第四十九話 アリスの世界
澄み切った青空から強い日差しが照り付ける屋上で、百鬼アリスを囲むように三人が立っていた。
アリスは完全に包囲され、逃げ場が無いように見える。
「もう、逃がさないわよ!」
最初に動いたのは渚だった。
凄い威圧感を出しながら真っ直ぐ前進し、アリスは少し動揺している。
そして、渚はアリスを……スルーして春近の所までやってきて彼を拘束した。
「えっ、ええっ! オレなの?」
助っ人と聞いて、てっきり協力してくれるのかと思った春近は拍子抜けした。渚には全くそんな気はなかったようだ。
「春近! あんた、また他の女にちょっかい掛けて!」
「ちょっと渚様、落ち着いて……」
掴みかかる渚に、春近は落ち着かせようとする。
「はぁ、落ち着いてるわよ! こないだも、あの忍って子に手作りお菓子を貰ってよろしくやってたそうじゃない! あたしにはなびかないのに、他の女にはデレデレしてるってどういうこと!」
渚は嫉妬全開で止まりそうにない。
「しかも、今度はこんな小さな子に! 春近のロリコン!」
アリスを指差しながら春近をロリコン扱いする渚。同級生なのを忘れているようだ。
「小っちゃくないです! 同い年です! 失礼です!」
渚の小さい子発言に、アリスが反論する。
彼女は小さいと言われることが嫌なのだ。
「うるさいわね! あんたは黙ってて!」
「うっ……」
これまで何度も春近のペースを乱してきたアリスだが、今は暴走機関車のような渚の圧力にペースを乱されている。
これは珍しい展開だ。
アリスは動揺していた。
今まで誰もが自分の特殊な呪力により、関わる人間に不利益を与えてしまっていた。しかし、この大嶽渚には調子を狂わされてしまうのだ。
わたしの呪力を開放すれば――――
アリスはそう思う。
自分の呪力には、たぶん運命や因果に干渉する不思議な力があると。
呪力を開放すれば無敵だと思う。
しかし、同時にそれはとても怖い事でもあった。
自分の呪力には不明な点が多すぎて、開放したら何が起こるのか分からない。
普段は呪力を抑えているのに、漏れ出た呪力で周囲に影響を与えてしまっている。
この呪力のせいで、これまで極力親しい人をつくらず一人で生きてきたのだから――――
「春近! あたしのモノになりなさいって言ってるでしょ!」
渚の暴走が止まらない。
春近は、何とか渚を落ち着かせる策を考えていた。
どうしようと――
その時、春近の脳裏にある映像がチラついた――――
何かのテレビ番組だっただろうか。
野生動物も人間が怯んで後ずさると、余計に吠えたり襲ってきたりするという話だ。
そ、そうか!
渚様を野生動物に例えてしまうのは失礼だけど、これまでオレは渚様が怖くて避けてしまっていたんだ。だから彼女は強い態度で接してしまうのかも?
ここは、もっと優しく扱えば渚様の対応も変わるかもしれないぞ!
それだっ!
なにが『これだ!』なのか知らないが、春近は盛大に勘違いした。
「な、なな、渚様は可愛いですよ」
恥ずかしさを堪え、無理に口を開いてやっとの思いでその言葉を言う。
ぎゅっ!
春近は、そのまま渚を抱きしめた。
そして、頭をポンポンしてナデナデまでしてしまう。
「は? へっ、あの……えええええええーっ! はは、春近?」
予想外の展開にビックリして、渚の暴走が止まった。
彼女はヒクヒクと小刻みにふるえている。
まるで怒りに体を震わせるように。
これには春近も動揺する。
良かれと思ってやってはみたが、逆効果だったらどうしようと。
あれ、こ、これは、もしかして余計に怒らせたか?
マズい……逆効果だったか。
震えながら顔を上げた渚は、予想に反して真っ赤な顔をし潤んだ目をしていた。
「あれ? 渚様……」
「は、春近……」
渚の熱い瞳が春近を見つめる。
その不思議な瞳は春近を射すくめ動けなくする。
「春近! やっとあたしのモノになったわね! むちゅゅゅぅ!」
「んんんん~~~~」
強烈で熱烈で情熱的なキスをされた。
もう、彼女の全身全霊が投入されたような激しいキスだ。
「春近ぁぁぁ~ んんっ、あむっ、んんんっっ……」
「んんぁ、あの、渚……様、んっ、激しい……」
「ちゅぷっ♡ んあっ♡ ちゅっ♡」
「うん~っ! んん~っ!」
まるで食べられそうな野性的なキスだ。
まさにギラギラとした渚の目が生態系の頂点に君臨する肉食動物……いや、肉食系女子のように。
「ああっ! 渚っちだけずるい!」
そう言ってあいが乱入する。
目の前でイチャイチャを見せつけられ我慢できないのだろう。
「あい! 春近はあたしのモノなんだから、あんたは離れてて!」
「いや! うちも!」
「離れさないって!」
「やあぁ~だよぉ」
百鬼アリスは、その光景を呆然と眺め、体の力が抜ける思いだった。
「んんん……これは何です……」
アリスは馬鹿馬鹿しくなって、三人を残して校舎内に入った。
そして階段を下りながら考える。
本当に春近という男は、ハーレム王で変態で女たらしで最低だ。
何であんな男に最強の鬼の少女達が群がっているのかと。
「でも、あの大嶽渚の激しいキス……凄いです」
自分には恋愛なんて全く関係ないものだと思っていた。
だが、あの激しく貪るような愛情表現を見ると、身体が少し熱くなるのを感じる。
「わたしも恋愛をしたら、あんな風になるのです?」
すぐにそれを否定するかの如く首を振る。
わたしは、あんな馬鹿みたいな事は絶対にしないと。
百鬼アリスは、心の中に浮かんだ微かな感情を否定し、そのまま階段を下って行った。




