第四十一話 体育倉庫イベントで緊急事態
ある日の夜――――
大嶽渚は、羅刹あいから借りた漫画を読んでいた。
春近を堕とす為の作戦の一環なのだ。
そこには主人公とヒロインが体育倉庫に閉じ込められ、エッチな展開になるおやくそくな話があった。
「これよ!」
ひらめいたように渚が叫ぶ。
春近を体育倉庫におびき寄せ、二人で入った後で扉が開かないと言い、そこでエッチな気持ちになった彼を押し倒せば……などと考えている。
「完璧だ! この作戦なら、春近もあたしの魅力に屈服するはず」
リアルに漫画のシチュを実行しようとする渚。ちょっと意味が分からない。
最近、春近への思いが暴走して思考が脱線気味な渚だった。
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「ハルぅ~ 最近、ハル成分が足りないよぉ~」
ルリが、春近の膝の上に乗り、足を絡めて抱きついている。
最近はずっとこんな感じでべったりしているのだ。
「そろそろ行かないと……」
「えぇー! もっとイチャイチャしたいー!」
ルリは身体を密着させ、グリグリと柔らかなところを押し付ける。
「ねぇ、なんでもするって言ったよね?」
顔を耳に近付けて囁いてくる。
「ううっ、言いました……」
「ふふっ、用事が終わったら楽しみにしてるからね」
熱のこもった目で見つめられてからやっと開放される。
あの時、何でもすると言ってしまい、一体何をされるのか心配な春近だった。
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春近が廊下を歩いていると、渚に声をかけられた。
これも最近の日課のようなもので、渚は春近を見かけたら必ず絡んでくるのだ。
「春近! ちょっと用があるから来なさい!」
「えっ、えええ……」
半ば……いや、ほぼ強引に連れていかれる。
体育倉庫に取りに行く物があるから手伝うようにとのことだ。
明らかに嘘っぽい気もするのだが、渚の鋭くも美しい目で睨まれると、春近は呪力にかかっていなくても逆らえない気持ちになってしまう。
「何を取りに行くのですか?」
「何って、アレよ……アレ!」
「アレって?」
「アレって言ったらアレよ。細かいことは良いでしょ」
怪しすぎる……
グラウンドの一角に有る体育倉庫に到着し中に入った。
「中は薄暗いですね、渚様」
「そ、そうね……」
「あの、それで探し物は?」
春近が辺りを見回すが、何やら渚は鼻息が荒いようで。
「ふふっ……ふっ……もう我慢できない!」
そう言うと、春近をマットに押し倒し馬乗りになる。
当初の鍵が開かないという設定を忘れ、一気にすっ飛ばして春近に襲い掛かってしまった。
「ちょ、ちょっと、渚様! 何するんですか!」
春近は、やっぱりこうなったかという感想だった。
「だから、アレよ、鍵が壊れたのよ!」
「いや、そんな話は初耳だし」
「そういう設定なの!」
「設定言い出したよ、この人」
鍵が開かなくて閉じ込められるという設定を思い出した渚だが、今更だと意味が分からない。
「ここなら誰も来ないわよ! ふふっ、もう逃げ場は無いから!」
「ああっ、やっぱり」
春近の予想通り、渚に襲われる展開になってしまった。
渚は興奮して止まりそうにない。
グラッ――
その時だった。
突然コンクリート造りの建物が軋みだし、それが徐々に大きな揺れとなって建物自体がガタガタと凄い音を立て始める。
ガタガタガタ、ガガガガガガガガッ!
「地震だ――――」
「きゃっ、きゃぁ! 怖いぃぃぃぃ!」
渚が悲鳴を上げ春近にしがみ付く。
「危ない!」
「きゃっ」
春近は、咄嗟に渚を守るように上に覆いかぶさった。
体が自然に動き、彼女を守っていたのだ。
ガランガランッ! ドシャ、ガタッ!
用具などが棚からガラガラと落ちて来る。
陸上で使うバトン、何かのボール、カゴなどがガラガラと春近の上に落ちる。
だが、春近は渚に当たらないよう、必死に彼女を抱きしめる。
何十秒か揺れが続いてから――――静かになった。
「けっこう大きい地震でしたね」
「っ…………ううっ……」
渚に声をかけるが、彼女は涙目になって春近にしがみ付き少し震えていた。
「あの、渚様……」
意外と可愛いところがあるんだと、春近は渚のイメージが少し変わった。
普段は凄い迫力だけど、実は怖がりなのか……?
いつもこんな感じに大人しければ可愛いのに……
「い、いいっ! 今のは忘れなさい!」
「えっと……」
「忘れ・な・さ・い!」
「はい」
涙目で震えていたのを見られ、恥ずかしさで渚が顔を赤くする。
だが、すぐ元の強気な雰囲気に戻って立ち上がり、帰ろうと扉の方に行く。
「春近、行くわよ」
「はい、危ないから早く出ましょう」
周囲を見ると壁に亀裂が入り危険な状態だ。
ガガッ、ガガガッ――――
渚が扉を動かそうとするが、ピクリとも動かない。
「春近……どうしよう……扉が開かない」
「ええっ!」
地震で建物自体が歪み、扉が変形して完全に開かなくなっているようだ。
ガガッ! ガガッ!
春近も引いてみるが全く動く気配がない。
「これはマズい……無理に開けようとすれば、建物自体が倒壊する恐れがあるぞ。早く助けを呼ばないと」
ギシギシ……ボロッ……
そう言っている側から、建物が軋んでボロボロとコンクリートの欠片が剥がれ、今にも天井が落ちてきそうな状態だ。
「誰か! 居ませんか!」
春近が小さな換気窓から大声で人を呼ぶ。
頼む……誰か気付いてくれ!
「きゃぁぁ! やだぁぁぁぁっ! 怖いいいっ」
渚は、普段の威勢も無くなり泣き出した。
その時だった、突然人影が壁の向こう側に現れ、小窓から中に声を掛けてきた。
「旦那様! 大丈夫ですか!」
小窓の向こうから栞子の声がする。隠密スキルで気が付いたのだろうか。
「栞子さん! 中にオレと渚様が! 建物が崩れそうで危険な状態です!」
「旦那様! 今、人を呼んできます! 待っていてください」
栞子はグラウンドに居る生徒に危険だから近づかないように声を掛けながら、何処かに走って行った。
栞子は走りながら考える。
あれは、かなり危険な状態だ。
扉は変形してしまって人間の力では絶対に開かないだろう……
それこそショベルカーやクレーン車など重機でなければ……
しかし、無理に扉を壊せば、その衝撃で建物が崩れてしまう……
この状況をなんとか出来るのはあの人しかいない――――
栞子は校舎内に入る。
古い体育倉庫と違い、校舎は耐震性があり無事なようだ。
その校舎の廊下を一直線に走り、栞子は阿久良忍の元まで行き、そして彼女に向け言った。
「阿久良さん! 旦那さ……土御門君が危険なんです!」




