って行く。
「さあ! 春近、早く行くわよ!」
「あ、はい」
渚は終始ご機嫌な様子で笑顔を浮かべている。春近とのデートを、よほど楽しみにしていたようだ。
「何見てるのよ!」
「え、その、渚様は笑ってる方が可愛いなと思って……」
「あ、あたしは何してても可愛いでしょ!」
言いきってしまう所が凄い自信だ。
事実、渚は誰もが振り返る凄い美人であり顔もスタイルも完璧に見える。
しかし、彼女の威圧感や迫力が凄まじく、可愛いというより美人という形容が合っているだろう。
春近はしみじみと思い出す。
渚様……
最初は威圧感のせいで怖くて避けていたのだけど、あの屋上の一件以来少し物腰が柔らかくなり笑顔が増えたような……。
怖いのは変わらないけど、そんな渚様もたまに可愛いところが――
「ふんふふんふんー」
渚が鼻歌を口ずさみながら歩いている。
こんな上機嫌な渚は貴重かもしれない。
「ふふっ」
更に嬉しそうな顔で笑う渚。
これには春近もビックリだ。
な、渚様が嬉しそうに笑っている……だと!
普段の圧の強い彼女とのギャップが凄いぞ……もしかして、さっき可愛いと言ったのを喜んでくれているとか?
いやいやいや、まさかな。
そこで春近は、前に杏子が言っていた『刺されないように注意してくださいね』という言葉を思い出す――――
ううっ!
ほ、本当に裏切ったら刺されそうな気がしてきて怖くなってきたぞ。
入学する前は、女性に縁が無かったのに、急にモテモテになって正直戸惑ってしまう……彼女達の好意は嬉しいし真摯に向き合わないとならないとは思うけど。でも、誰か一人を選ぶ事が出来るのだろうか?
一夫多妻制なんてダメだよな……
「ちょっと、春近!」
「え、えっ」
「なにボーっとしてるの」
「えとっ、渚様のことを考えてて」
「えっ! そ、そう、なら良いわ」
少し大人しくなった渚と、春近は歩き続けた。
――――――――
駅前の商店街に入ると、何処からか小さな子供が走って来て、目の前で豪快に転んでしまう。
ズザッ!
「うっ、ううっ……うわぁぁぁん!」
膝を擦りむいたのか、大きな声で泣き出してしまった。
そこで信じられないものを見てしまう。
「ほら、見せて」
渚が子供に駆け寄り、ハンカチで傷口を押えてあげている。
「うぇっ、えぐっえぐっ」
「ちょっと我慢してね」
近くの水道で傷の汚れを落とし、そのままハンカチで結んであげた。
「もう、大丈夫よ」
「うん……お姉ちゃん、ありがとうー」
泣き止んだ子供は、お礼を言って去って行った。
えっ、えっ、えっ――――
呆然とその光景を見ている春近に、ジト目になった渚が言う。
「春近、なに変な物でも見たような顔してるのよ!」
「あっ、いえ、意外だと思って……渚様って子供好きなんですね」
「はあ、あたしが子供に酷い事するわけないでしょ!」
「言われてみれば……」
渚様って突拍子もない行動が多いように見えるけど、実はけっこう常識人なのか?
そういえば、普段から女王のように威張っているけど、クラスの女子をイジメているのは見たことがないし。
威圧感が凄くて気が強そうで怖く見えるけど、本当は女性らしくて良い人なのか?
そうだ、地震の時も怖がって泣いていたし……。
あ、でもオレは初対面で足を舐めさせられたような――
「まっ、あたしが酷い事するのは春近だけだし」
春近の考えていることを読んだかのように、渚は目つきを鋭くして呟く。
「ちょっと、オレにも優しくして下さいよ」
「ふふっ、どうしようかしら」
「渚様」
ゾクゾクゾクゾク――
まただ、渚様の鋭い目で見つめられると、体がゾクゾクして逆らえなくなってしまう。
足を舐めさせられるなんていう屈辱的なことをさせられたのに、嫌な感情は無く甘美な記憶にさえ思えてくる。
オレはどうしてしまったんだ……Mじゃないはずなのに……。
「さあ、カラオケに行くわよ」
渚が先頭を切ってカラオケ店に入る。
受付を済ませると、店員に個室に通された。長いソファーが広く大きくて、ゆったりできそうな部屋だ。
渚は流れるような美しい動きでソファーに座ると、黒ストッキングに包まれた綺麗な脚を組んだ。
まるで芸術品のように美しく均整のとれた完璧な脚だ。
「ごくっ……」
「ふふっ、春近。あんたさっきから、あたしの脚ばかり見てるわね」
「えっ、あの」
しまった!
またガン見しているのがバレてしまった。どうしてオレは、こんなにアホなんだ。
渚の鋭く美しい目に嗜虐的な炎が灯ったように見えた。
「あ、あの、今日はけっこう暑いから、ストッキングは暑そうかなと思って……」
「そんなの、春近に舐めさせる為に決まってるでしょ!」
そう言った渚の指が春近の顎を持ち上げた。
「ふふっ、蒸れてる方が嬉しいでしょ」
「そ、そんな……ことは」
ダメだ……呪力を使っていないのに、この目で見つめられると逆らえない……。
「まっ、冗談だけど」
「えっ……あ、冗談だったんだ」
渚は春近の表情の変化を一瞬で見抜く。
「あはははっ、面白い! なに残念そうな顔してんのよ!」
「くうう……」
「舐められなくて残念ね。お・あ・ず・け!」
完全に遊ばれていた。
ううっ、何なんだ……本当に残念な気持ちにさせられているような気がする。
これはマズいぞ。
人をコントロールする天性の才能でも有るのか?
渚様の足を舐める為に、畏まってお願いしたい気持ちになってしまう。
このままペースに乗せられないように、春近は話題を変えてカラオケを始めようとした。
「じゃあ、歌いましょうか?」
しかし、渚の目はスイッチが入ってるようだ。
「ねえっ、春近。あたしが何で個室を選んだのか分かってないの?」
「へっ」
グイッ!
そのまま春近はソファーの上に押し倒された。
「まさか、あたしが何もしないとでも思ったの?」
「で、ですよね……」
「ほらぁ、キスするわよ。んっ、ちゅっ、むちゅっ、ちゅぱっ……」
相変わらず、渚のキスは激しく積極的だ。
だが、前のような無理やり感が減り、少し優しさも感じられた。
「んっ、んあっ、ちゅぱっ、んふっ……」
「んはっ、あ、あの、少し話したい事が……」
「何よ!」
「その、渚様は凄く素敵だし可愛いのですが……他の子にも告白されていて……その……」
渚の目が鋭く光り威圧感が増す。
これには春近も杏子のセリフを思い出し怖くなる。
ううっ、怖い……逆上したらどうしよう――
「つまり、まだあたし一人に決められないって事でしょ!」
「えっ、分かってくれてるのですか?」
「安心しなさい! あんたが誰を選ぼうと、あたしは絶対に諦めないから!」
「えっ、えっ?」
返ってきた答えは予想外のものだった。
「春近が誰と付き合おうが、あんたがあたしのモノなのは確定なの! 前にも言ったでしょ! あたしは絶対に手に入れる! どんな手を使ってでも絶対に!」
「それは……」
「ふふっ、さっ、キスするわよ。あと、足にもキスさせるから」
そして、そのまま渚は何時間も激しく執拗にキスされ続けた。もちろん、その後に足も舐めさせるのも忘れない。
それも両足、全ての指を丁寧に念入りに――――
今回、改めて春近は実感した。
渚は意外と優しかったり常識的なところもあるが、本当に怖い肉食系女子だということだ。
強制の呪力を使わなくとも人心掌握術に長けているのか、いつの間にかペースを握られ身も心も捧げてしまいたくなる心理にさせられてしまうのだ。
特にあの目――
美しく、まるで魔眼のような瞳で見つめられると全く抵抗出来ない気持ちになる。
自分がどんどんアブノーマルな道に入り込んでしまい、気付いた時には戻れなくなるのではないのかと、春近は末恐ろしくなった。




