第四十五話 ビキニアーマー
春近は、クッキーのお礼がてら忍に会いにきていた。
あの倒壊事故以来、二人の距離も縮まり、忍も普通になっていた。
「忍さん、クッキー美味しかったよ」
何気ない春近の言葉に、忍は嬉しそうに顔をほころばせる。
「あ、はい、どういたしまして」
笑顔で返す忍だが、心の中では春近への想いが益々上がってしまう。
嬉しい……食べてくれたんだ。
はうぅ、春近くん……
「忍さん料理得意なんですね。あんな美味しいのなら毎日でも食べたいですよ」
「はぁあっ、嬉しいです。い、いつでも言ってくれれば、また作ります……私はそれくらいしか取り柄がないので……」
「そんな事ないですよ! 忍さんは良い所がいっぱい有るじゃないですか!」
「えっ……でも、私は皆みたいに可愛く無いし魅力も無いし……」
最初は笑顔だったのに、段々とマイナスモードに入る忍。
春近も心配していた。
どうしよう、また忍さんがマイナス思考モードに……
何か、忍さんの自信になる事があれば……
忍さんは背が高くて強そうで魅力的な女性なのに……
実はこの春近、アニメや漫画の強くて凛々しい女戦士系ヒロインが大好きだった。
そうだ! 女戦士だよ!
オタク的思考で春近が編み出した作戦とは――
「魅力なら有ります! 忍さんは、異世界転生したら最弱魔法剣士見習い兼ペットでしたというアニメに出てくる女戦士ヒルドに似ているんですよ! ヒルドは背が高くて筋肉質で強くて魅力的なヒロインなんです!」
春近は一気に熱く語ってから、しまった……という表情になった。
そう、オタク特有の、好きなアニメや推しキャラの話題だけ早口で述べるあれである。
「えっ、えっ、えっ……えっと……アニメですか……?」
忍が動揺する。アニメには詳しくないのだろう。
真面目な顔で考え込む忍に、春近は恥ずかしさで顔を赤くする。
しまったぁぁぁー! やってしまった……。つい、忍さんに自信を持ってもらおうと好きなアニメキャラに例えてしまったけど、アニメを知らない人から見たら意味不明だよな。オタクキモっとか思われたらどうしよう――――
「あ、あの……今のは忘れてください」
話はそこで終わったはずだった。しかし……。
――――――――
自室に戻った忍は、女戦士ヒルドをネットで検索していた。
「春近くんって……こういうのが好きなのかな……?」
そこには背が高く凛々しい女戦士が、際どい水着のような服を着て戦鎚を振り回す画像があった。
「えっと、こっちの画像は……」
更に検索してゆく――――
いつしかネットの画像は、アニメではなく薄い本的な画像になっていた。
「え、ええっ……やっぱり……春近くんって、噂通りこういうのが……」
そこには、女戦士ヒルドが、足やお尻で男を踏んでいる画像がいくつもあった。
あくまで原作ではなく、エッチな二次創作である。
――――――――
後日の放課後、忍は春近を人気の無い空き教室に呼び出した。
中に入ると、何故かジャージ姿の忍がおり、恥ずかしそうにモジモジしている。
「忍さん、こんな空き教室に呼び出して、どうかしたの?」
春近が声をかけるが、やはり忍は恥ずかしそうに落ち着かない。
「あ、あ、あの……実は、見てもらいたいものがあって……」
「はい、何かな?」
「えっと……」
動き出そうとしてから止まってしまう。
「ゆ、勇気を出して。もう一度……んっ……い、行きます……んんっ……」
は、恥ずかしい……恥ずかし過ぎるよ……でも……
忍はジャージのファスナーに手を掛け、何度も躊躇してから、一気に降ろしてジャージを脱ぎ捨てた。
シュパッ!
「はいっ、これです!」
そう言ってジャージを脱いだ忍は水着姿だった。
いや、厳密に言うと水着ではない。
ビキニアーマーを着た女戦士ヒルドのコスプレだ。
「えええええぇぇぇぇぇぇー!!」
これには春近も驚愕する。
「あ、あの……春近くんが……ヒルドが好きだって言うから……」
「えっ、あのっ、ええええっ!」
ドタッ!
春近は、あまりの衝撃に床に倒れこむ。
それは、四天王との件で栞子が着ていた変なバトルスーツを上回る衝撃的映像だった。
まるで外国の陸上選手のような長身で筋肉質な身体が、やたらと女戦士ヒルダの際どいビキニアーマーに似合っている。
180センチ以上ある長身で全体的に筋肉質なのだが、胸やお尻はむっちりと女性らしくお肉が付き、グラマラスで均整がとれた素晴らしい肉体美をしている。
まさしく女戦士ヒルダの薄い本に登場する、エッチで攻め攻めな女戦士にそっくりだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 忍さん、何やってるんですか!」
倒れたまま後ずさる春近に、女戦士が迫ってくる。
「は、はのっ、お、お仕置きです!」
忍は、ネットで観た画像を真似して春近の顔の上にカラダを乗せる。
「ちょ、やめて、ぐわっ……もごっ」
「えいっ! えいえいっ!」
これが春近の好みなのだと、忍は何度もパツパツの体でプレスする。
『重い、苦しい、死んじゃうから――――』と思う春近だが、重いは禁句だと何も言えない。
どかそうとするが、忍のむっちりとした大きなカラダはびくともしないのだ。
ガタッ!
その時、扉の方で音がし、驚いて腰を上げた忍と床に倒れたままの春近が同時に振り返った。
「あ……」
そこに立っていたのは百鬼アリスだった。
「「「…………………………」」」
三人が同時に固まった。
一瞬、時が止まったように見えた後、百鬼アリスは開けかけた扉を無言で閉め始めた――――
ガラガラガラ――
「ちょっと待った! 誤解、誤解だから!」
「――――ヘンタイ」
追い縋る春近に、アリスは一言だけ残して去って行った。
そして、空き教室に二人が残され、しばし沈黙が続く。
「あの……私……何か、間違えちゃいましたか……?」
耳まで真っ赤にした顔で目をグルグルとさせ完全にテンパった忍が、恐る恐る聞いてくる。
「えっと、そうですね……合ってるような間違ってるような……。取り敢えず服を着てください」
春近は忍にジャージを着せてあげる。
「は、はひ、あ、あの……私、勇気を出して……うっ、ううっ……うううっっ……」
忍は、ネットで画像を検索しているうちに、エッチな画像を見て勘違いしてしまったようだった。春近の変な噂もあり、そういう趣味なのだと思ったのだろう。
画像を見て変なテンションになった忍は、そのままの勢いでコスプレ衣装を通販サイトで購入したらしい。
恥ずかしさのあまり泣いてしまった忍を、春近は遅くまで慰める事になってしまった。