第二百七十六話 それは小さいけれど大きな愛の御伽噺
鬼ヶ島に工事の音が響く。
春近達の結婚式が、何故か世界中の首脳が参列する大規模な催しとなってしまった。緊急で式典会場や要人警護の為の施設を建設しているのだ。
「ハル、結婚式場が完成しそうだね」
春近の右腕に抱きついているルリが話しかける。
張りのある巨乳に腕が埋もれて落ち着かない。実際のところ、わざとグリグリ押し付けているのだが。
「うん、やっと結婚式を挙げられるのは良いことだけど……何で、世界各国の首脳が参列して全世界生中継になっちゃうんだよ!」
余り目立ちたくないのに、全世界に結婚式をお披露目することになってしまった。小惑星を破壊したり、世界最強の艦隊を壊滅させたり、嫁が十三人もいたり、もう世界一目立つ男になってしまったようだ。
「おい、ハル。もうちょっとアタシにも構えよ」
反対側から、少し拗ねた表情の咲が抱きついている。小さな胸を必死にギュギュっと押し付けているのが可愛い。
「最近、アタシに対するスキンシップが足りないだろ。エッチも月二回だし」
咲が、プク顔でプリプリ怒っている。
エッチが月二回というのは、彼女が十三人いるのだから仕方がない。エッチローテーション表で休みの日もあるので、どうしても月に二回が限度になってしまうのだ。
「それはアリスカレンダーの順番で……」
「今度、アリスに文句言おうっと」
「アリスママァには逆らわない方が良いよ」
一番小っちゃいのにママァにされていた。見た目は小〇生なのに、実は一番大人な女性なのだ。
「ハルはアタシのこと好きじゃないんだ」
「好きだよ。咲のこと大好きだよ」
「ホント?」
「ほんとほんと」
「じゃ、ここでキスしろよ……」
急にモジモジとした咲がキスをおねだりする。
「う、うん……」
お互い顔を近づけて、くちびるが軽く触れあうキスをする。
「ちゅっ――」
「えへへぇ~も、もう、しょうがなぇなハルは。アタシのこと好き過ぎだろ」
きゅん♡ きゅん♡
最初の言動は何だったのか、まるでチョロインのようにデレデレになってしまう。顔は緩みっぱなしで体もフニャフニャだ。
「ハぁルぅ~」
ぎゅぅぅぅぅ~っ!
「ルリ、腕が痛いよ」
「私にもキスしてっ! あと、好きって言ってっ!」
「ふふっ、ヤキモチ焼いてるルリも可愛いな」
「もぉぉぉぉ~っ♡」
これ以上ヤキモチ焼かせていると怖そうなので、春近はルリを抱き寄せてキスをした。
「ルリも大好きだよ。ちゅっ」
「ふにゃぁ~だいしゅきぃ~」
でれでれ♡
「おい、アタシにもしろよ」
「うん」
ちゅっ♡
「ハル! 私もっ!」
「おう」
ちゅっ♡
「アタシもっ!」
ちゅっ♡
「私も!」
ちゅっ♡
両側からキスをねだられ、エンドレスちゅっちゅちゅっちゅ状態になってしまう。もう、訳が分からない。
「あらぁ、鬼神様、今日も熱々ですね」
「何か今日は暑いと思ったら、鬼神様のせいじゃったわい」
いつものように、道行く島民から声をかけられる。
目立ちたくないと言いながらも、街中でイチャイチャしまくり目立ってしまう春近。もうバカップルなのは島中に知れ渡っていた。
――――――――
東京某所の高級ホテル。
厳重な警備の元、ここで日米首脳会談が行われていた。
公式訪問とならば、迎賓館での儀仗隊による演奏、歓迎式典や晩餐会などが催されるはずだ。しかし、今回は非公式訪問であり、アメリカ側の要望もあり簡素化されていた。
「ミスタースガヤマ、我が合衆国の国民である在日米軍2700余名の命を救ってくれた件には感謝する。しかし、日本が世界を脅かすKISHINと呼ばれるデーモンを有していることには危惧するところだ」
アメリカ大統領のレナード・トレントが捲し立てる。この大統領は、外交儀礼より本音をぶち込むことで有名だ。
「ミスタートレント、彼らは島でスローライフを楽しみたいだけなのです。こちらから攻め込んだりしない限り、彼らが争いを起こすことは無いでしょう」
首相の菅山が淡々と答える。
「甘い! 平和ボケした日本はそうかもしれないが、世界はそうは思っていないのだ。世界を支配しかねない脅威が存在すれば、武力を持ってそれを抑え込もうとするのは自明の理」
トレントが大袈裟なジェスチャーを交えて声高に訴える。両者の温度差が大違いだ。
「昨今の国際情勢を見ても分かるだろう。誰しも強大な力を持ては行使したくなるものだ。その島のデーモンが日本を支配し、そして他国に侵略するとは思わんのか?」
「大統領! 私は彼に会ったことがありますし、彼の祖父にも色々と彼の人となりを聞いております。彼や彼女らは、決して争いを好むような者たちではない。それと、お言葉ですが、彼らはデーモンではない。我らと同じ人間であります」
余計に緊張感を高めそうなトレントの弁舌に、菅山が少しだけ釘をさしておく。そもそも、小惑星を撃ち落としたり艦隊を簡単に壊滅させる相手と、まともに戦えるはずもないのだから。
「まあいい、結婚式で直に見定めてやる」
会談の大部分が春近たちの話となり、その他の話は短時間で済ませ、緊急に開かれた日米首脳会談は閉幕した。
――――――――
リィンゴーン! リィンゴーン!
祝福の鐘が鳴り響く中、春近のもとに十三人の花嫁がヴァージンロードを歩く。異様な光景に見えるかもしれなが、これが鬼神王ハーレム結婚なのだ。
「ああ、やっと結婚式になった。まさか本当に十三人と結婚しちゃうとか」
これまでの愛を育む時間と激しい夜の生活を想い、春近は感慨に耽る。
嬉しそうにはしゃぐ花嫁たちと春近、祝福する同級生と島民たち。
しかし、その光景を良く思わぬ者がいた。アメリカ合衆国大統領レナード・トレントである。トレントは首相の菅山と並んで最前列に列席していた。
「あれがジャパニーズデーモンのKISHINか。我が国の太平洋艦隊を壊滅させたという」
トレントが険しい表情で睨んでいると、花嫁の中から長身で魅惑的な少女がやってきた。燃えるような赤い髪の美少女だ。
「おじさん、テレビで見たことあるような?」
赤い髪の少女、ルリが話しかける。あまり政治家の顔を知らないルリでも、頻繁にテレビで扱われる首相と大統領は知っているようだ。
ザザザザッ!
ただ、少し近づき過ぎたのか、大統領のSPが一斉に前に出た。懐の銃に手を添える。
「お、おい、こっちは何もする気はないぞ。物騒なのから手を退けろよ」
すぐに春近がルリを守るよう間に入った。
こっちは静かにスローライフしたいだけなんだ……。放っておいてくれよ。
春近がルリを連れ下がろうとした時、代わりに渚が現れた。
「静かに座って結婚式を見てなさい!」
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ!
渚が強制の呪力を使って大統領とSPを座らせてしまう。
女王様然とした渚には誰も太刀打ちできない。
「あたしと春近の結婚式を邪魔すると容赦しないわよ!」
「な、渚様、大統領ですよ。合衆国大統領」
「合衆国でも宇宙帝国でも、あたしと春近の邪魔をするなら許さないんだから」
「これ外交問題必至ぃいい!」
外交問題を心配する春近だったが、トレントは鬼ヶ島を外交問題化しなかった。
身を以って鬼神の呪力を体験したのと、渚の威圧感で絶対に勝てないのを自覚したのだ。そう、女王様には誰も勝てないのである。
その場で菅山総理に同盟と友好関係の強化を申し入れることになった。
宴もたけなわとばかりに盛り上がり、春近は新婦と誓いのキスをすることになる。まさかの十三人連続キッスだ。
「ルリ」
ちゅっ♡
「咲」
ちゅっ♡
「渚様」
ちゅっ♡
「天音さん」
ちゅっ♡
「和沙ちゃん」
ちゅっ♡
「杏子」
ちゅっ♡
「あいちゃん」
ちゅっ♡
「忍さん」
ちゅっ♡
「アリス」
ちゅっ♡
「一二三さん」
ちゅっ♡
「黒百合、じゃない、黒百合」
ちゅっ♡
「遥」
ちゅっ♡
「栞子さん」
ちゅっ♡
まさかの連続誓いのキスに参列者も『何を見せられているんだ』といった顔になる。
当事者の春近も恥ずかしさで顔から火が出そうなのも言うまでもない。
これ、恥ずかし過ぎる。人前でキスするのも恥ずかしいのに、十三人とするなんて……。でも、皆が嬉しそうだから良かったかな。
こうして、首相や大統領まで参列した鬼ヶ島ハーレム結婚式は、大盛況のまま幕を閉じた。
――――――――
披露宴で盛り上がる会場を抜け出し、春近とルリは二人で砂浜を歩いていた。
「ルリ、無事に終わったね。こ、これでオレたちは夫婦に」
緊張の面持ちで春近が言う。
面と向かって夫婦と言うのは恥ずかしいものだ。
「ふふっ、ハルったら面白い。式で緊張してた」
「こらルリぃ」
「あははっ♡」
じゃれ合う二人の背中に声がかかった。
「瑠璃」
ルリはその声を聞いたことがあった。それは幼い頃からずっと聞き慣れた声なのだから。
「えっ、お、お母さん……お父さんも……」
振り向いたルリが目を見開く。そこに居たのは陰陽学園に入ってから一度も顔を合わせていなかった両親なのだから。
「瑠璃、大きくなったわね。もう立派な大人みたい」
「幸せそうで良かった。瑠璃」
両親は目を潤ませ言葉を紡ぐ。事実上家庭が崩壊状態になり、娘を陰陽学園に押し付けるような形になってしまった贖罪をするかのように。
「お父さん、お母さん……」
「瑠璃、俺たちが悪かった。悲しい思いをさせてしまって」
「ごめんなさいね、瑠璃には辛いことばかりで……」
「ううん、会いに来てくれたんだね」
ルリが両親の胸に縋る。
「うわぁああああああぁん! お父さん、お母さぁああああぁん!」
「瑠璃!」
「瑠璃ぃいい!」
わだかまっていた親子関係が海に解け潮騒と共に流れて行く。
「良かった……ルリ。良かった」
心を全て打ち明けるように泣くルリを見た春近は、そう呟いた。こうして少しずつでも彼女の心を癒していけるのを願いながら。
――――――――
東京から遥南の海に鬼ヶ島という鬼が住む国が存在する。その昔、京から落ち延びた鬼が流れ着いた伝説が残る島だ。
かつて人から恐れられ忌み嫌われた鬼は、禁呪から国を救い、大妖怪を退け、落下する小惑星を破壊し人々を救った。
今では誰も忌み嫌う者はいない。人々を救う守り神なのだから。
鬼神少女たちは救われたのだ。一人の、一見何の変哲もない男によって。その男の名は鬼神王、土御門春近。
ちょっと中二病でヘンタイだけど、実は最強のハーレム王。
この物語は、そんな小さいけど大きな愛の御伽噺なのです。
ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。
これでエピローグは最終話になります。
本当は前章で終わりだったのですが、もう少しだけ書きたくなったり、まだ書いてないエピソードがあって続けました。
前回から間が開いてしまいすみません。
ルリが幸せになる最終回を書けて良かった。
また次回作で会いましょう。
みなもと十華




