第二十九話 歪んだ愛
大嶽渚は悶々とした日々を過ごしていた。
「ああっ! 何なのよもうっ!」
朝、ベッドから起き上がるやいなや、いきなり春近を思い出して文句を口にするくらいに。
寝ても覚めても、あの男のことばかり考えてしまう。
何とかしてあの男――土御門春近を屈服させたいと。
「くっ! また、跪かせて足を舐めさせてやるわ。次は、もっと恥ずかしい行為をさせてやる。そうね、今度は裸にして……上に乗って……色々と……。そうよ! 紐で縛って自由を奪ってから責めたら楽しいわよね」
春近のことを考えるだけで、体の奥の方がムラムラしたりゾクゾクしたりが止まらないのだ。
「もう何なのよ! こんなの初めてよ!」
容姿端麗な渚は、周囲から羨望の眼差しを向けられ、まるで女王様のように扱われてきた。
男など、単に命令し従わせるだけの存在だった。もちろん恋愛感情などは無く、自分の体を触らせるなどもっての外だ。
鬼の転生者として生まれたが、類まれなる美貌と強制の呪力で、誰も彼女には逆らえない。
いや、逆らう奴が居たら強制させて蹴散らせるだけだろう。
今までは、こんな気持ちになったことなどなかった。他人に足を舐めさせたのも初めてなのだ。
「ああぁ、あの男……あたしの足を……。まあ、あたしが命令したんだけど……。もうっ! 何か腹立つわね、絶対にあの男を手に入れる! ペットのようにずっと飼ってやるわ!」
朝っぱらからアブノーマル全開の渚だった。
◆ ◇ ◆
大嶽渚は興奮冷めやらぬ顔のまま教室に入った。
すぐに羅刹あいが近寄ってくる。
「おはよー渚っち」
「おはよ」
渚は、あいを見ながら考える――
(彼女は羅刹あい、クラスで唯一気軽に話しかけてくる生徒だ。他のクラスメイトは、全員あたしに怯えていて、腫れ物に触るような感じなのに。かなり強い呪力を持っているそうだけど……)
渚は一度もあいの呪力を見たことがなかった。
(それより、あの男よ! どうしてくれようかしら!)
うわの空で妄想している渚に、あいはニヤニヤした笑みを浮かべる。
「あれれー! 渚っちぃ、なんか顔赤いけどぉ、恋でもしちゃったー?」
「はぁ!? そ、そんなわけないでしょ!」
「あやしいなぁ」
「あやしくないわよ!」
(恋? あたしは恋なんかしない! 男なんて従わせるだけよ!)
そう強く自分に言い聞かせる渚だが、相変わらず考えるのは春近のことばかりだった。
◆ ◇ ◆
A組の教室――――
春近は悩んでいた。
あのような恥ずかしい場面を見られて、皆に軽蔑されていないだろうかと。
(あああ! いくら強制の呪力で操られたとしても、あんな変態プレイを見られてしまうなんて! どど、どうすりゃ良いんだ!)
「おはようございます。旦那様」
そんな春近に、栞子が声をかけてきた。
「お、おはようございます」
「あの……旦那様……」
栞子は恥ずかしそうにモジモジしている。
「あの、旦那様は……脚がお好きだと聞きました……。もし、わたくしで宜しければお踏みいたしますが……」
「ぐふぁっ! な、な、な、何を言い出すの……」
「わたくし……脚には多少の自信がありますので」
確かに栞子は、すらりと伸びた美しい脚をしている。
適度に肉付きも良く、実に美味しそうだ。
「だ、誰に聞いたんですか? それはデマですよ」
春近が焦る。変な噂が広がらないようにしなければと。
「皆がおっしゃってましたし……。それに……旦那様は、以前からわたくしの脚を凝視なさっていますので」
「ぐっふぁああっ!」
凝視はしていないはずだが、チラ見していたのがバレていたようだ。
「栞子さん、それはデマなので噂を広げないようにしてくださいね」
「わたくし……そういったプレイは自信が無いのですが……旦那様に喜んでいただけるように頑張ります……」
両手をグッとして、ドSプレイを頑張ると公言する栞子。
これには春近もたじたじだ。
「ダメだ聞いちゃあいねえ……。そもそも何で皆オレを踏みたがるんだ……」
春近は、自分がドS女性の嗜虐心を誘ってしまう特性が有ることに気付いていなかった。
◆ ◇ ◆
再びB組教室――――
大嶽渚は、更に深く終わりの無い情欲の疼きの中にいた。
(もうっ! もうっ! もうっ! あの男が欲しくてたまらない! どんな手を使ってでも手に入れなきゃ! でも、酒吞瑠璃が邪魔をしてくるわよね。あの女は強い……戦ったら勝てない……)
そして出した彼女の結論がこれだ。
(そうだ、呪力で強制したり戦ったりしなくても、あたしの魅力でメロメロにして、あの男から奴隷になりたがるようにすれば良いのよ! あたし無しでは生きていけない体にしてやるわ!)
大嶽渚は、恐ろしくもイヤラシイ陰謀を企てていた。
「ふっ……ふふっ……ぐふふ……」
「渚っちー、なんかキモいよー」
羅刹あいにツッコまれた。
どんどん春近への歪んだ愛情を膨らませてしまう渚を止めるものはいない。
春近は、自分に貞操の危機が迫っていることなど知る由も無かった――――