第五十話 ハレンチ君
あれからというもの、渚は春近にべったりとくっついて離れなくなった。
今朝も教室まで行き、春近に寄り添うように抱きついている。嬉しそうに微笑みながら、数センチの距離から春近の顔を見つめて、恋する乙女のような表情だ。
クラスメイトは、渚のあまりの変わり様に驚いている。
前のように睨んではいないのだが、やっぱり圧が凄くて少し怖い。
「あ、あの、渚様……近いです」
「これくらい普通でしょ」
「い、いや……やっぱり近いような」
「春近、あんたは全部あたしのモノなんだから。」
うっとりとした表情で、耳元で囁いてくる。
「ふふっ、もう離さないわよ。何処にいても」
「それはちょっと……」
「春近は全てあたしのモノ」
教師が入ってきて注意するが、渚に睨まれると黙ってしまった。
この学園、こんなんで大丈夫なんだろうか。
「「むうううううう…………」」
ルリと咲が凄い目で睨んでいる。
このままでは後で恐ろしいことになりそうだ。
とにかく、このままでは授業も進まない。今の渚なら言うことをきくのではと思い、春近はお願いをしてみた。
「渚様、授業が始まるので自分の教室に戻った方が良いですよ」
いつもなら言うことをきかないドS女王なのだが、不思議と今日は大人しくきいてくれるようだ。
「もうっ、仕方がないわね。春近がそう言うのなら戻ってあげるわ」
そう言って自分のクラスに戻っていった――――
「あれっ? やけに素直だな……」
不思議な顔をする春近に、隣の席の杏子がすかざず質問してきた。
「土御門君、土御門君……あの猛獣を、どうやって手懐けたんですか?」
「ちょっと、色々あって……」
興味津々といった顔をした杏子が、春近の耳元で囁いた。
「ああいうタイプは火が付くと危険ですよ。情熱的なぶん昂った感情で恐ろしいことに。後で、そんなつもりじゃなかったなんて言って、刺されないように注意してくださいね」
楽しそうな顔して恐ろしいことを言う杏子だ。
「くううっ、もう既に恐ろしいのだが……」
当然だが、後でルリと咲に問い詰められる事になる。恐ろしいのは渚だけでなく、ルリと咲の嫉妬もだった。
――――――――
放課後になり、春近はアリスを探しにC組まで行った。
今までの経緯で分かった事は、アリスに何かしようとして近付くと、呪力によるものなのか何なのか不思議な現象が起こって上手く行かない。
ただ、彼女が何か呪力を使ったような感じではなく、彼女の周囲の空間に何か不思議な力が作用しているように思う。
春近は、初めてアリスと会った時にも、何か不思議な違和感を覚えていた。
「あっ、百鬼さん」
教室の中を覗く春近がアリスと目が合う。そのまま自然に廊下から室内に声をかけてみた。
目が合ったのに、アリスはあからさまに嫌な顔をする。
ちょっとショックを受けた。
それでも春近の元に近寄ってくるのだから嫌われてはいないのかもしれない。
「また、あなたですか。懲りない人ですね」
「少し話だけでも」
「話すことは無いです」
「そこを何とか」
押し問答のようになる二人。
「ふふっ、わたしにまでエッチなことをさせようとしても無駄です。ハレンチ君」
「そんなことしませんって。あと、ハレンチじゃなくハルチカです。全然違うでしょ!」
少し離れた所から話しているので、周りに丸聞こえで恥ずかしい。まるで痴話喧嘩のようだ
「破廉恥だからハレンチ君です! もう決定です!」
勝手に変なあだ名を付けられてしまった。
「恥ずかしいからやめてって」
「ダメです。ハレンチ君はハレンチ君です」
「せめて他のあだ名に」
「エッチなハレンチ君です」
「は、春近くん……」
丁度そこに、一部始終を見ていた忍から声がかかった。
アリスと忍は同じクラスなのだ。
「そ、その、春近くんは良い人ですよ……」
忍が加勢してくれるようだ。
強力な援軍である。
「えええ……ハレンチ君のどこが良い人なんです? あなた、騙されているのですよ。それで……エッチな……」
しかしアリスは例のエッチなプレイの件を言わんとしているようだ。
「ち、違います! あ、あれは……私が……エッチなことをしたくてやったんです!」
シィィィィィィィーン――
まさかの、忍の爆弾発言で場が凍り付いた――――
大人しい忍がエッチ宣言なのだ。クラスが一瞬静まり返ってしまう。
春近も頭の中で、今まで何となく思っていたことが確信に変わってしまった。
えっ、えっ、そうだったの? 忍さんって大人しそうに見えて、実はけっこう肉食系女子だったのか……?
確かに、意外とグイグイくる気もする……ビキニアーマーの件では、むしろノリノリだったような?
「そ、そ、そういえば……」
微妙な空気になってしまったのを察した忍が話題を変えてきた。
「春近くんは、百鬼さんと仲が良かったんですね……」
「えっ? 違うから!」
「えっ? 違うです!」
春近とアリスが同時に声を出した。
まるでユニゾンみたいに息ピッタリだ。
「こんなハレンチ君と仲が良いわけないです! あなた、何処を見ているのですか!」
アリスが必死に否定する。
「え、えっ……その、百鬼さんが楽しそうに話しているの……初めて見たから……すみません……」
「う、うぅっ、わたしは絶対ハレンチなんかに屈しないです!」
アリスは泣きそうな顔でそう言うと、一目散に逃げ出してしまった。
呆然とアリスの後ろ姿を見送る春近の所に、忍が近づきそっと耳打ちしてきた。
「あの……春近くんは……エッチな子は嫌いですか?」
意味深な発言をした忍が、真っ赤な顔でモジモジしている。
「え、ええっと、エッチなのは……良いと思いますよ」
そう返してからハッとする春近。
うわああっ、オレは何を言っているんだ!
しかし忍は意外な反応で――
「そうなんだ……良かったぁ……」
そう言った彼女の、顔にかかった前髪の隙間から見えた笑顔が可愛かった。
――――――――
百鬼アリスは一人歩きながら、忍の言葉を思い返していた。
わたしとハレンチ君が仲が良く見える……
わたしが楽しそうに話していた……
そんなはずは……
まさか、すでに術中に嵌められているのでは……?
知らず知らずのうちに破廉恥な術に掛けられ淫乱にされていたとか。
自分が他の少女たちのような激しいキスや過激なスキンシップをしているのを想像し、アリスは身体が芯が熱くなってくるのを感じていた。
「ううぅ……ハレンチめ! 恐ろしい男……です」




